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第三章 神と人と魔
遅れてやってきた者たち
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◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
彼らは遅れてやって来た。
人間でありながら、どうにか魔法の心得が出来たらしい。
それでも頼りなさげに、彼らはその氷雪の雪原の上空に姿を現した。
「ではー‥‥‥頼むぞ」
仲間に向かい一言だけを言うと、静かに氷塊の海へとその投じて消えて行く。
その腰にはーー
数日前。
西の大陸、セイダル王国、王都ベィネアーー
聖女から魔女へと転身したカイネ・チェネブの断首刑から流れ出た魔女の血はどれだけ水をかけてもそこにへばりついたかのようにのかなかった。
あの映像と神殺しの宣言を聞いた多くのダーシェ信徒の多く。
彼らはこれも神の試練と信じてカイネを信じようとはしなかった。
それはエストの信徒も、他の神々を信じる者たちも同じ。
数少ない世界の真実をその目の当たりにして、カイネのあとを追いかけたり、その行動に胸を打たれた者。
己の信じる神の愚かさに気づき、神は友であり、師であり、家族である。
その真実に気づいた種族も多くはなかった。
ただ誰もが動けないでいた。
この世ではカイネに従えばいいかもしれない。
だが、死んだあとに安全はない。
何より、カイネは教えを残していない。
こう生きなさい、これが真実です、これがお前達の道しるべとなります、と。
誰もが気づいていなかった。
限られた生命だからこそ、神の教えはそれをよりよくするための道具に過ぎないことを。
より良い、自己を見つけるための手段に過ぎないことを。
現実は、誰も助けてはくれない。
だからこそ、人は助け合い、国を作り、より良き環境と種の繁栄を願うために法律を作った。
その事実にーー誰もが背を向けていた。
死後の世界の安寧がないのであれば、カイネの行動には意味がない。
自己保身だけが、みんなを突き動かしていた。
そんな中だ。
カイネの死後、数人の男たちが集まりだした。
彼らは年齢も、身分もばらばらだった。
断首台が置かれた広場に時々集まっては、仲間の魔法使いから講義を受けていた。
そんな光景は王都のそこかしこで見られたから、最初は誰も気にも留めなかった。
そのうち、男たちが魔法で宙を浮き、ものを操り、火や風で奇跡を起こし、誰も助けようとしなかった貧民街を訪れるようになった。
慣れない魔法で怪我人や病人を癒し、建国当時からある王都の壁や水路など普段はありふれた光景となっていた破損部分、崩落部分を治すようになった。
彼らの数が次第に増し、王都の各所で無償のようにして、ダーシェの教えを伝える教会が見捨てた。そんや人や場所を彼らは癒していった。その数があまりにも多くなり、しかし王都は敵に対しての防御を強くでき、臣民たちから聞こえてくる王都の活性化の声の前では、誰も彼らの行為を止めようとする者はいなかった。
このままやらせておけばいい、王都の経費がかからずにどんどんと復元していく。
これは世間からカイネ・チェネブの処刑した王太子や教会への批判。
あの判定は正しかったのか? そういう声を掻き消すには丁度いい材料だった。
「これはいい、新たな聖女が出現するかもしれない」
そう国王や大臣、教会は思っていたがダーシェとの連絡はつかないままだ。
困り果てていた時に、何も聖女でなくてもいいではないか。
男でも問題はないだろう?
勇者がいいか、英雄がいいか、それともーー?
多くの会議が為され、まだ武功も建てていない、ならば誰か代表者にあの剣を。
魔女カイネ・チェネブの残した、カイネを滅ぼせる聖剣デュランダルを引き抜かせてみてはどうか?
その者に英雄の称号を与え、ダーシェの名の下にカイネを討たせればいい。
必要な経費はどうする?
