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第五章 アリアと闇の妖精たち

旧友と風の精霊王

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「アリアっ!」
「ちょっ、なんですか旦那様! もう、いい歳して子供みたい……」
「良いではないか、久しぶりに友がやって来たのだ。これも何かの縁! お前も参加しなさい」
「はあ? 参加って……」

 嫌な予感がした。
 いつも通りのように、嫌な予感がした。
 それはやってきた。
 いつも通りにやってきた。
 我が物顔をして、まるで僕が我が家のように彼らは振る舞うのだ。
 彼らとは――そう……ラズオル様とか太陽神様とかそういったいつもの面々です……はあ。

「旦那様ー約束しましたよね?」
「あっ……」

 本当の子供のようにわたしに抱きついてきた我が夫。
 この城の主にして故郷の人間の国、ラグーン王国の守護者。
 風の精霊王、エバース大公。
 大公なんて偉そうな役職が付いていますが、中身はどうしようもなく寂しがり屋でわがままな子供のような旦那様です。
 本当、たまに甘えたがりの過ぎて出て行きたくなるくらい。

「約束しましたよね。皆様を集めて何か祝い事をするときは必ず、アリアに一番に教えてくださると」
「あ、ああ。それはそう……」
「それはそう? ではなぜそのようなお言葉が出てくるのですか」
「いや、だから、な。その、旧友がやってきたのだ」
「旧友? またあのほうき星の光の園で遊ばれていた時代の、ご友人ですか?」
「その時代の友人だ」

 家臣の前で抱きつかれたままでいるのはどうにも恥ずかしくて、慣れたくない。
 そんなわたしは旦那様を引き離そうとするのだけど、これがなかなか簡単には離れてくれないのです。
 これで子供でも生まれた日には、大きな子供と小さな子供でわたしはヘトヘトになりそう。
 そんな妻の想いは露知らず。
 旦那様はいつもいつも笑顔のままで抱きついているんだから……叱るにしかれない。はあ。

「わかりました。わかりましたから離れてください。わたしにも家臣がおりますから、彼らの見ている前でそれはそれでは格好がつきませんから」
「ああ……すまない」

 さっと、まるでわたしの承諾を得るためにやったかのように、彼はすばやく離れていく。
 幼児から普段のかっこいい彼に戻るまで、離れて数秒とかからなかった。
 もしかしたらわざとやっているんじゃないんだろうか?
 邪推だと思いたい。
 でも確信犯だったら――しばらく口をきかないのもありかなーって思ったの。

「それでどうなさるのですか。どんなご友人がいらっしゃったのです?」
「ニーエから聞いていないのか?」
「ニーエさん?」
 
 言われて後ろを振り返ると、侍女長は何のことでしょう。そんな顔して首を傾ける。
 わたしが旦那様に向き直ると、エバースはおや? といった顔になった。
 何か大事なことが抜け落ちているの?
 疑問が言葉となり口をついて出る前に、彼らはやってきた。

「エバース。戻ってたから戻ってきたと連絡をくれればよかったのに」
「あ、太陽神様……とその他、悪友たち……」
「アリア殿、それはまたひどい言い草だな」

 アズオル様と太陽神様を筆頭にして、その他大勢の旦那様の悪友たちがそこには勢ぞろいしていた。
 中には結婚式の際に挨拶をいただいた、女神さまの一人がそこにいる。
 彼女のことは名前ぐらいしか知らなくて、わたしがどうしているんだろうと不思議そうにしていると、エバースが案内をしてくれた。

「アリア、ロアだ。青い月から赤い月に渡り、鬼の大公殿の一族として暮らしている。ロア、アリアだ。二人とも結婚式で顔合わせをしただろう?」
「どうも、ロア様。ようこそ我が城へ」
「初めまして、かな? そうじゃないかも? ロアです、よろしくねアリア様。新しき水の精霊女王様、って言うべき?」
「それはご自由にどうぞ、赤い月に渡られたのですね」
「うん、色々とあってね。まあ、詳しくは言えないんだけど」

 ロア様は砂漠の民のような格好の衣装を着ている女神様だ。
 蒼く黒くも見える豊かな黒髪を頭の後ろに高く結い上げ、真っ青な瞳には悪戯好きな童女のような好奇心に満ちた光を浮かべている。
 エバースと同じほどに歳をとっているとは思えないような、そんな女神様。
 色々とあったけど言えないなら言わなければいいのに。
 そう思ってしまうのは、人間だったころの癖が抜けない、わたしの悪いところなのかも。

 基本的に、神様の世界では隠しごとはあまり通用しないらしい。
 あの図書館にある万能の聖典がつかえるように、秘密にしたいこともほぼほぼ筒抜けるみたい。
 だから隠すよりもさっさとばらしちゃえーっ、という感覚が優先されるようで、これにはちょっと慣れることができないかな。
 まあそれはさておき、女性が来たから喜んでいる我が夫を見て、嬉しくないのは妻としておかしい?

