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第六章 水の精霊女王

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 ナターシャは自分を抱きよせる力強いそのたくましさに、心寄せ始めていることをどこかで感じていた。 
 でも、それはまだ芽生えない心の蕾。
 苦難を越えてようやく神々という安心を得れる存在に囲まれた時。
 彼に対する安心感や心の期待感は‥‥‥どうしても薄くなってしまう。
 それは人間同士なら、もっと早く育っていたかもしれない。
 だが、この環境ではとてもとても遅いもの。
 春の芽吹きを数か月先に迎えた、秋の終わりかけのようなものだった。
 はるかに遠い先にあるその気持ちに、少女はまだ気づけないでいた。
「どうかしたの?
 アルフレッド‥‥‥??」
 いつまでも彼に寄りかかっていても申し訳ないし、何より――
「あの、竜王様、アリア‥‥‥様?
 わたしが何か‥‥‥?」
 二人の好奇心旺盛なその視線が、いつかのあの日を思い出しそうで怖かった。
 エルウィンが策謀した、あの男装をさされた?
 いや、自分の好奇心に負けてしまったあの場所。
 あの時の声がまだ脳裏に残っている。

(中にいる魔女を捕えろ!!!)

 今思いだせば、あれは間違いなくエルウィンの声だった。
 もう、誰にも騙されたくない。
 親愛を寄せていた相手に軽々しくそれを踏みにじられた。
 あの恐怖だけは受け入れたくなかった。
 そう思うと、いまのこの腕は、彼の優しさに甘えている自分は何なのだろう。
 期待だけを寄せてわたしが彼にしてあげれることは何もない。
 わたしは彼等の恩情にすがっているだけのダメな存在だわ‥‥‥
 自分のことを改めて理解すると、ナターシャはアルフレッドの腕から抜け出した。
「ナターシャ‥‥‥」
 アルフレッドはそうじゃないんだよ。
 そう叫びたい心の躍動を抑え込んで、それを受け入れる。
 少女は自分よりも竜王を、その先にいるエイジスのシーナ元王妃を頼っているのだから。
 恋愛や愛情なんて下心を持ってはいけないんだよな。
 そう思い、アルフレッドは手を放した。
「ごめんなさい、アルフレッド。
 もう、大丈夫だから‥‥‥ありがとう」
「いや、いいよ」
 やっぱり、あのアル、って呼んだのは単なる偶然なんだね。
 自分の思い違いに、恥ずかしくて仕方がなくなる。
 アルフレッドは動き出した水の回廊の上でそう思い、苦笑するしかなかった。
「ごめんよ、強くて痛かったかもしれない。
 もう――いや、気を付けるよ」
 どうして距離を俺は取ろうとしているのかな?
 もっと力があればいいのに。
 この子を守れるような、それだけでいい。
 世界を越えるとか、偉大な覇者や英雄なんてそんなのはいらないなりたくない。
 ただ、ナターシャがエイジスに無事に着いて、その間だけでも笑顔でいれるようにしてあげよう。
 アルフレッドは、久しぶりに神様に祈っていた。
 目の前にいる神々には申し訳ないけれど、彼には彼の信仰がある。
 枢軸に古くからある、地方の宗教というよりは慣習的なもの。
 はるか古代にあの巨大な月を食したという、黒い創始の狼王。
 ヤンギガルブの神に、少しだけ祈っていた。
 ナターシャを守る力と勇気を与えて欲しい。
 その行いが正しくできるように見まもって下さい、会ったことの無い神様。
 叶うなら、その勇気を与えて下さい。
 ―-と。

「神殿の中はー‥‥‥危険なのですか、アリア様?」
 水の精霊女王はそれまで寡黙だった少女が少しだけ元気になった様子を見て、あらあらあ、と。
 そう、側にいた少年に目をやった。
 彼が少女の心に力の火を灯したのかな?
 そう思ったからだ。
「そうですね、あなた――ナターシャ?
 あなたにはもしかしたら、良くも悪くも何かが起こるかもしれません。
 怨霊や亡霊。
 虚無は悪ではありませんが、時として招きたくない存在を招くこともありますから――」
 その背の剣と竜王が、あなたの力になればいいのだけど。
 彼の想いはまだまだ届かないようね‥‥‥
 エイジスに着いた後かその前後で別れを考えないでくれるといいのだけど。
 元人間の少女から神へと成った精霊女王はそう願っていた。
 神では人間の心の支えにはなれないことも多い。
 その時に必要なのは、アルフレッド。
 あなたなのよ。
 そう、精霊女王は語らずに心で考えていた。
「そう、ですかー‥‥‥わたしは良くない出来事を招く女ですから‥‥‥」
 自分が良い何かを起こせていれたら、エルウィンも少しは良い王子であったかもしれない。
 もう、愛情もない元婚約者を思い出し、ナターシャは悲し気に呟く。
 それを否定するように竜王が、大丈夫だ。 
 お前は悪くはない、これからそれを正しに行くのだからな。
 気に病むな。
 そう語り掛けられ、笑顔を取り戻す少女を見て、アルフレッドは寂し気に。
 アリアは、心の中でため息をついていた。
 
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