その為の費用ならと、街道を整備してくれる彼らや家族を無償で助けてもらった者たち。
彼らからの多額の寄進が集まり、槍や装備品はかつてのカイネ・チェネブの部下たちのもの。
青の三日月団のものを使えば損はしないと、男たちに払い下げられた。
そして、代表者が立てられ、二万数千人の男たちの中から一人の男性が選ばれた。
全身に槍だの刀だの弓だの。
凄まじい傷跡だけで歴戦の勇士と一目でわかる彼の人相は、かつての彼を知る者が見たら有りえない。
そう言うだろうと思われるほどに、別人の形相になっていた。
唯一、その瞳の奥にたたえられた優しさだけが、色あせずに残っていた。
「では、名を‥‥‥まあ、良いか。
代表者はそれを抜いて見るがいい。
抜ければ、王太子殿下からの直々のお褒めの言葉が頂ける。
まあ、鎧や武器などはそこにあるからな。先に身に着けるがいい、
抜けなくても、北の大地に行くことは決定している」
そう、ダーシェの神官は彼らに告げた。
では、さきにその準備を、そう言い彼らはまるでどの鎧が自分に合うかを知っていたかのようにーー
それを身に着け、王都の広場は青い騎士たちの鎧で、青色に染められていた。
「では、始めよ」
その王太子の一言で、その代表者は渾身の力を振り絞ることなく。
ただ、まるで自分がその剣の持ち主であるかのように。
あっさりと聖剣デュランダルをその鞘に収めることが出来た。
王太子が膝をつく彼の前に立ち、
「それでは魔女カイネ・チェネブの討伐を命じる。
さて、英雄に相応しいそなたの名はーー???」
そう訊ねたときだ。
男は静かに立ち上がり、腰からデュランダルを一閃させた。
「な‥‥‥に???」
斬られた痛みすら分からずに、王太子がそう呟く。
「英雄、その名をありがたく頂きます、王太子殿下。
我が名はオルブ・ギータ。
聖女カイネ・チェネブ様の第一の家臣。
主よ、まず最初の仇は打ちましたぞ‥‥‥」
彼が手を振ると、彼らは叫んだ。
「我等、青の三日月団!!!
これより、聖女カイネ・チェネブ様の恩に報いるためーー
宿敵、ダイナル王国に宣戦布告を為す!!!!」
と。
そして、英雄オルブ・ギータは静かに叫んだ。
「神々よ、どうぞご覧あれ。
これが己の意思で生きることを選んだ、あなた様たちの駒の‥‥‥魂の叫びだ!!」
そして、数時間後。
ダイナル王国は王室、ダーシェ神殿の神官ともどもこの世から姿を消した。
「やれやれ、ようやく現れたか。
おっと各々がた。
まさかここで逃げようとする気ではあるまいな?
神が己の子から反逆を受けるとは物言いがおかしいが。
己の蛮行を、その子からたしなめられることも、頬を張られることもあって当たり前。
カイネ・チェネブはようやく我が剣にて輪廻の輪から。
世界の歯車から解放された。
よもや、これ以上の支配を試みようなどと思ってはおるまいな?」
カイネが氷の海に消え、この余興もようやく終わりを告げた。
さあ、戻ろうとその場にいた観衆たる神や魔が消えようとした時だ。
カイネの心臓を貫いたあの剣を持つ神の一人が、全員に制止の声をかけた。
数千・数万の神や魔と対峙する彼の隣には、いつの間にか、白い猫の姿の死神。
黒い狼、赤い蛇、金色の猫、炎の大鷲、銀翼の鷹、紅き牡牛、闇色のユニコーン、竜やその実体が知れない者。
そして、異界の人間たちが数名。
最高位の位置に存在する、全ての世界の神がその場に存在していた。
「神や魔の犯した償いは、我等が訂正せねばならん。
カイネへの手出し。
これ以上は我等への宣戦布告と同列。そう考えられよ」
その言葉を最後に、その場から誰もが姿を消した。
唯一、残ったのはカイネを刺したあの神のみ。
「カイネ殿、どうか励まれよ。
まだそなたには仲間がいる。
あの二神。フェンリルとサターニアの身の安全は、俺が請け負った。
‥‥‥負けるなよ?」
楽しそうに言うと、再度、迎えにきた金色の猫と共に彼は姿を消した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
北海の流氷はあまりにも寒すぎた。
彼ーオルブ・ギータはカイネが落ちたであろう場所を必死に捜索するが見当たらない。
息が続かなくなると、何度も海面から顔を出し、習った魔法で水流の抵抗を減らし、体温を保ちながらどうにか数十度めの挑戦をしようとした時だ。
もう耐えきれない、そんな感じに業を煮やしてデュランダルがその柄より一筋の光を放った。
「おい、まさか。
そんなに遠くまで流されていたのか!?」
空中の仲間たちに合図をする。
しかし、誰もがまだ魔法の初心者であり、教えた魔法使いもそれほどの手練れではなかった。
どうすればいい!?