「そうですか。いろいろと大変だったようですね……」
「ううん、別にいいの。大したことじゃないから、それよりもごめんね。リクトにくっついて来ちゃった」
「リクト、様?」
「そう、五代目の魔公リクト。グレム魔公国の新国王になったの。故郷の国と深い付き合いがあってね」
「……」

 全く存じ上げない魔王の名前をだされて、思わず黙ってしまう。
 いきなりだれそれなんて言われても魔王に関する知識なんて持ってない。
 今からでも、図書館に行って調べものをしたい気分。
 そんなわたしを知ってか知らずか、エバースはロア様の手を取って城の大広間に先導する。
 ああ……これは――いつもの数ヶ月。いえいえ、下手すれば数百年くらい休みなしで繰り広げられる神々のパーティーの始まりの合図だ……。
 勘弁してよ。
 わたしたちの平和な夫婦生活はどこに行っちゃったの!?

「ちょっと、エバースっ……」
「また後で話をしよう、今は彼らの案内が先だ」
「……」

 妻よりも来客ですか。
 政治として必要ならあなたは国王だから、それも否定しないけど。
 先に話をするよって、そう約束してくれたあの時の真剣な表情は、本当だったのかな。
 さっき、甘えてきたのも、も本当は演技だったりして。
 嫉妬は醜い感情だ――。

「奥様すいません」
「いいのよ、ニーエさんも知らなかったでしょ、ロア様のことまでは」
「ええ……」

 とても申し訳なさそうな顔をして彼女は表情を暗くしてしまった。
 ぜんぶ自分が悪いんです、そんなふうに。
 そんなことはないんですよ、ニーエさん。
 きちんと話を伝えなかった夫が悪いんです、本当に。
 ひとつの城に二柱の王が存在することが、もしかしたら間違っているのかもしれない。
 同じ家臣を共有して、彼らの負担はどれほどのものだろう。
 そこまで思い至らなかった、自分自身の愚かさにわたしは恥ずかしくなった。

「ごめんなさい。あなたにばかり仕事を押し付けてしまって」
「いいえ奥様。そんなことは決っして」
「いいのよ。夫の家臣に甘えてばかりいたわたしも悪いの」
「ですが、奥様」
「いいの、ニーエさん。それよりも彼ら迎えに行きますよ」

 部下が欲しい。
 誰とも主人を共有することのない、リクウスほどの霊格を持つ……そんなことを考えるのは贅沢だけど。
 例えば、エバーグリーンのようなイフリートさんのような。
 第一と第二の家臣たち、もう戻ってこないんだろうなぁ。
 彼らと言われてニーエさんはそれだけで理解してくれたらしい。
 四葉宮の客室に案内した、旦那様の友人である森の妖精王の部下、ダークエルフたち。
 
「ライシャ様は確か妖精王様の王女様だったと言っていたし、パーティーの席に妖精王様の代理として座るだけの資格があるはず。でしょ?」
「それは……多分、そうだと思います。でも、よろしいのですか」
「エバースのこと?」
「……はい、奥様」
「彼にはわたしから話しておくわ。わたしが迎えることを許可した客人だから、って」
「わかりました」

 彼女はうなずくと、数名の妖精の侍女たちとダークエルフを案内するために退室する。
 わたしには、リクウスとその他数体の水に属する妖精や精霊たちが続く。
 今回、わたしに課せられた使命はたった一つ。
 数百年? とんでもない!
 一夜でこのパーティーを終わらせることだった。

「何もかも好きなようにさせてたまるもんですか! 夫婦のいとなみ――」
「ちょっ、女王陛下?」

 ふふふ、と不敵な笑みを浮かべていたわたしに気づいたリクウスはやれやれ、といった顔をして。
 後ろについていた家臣たちも、同じように感じたらしい。
 みんな困ったような呆れたような顔をして作り笑いを浮かべていた。
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