誰もが悩んだ時だ。
「あそこにいるの?」
更に上空から声がした。
大きなこうもりのような両翼を持つ彼女とその一団を目にして誰もが驚いたが、彼女が誰かをよく知る数人がそうだと伝える。
「では、わたしが行きます。
あなたたちは先に北へ‥‥‥お前達、火竜だけ残りなさい」
そう命じると、彼女ーー魔王フィオネは海中へと姿を消した。
デュランダルが示す光の先で、カイネは貫かれたはずの心臓から血を流すことも無く、その場に漂っていた。
フィオネはオルブ・ギータとカイネを海中から拾い上げると、そのまま氷の上へと飛び出す。
「お前達、ゆっくりと暖めなさい。
オルブ・ギータ‥‥‥まさか、戻ってくるなんてね。
わたしたち、二人とも」
嬉しいようで物悲しい仇敵同士の邂逅だった。
「それはこちらのセリフ。
我が主、いや親愛なるカイネを助けてくださり感謝します、フィオネ様」
フィオネはそれでも遅すぎたけれど、そう話を続ける。
「あの記憶があなたにもあるの?
カイネとあなたが夫婦になり、わたしも彼と夫婦で。
姉妹としてカイネと育ち、あなたたちと知り合い、最後まで貧乏だったけれど‥‥‥。
何よりも幸せだったあの記憶が」
オルブはそっと微笑んだ。
「彼はもうもどりませんが‥‥‥だがこの三人は家族です。
カイネが誰と結婚しても関係ない。
あの輪は、信頼は揺るがないでしょう」
フィオネは少しだけ寂しそうな顔をする。
カイネとディアスのことを、自分の神であるグレアムから聞かされていたからだ。
多分、それはオルブも死神から聞いているだろう。
それでも家族と言えるこの男の懐の深さが羨ましかった。
「そうね、わたしが愛した方はもう戻らない。
でも、あの二神にだけは。
はっきりと見せつけてやりましょう。
聖女カイネ・チェネブの生き様を」
「ええ、フィオネ義姉様」
「あなたに言われると‥‥‥まだわたしの方が若いのだけどーー」
とフィオネは複雑な顔をする。
「陛下、お気づきです‥‥‥」
カイネを暖めていた火竜が静かに告げる。
目を開けたカイネには最初、ディアスとサターニアがいるように見えた。
「あ‥‥‥そっかーー」
その時、もういまはこの世界にいない二人の名を口にしなくてよかったとカイネは後から思い出すようになる。
意識がはっきりとした時に、視界にいたのは、必要ではない仲間。求めていない二人。
力が足りないものたちとして、カイネが期待していなかった存在。
オルブとフィオネだったからだ。
彼らは遅れてやって来た。
人間でありながら、どうにか魔法の心得が出来たらしい。
それでも頼りなさげに、彼らはその氷雪の雪原の上空に姿を現した。
「ではー‥‥‥頼むぞ」
仲間に向かい一言だけを言うと、静かに氷塊の海へとその投じて消えて行く。
その腰にはーー
数日前。
西の大陸、セイダル王国、王都ベィネアーー
聖女から魔女へと転身したカイネ・チェネブの断首刑から流れ出た魔女の血はどれだけ水をかけてもそこにへばりついたかのようにのかなかった。
あの映像と神殺しの宣言を聞いた多くのダーシェ信徒の多く。
彼らはこれも神の試練と信じてカイネを信じようとはしなかった。
それはエストの信徒も、他の神々を信じる者たちも同じ。
数少ない世界の真実をその目の当たりにして、カイネのあとを追いかけたり、その行動に胸を打たれた者。
己の信じる神の愚かさに気づき、神は友であり、師であり、家族である。
その真実に気づいた種族も多くはなかった。
ただ誰もが動けないでいた。
この世ではカイネに従えばいいかもしれない。
だが、死んだあとに安全はない。
何より、カイネは教えを残していない。
こう生きなさい、これが真実です、これがお前達の道しるべとなります、と。
誰もが気づいていなかった。
限られた生命だからこそ、神の教えはそれをよりよくするための道具に過ぎないことを。
より良い、自己を見つけるための手段に過ぎないことを。
現実は、誰も助けてはくれない。
だからこそ、人は助け合い、国を作り、より良き環境と種の繁栄を願うために法律を作った。
その事実にーー誰もが背を向けていた。
死後の世界の安寧がないのであれば、カイネの行動には意味がない。
自己保身だけが、みんなを突き動かしていた。
そんな中だ。
カイネの死後、数人の男たちが集まりだした。
彼らは年齢も、身分もばらばらだった。
断首台が置かれた広場に時々集まっては、仲間の魔法使いから講義を受けていた。
そんな光景は王都のそこかしこで見られたから、最初は誰も気にも留めなかった。
そのうち、男たちが魔法で宙を浮き、ものを操り、火や風で奇跡を起こし、誰も助けようとしなかった貧民街を訪れるようになった。
慣れない魔法で怪我人や病人を癒し、建国当時からある王都の壁や水路など普段はありふれた光景となっていた破損部分、崩落部分を治すようになった。
彼らの数が次第に増し、王都の各所で無償のようにして、ダーシェの教えを伝える教会が見捨てた。そんや人や場所を彼らは癒していった。その数があまりにも多くなり、しかし王都は敵に対しての防御を強くでき、臣民たちから聞こえてくる王都の活性化の声の前では、誰も彼らの行為を止めようとする者はいなかった。
このままやらせておけばいい、王都の経費がかからずにどんどんと復元していく。
これは世間からカイネ・チェネブの処刑した王太子や教会への批判。
あの判定は正しかったのか? そういう声を掻き消すには丁度いい材料だった。
「これはいい、新たな聖女が出現するかもしれない」
そう国王や大臣、教会は思っていたがダーシェとの連絡はつかないままだ。
困り果てていた時に、何も聖女でなくてもいいではないか。
男でも問題はないだろう?
勇者がいいか、英雄がいいか、それともーー?
多くの会議が為され、まだ武功も建てていない、ならば誰か代表者にあの剣を。
魔女カイネ・チェネブの残した、カイネを滅ぼせる聖剣デュランダルを引き抜かせてみてはどうか?
その者に英雄の称号を与え、ダーシェの名の下にカイネを討たせればいい。
必要な経費はどうする?
その為の費用ならと、街道を整備してくれる彼らや家族を無償で助けてもらった者たち。
彼らからの多額の寄進が集まり、槍や装備品はかつてのカイネ・チェネブの部下たちのもの。
青の三日月団のものを使えば損はしないと、男たちに払い下げられた。
そして、代表者が立てられ、二万数千人の男たちの中から一人の男性が選ばれた。
全身に槍だの刀だの弓だの。
凄まじい傷跡だけで歴戦の勇士と一目でわかる彼の人相は、かつての彼を知る者が見たら有りえない。
そう言うだろうと思われるほどに、別人の形相になっていた。
唯一、その瞳の奥にたたえられた優しさだけが、色あせずに残っていた。
「では、名を‥‥‥まあ、良いか。
代表者はそれを抜いて見るがいい。
抜ければ、王太子殿下からの直々のお褒めの言葉が頂ける。
まあ、鎧や武器などはそこにあるからな。先に身に着けるがいい、
抜けなくても、北の大地に行くことは決定している」
そう、ダーシェの神官は彼らに告げた。
では、さきにその準備を、そう言い彼らはまるでどの鎧が自分に合うかを知っていたかのようにーー
それを身に着け、王都の広場は青い騎士たちの鎧で、青色に染められていた。
「では、始めよ」
その王太子の一言で、その代表者は渾身の力を振り絞ることなく。
ただ、まるで自分がその剣の持ち主であるかのように。
あっさりと聖剣デュランダルをその鞘に収めることが出来た。
王太子が膝をつく彼の前に立ち、
「それでは魔女カイネ・チェネブの討伐を命じる。
さて、英雄に相応しいそなたの名はーー???」
そう訊ねたときだ。
男は静かに立ち上がり、腰からデュランダルを一閃させた。
「な‥‥‥に???」
斬られた痛みすら分からずに、王太子がそう呟く。
「英雄、その名をありがたく頂きます、王太子殿下。
我が名はオルブ・ギータ。
聖女カイネ・チェネブ様の第一の家臣。
主よ、まず最初の仇は打ちましたぞ‥‥‥」
彼が手を振ると、彼らは叫んだ。
「我等、青の三日月団!!!
これより、聖女カイネ・チェネブ様の恩に報いるためーー
宿敵、ダイナル王国に宣戦布告を為す!!!!」
と。
そして、英雄オルブ・ギータは静かに叫んだ。
「神々よ、どうぞご覧あれ。
これが己の意思で生きることを選んだ、あなた様たちの駒の‥‥‥魂の叫びだ!!」
そして、数時間後。
ダイナル王国は王室、ダーシェ神殿の神官ともどもこの世から姿を消した。
「やれやれ、ようやく現れたか。
おっと各々がた。
まさかここで逃げようとする気ではあるまいな?
神が己の子から反逆を受けるとは物言いがおかしいが。
己の蛮行を、その子からたしなめられることも、頬を張られることもあって当たり前。
カイネ・チェネブはようやく我が剣にて輪廻の輪から。
世界の歯車から解放された。
よもや、これ以上の支配を試みようなどと思ってはおるまいな?」
カイネが氷の海に消え、この余興もようやく終わりを告げた。
さあ、戻ろうとその場にいた観衆たる神や魔が消えようとした時だ。
カイネの心臓を貫いたあの剣を持つ神の一人が、全員に制止の声をかけた。
数千・数万の神や魔と対峙する彼の隣には、いつの間にか、白い猫の姿の死神。
黒い狼、赤い蛇、金色の猫、炎の大鷲、銀翼の鷹、紅き牡牛、闇色のユニコーン、竜やその実体が知れない者。
そして、異界の人間たちが数名。
最高位の位置に存在する、全ての世界の神がその場に存在していた。
「神や魔の犯した償いは、我等が訂正せねばならん。
カイネへの手出し。
これ以上は我等への宣戦布告と同列。そう考えられよ」
その言葉を最後に、その場から誰もが姿を消した。
唯一、残ったのはカイネを刺したあの神のみ。
「カイネ殿、どうか励まれよ。
まだそなたには仲間がいる。
あの二神。フェンリルとサターニアの身の安全は、俺が請け負った。
‥‥‥負けるなよ?」
楽しそうに言うと、再度、迎えにきた金色の猫と共に彼は姿を消した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
北海の流氷はあまりにも寒すぎた。
彼ーオルブ・ギータはカイネが落ちたであろう場所を必死に捜索するが見当たらない。
息が続かなくなると、何度も海面から顔を出し、習った魔法で水流の抵抗を減らし、体温を保ちながらどうにか数十度めの挑戦をしようとした時だ。
もう耐えきれない、そんな感じに業を煮やしてデュランダルがその柄より一筋の光を放った。
「おい、まさか。
そんなに遠くまで流されていたのか!?」
空中の仲間たちに合図をする。
しかし、誰もがまだ魔法の初心者であり、教えた魔法使いもそれほどの手練れではなかった。
どうすればいい!?
誰もが悩んだ時だ。
「あそこにいるの?」
更に上空から声がした。
大きなこうもりのような両翼を持つ彼女とその一団を目にして誰もが驚いたが、彼女が誰かをよく知る数人がそうだと伝える。
「では、わたしが行きます。
あなたたちは先に北へ‥‥‥お前達、火竜だけ残りなさい」
そう命じると、彼女ーー魔王フィオネは海中へと姿を消した。
デュランダルが示す光の先で、カイネは貫かれたはずの心臓から血を流すことも無く、その場に漂っていた。
フィオネはオルブ・ギータとカイネを海中から拾い上げると、そのまま氷の上へと飛び出す。
「お前達、ゆっくりと暖めなさい。
オルブ・ギータ‥‥‥まさか、戻ってくるなんてね。
わたしたち、二人とも」
嬉しいようで物悲しい仇敵同士の邂逅だった。
「それはこちらのセリフ。
我が主、いや親愛なるカイネを助けてくださり感謝します、フィオネ様」
フィオネはそれでも遅すぎたけれど、そう話を続ける。
「あの記憶があなたにもあるの?
カイネとあなたが夫婦になり、わたしも彼と夫婦で。
姉妹としてカイネと育ち、あなたたちと知り合い、最後まで貧乏だったけれど‥‥‥。
何よりも幸せだったあの記憶が」
オルブはそっと微笑んだ。
「彼はもうもどりませんが‥‥‥だがこの三人は家族です。
カイネが誰と結婚しても関係ない。
あの輪は、信頼は揺るがないでしょう」
フィオネは少しだけ寂しそうな顔をする。
カイネとディアスのことを、自分の神であるグレアムから聞かされていたからだ。
多分、それはオルブも死神から聞いているだろう。
それでも家族と言えるこの男の懐の深さが羨ましかった。
「そうね、わたしが愛した方はもう戻らない。
でも、あの二神にだけは。
はっきりと見せつけてやりましょう。
聖女カイネ・チェネブの生き様を」
「ええ、フィオネ義姉様」
「あなたに言われると‥‥‥まだわたしの方が若いのだけどーー」
とフィオネは複雑な顔をする。
「陛下、お気づきです‥‥‥」
カイネを暖めていた火竜が静かに告げる。
目を開けたカイネには最初、ディアスとサターニアがいるように見えた。
「あ‥‥‥そっかーー」
その時、もういまはこの世界にいない二人の名を口にしなくてよかったとカイネは後から思い出すようになる。
意識がはっきりとした時に、視界にいたのは、必要ではない仲間。求めていない二人。
力が足りないものたちとして、カイネが期待していなかった存在。
オルブとフィオネだったからだ。
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