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第五章 神々の山脈

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「竜王様‥‥‥。
 思うんですけどねー‥‥‥」
 アルフレッドはぼやいていた。
 いや、我慢していた悲痛な叫びをあげたい。
 そう言った方が正しいかもしれない。
「いや、何も言うなアルフレッド。
 まさかこのようなことになろうとは」
 竜王様、彼は人の姿のまま、眼下を見下ろしていた。
 そして――
「誰ですか―――!!!
 何百回も行き来したから安全だ、わたしに任せておけなんて!!
 あんな、自信満々に‥‥‥」
 ナターシャは高所恐怖症である。
 その足元にあるのは、靴先数ミリの――足場の先には断崖絶壁。
 その先にあるのは――
「いや、わたしもあのようなところで床の大理石が抜けようとは‥‥‥。
 ドワーフ共が鉱脈を掘り進めたあとなのかもしれん。
 このような、水流が流れるところに出るとはな‥‥‥」
「竜王なんだから、なんとかして下さいよ!!
 水をなんとかできるでしょ!?」
 もう震えが止まらずにいつ堕ちてもおかしくない。
 ナターシャは顔を青ざめさせていた。
「ちょっ、ナターシャ!!
 俺にひっつくなって!! 
 おちっ、落ちる――!!」
「竜王様!!
 力、神様の力!!!」
 人間二人ではどうしようもないこの惨状。
 二人が唯一、頼みの綱と求める彼はしかし。
「いや、無理なのだ。
 ここは神々の山脈‥‥‥どのような神も、最低限の能力しか使えないように制限を‥‥‥」
 竜王もまた、これは参った。
 さて、どうするべきか。
 そんな悠長なことをぼやいていた。
「竜王様の役立たず‥‥‥」
 涙目で無礼な発言をするナターシャをにらみつけるが、それもまた事実。
 竜王は、なんとひどい言われ様だ。
 そう憤慨するが、場を良い方向に持って行く手立ても思いつかない。
「あ――!!
 そうだよ、竜王様!!
 元の姿!!
 戻ってくださいよ!!」
 アルフレッドが思わず叫んだ名案が、ナターシャには彼は頼みになる。
 そう映ったようで、アルフレッドさすがだわ‥‥‥なんて呟いていた。
「何⁉
 わたしの本体を見せろというのか!?」
 お前たちに見せるような安いものではないのだぞ!?
 そう、竜王は叫ぶ。
「あのねえ、竜王様。
 力も使えない、俺たちをここに落としておいて、今更、高貴な身分なんて言える身分ですか!???」
 ほら、早く竜に変化してくださいよ!!
 あの水脈のところから天井の穴程度までは伸びるくらい、デカいんでしょ!?
 アルフレッドの物言いは遠慮がない。
「竜王様、ここで助けてくれなかったら‥‥‥旧友の御方の情けないなんて一声が聞こえてきそうですね。
 自分で誘っておいて、わたしたちをこんな危険な目にあわせるなんて。
 神様なのに‥‥‥」
「そうだよ、こんなめんどくさいことばっかり起きるなら枢軸の都から飛空艇で行けばよかったんだよ」
「そうよね、アルフレッド!! 
 わたし、ここに来るまでもう六回よ!!??
 死ぬ目にあったの‥‥‥二回目までは関係ないけど。 
 三回目はハーピーの歌声に竜王様が惑わされて滝つぼに落とされそうになったし、四回目は大きな化け物みたいなムカデの巣に紛れ込んで食べられそうになるし、五回目はー‥‥‥」
「五回目は、間抜けなゴブリン共の罠にかかってあやうく鍋に放り込まれそうになるし。
 六回目はこれ‥‥‥」
 本当に、役立たずな竜王様。
 二人の人間の声ははもり、彼を責めていた。
「仕方がないだろう!!
 この数百年、こうも変わっているなど!!」
 竜王はそこまで言うことはないだろう?
 そう叫ぶが、それは二人からしてみれば嘘つき、なんて責めたくなるようなこの数日の連続の危機。
 もうそろそろ、嫌気が指していた。
 そして、何やら下の水流が増しているような気がしてきたナターシャがもしかして、と呟く。
「まさか、あの鉄砲水みたいな‥‥‥」
 そんなのが来たら、俺たちはもうおしまいだよ、ナターシャ‥‥‥。
「死ぬ前に好きな子に告白したかったー‥‥‥」
 ついつい漏れたその一言に、
「なによ、アルフレッド。
 あなた、貴族様でしょ?
 側室でもなんでも貰えばいいじゃない!!」
 そう叫ぶものだからアルフレッドはまだ誤解しているよ、このお姫様。
 そう、悲しくなってしまう。
「俺は平民の最下層だよ、ナターシャ‥‥‥。
 好きなのは緑の髪のお姫様だよ‥‥‥」
「この後に及んで告白とはなー‥‥‥いい身分だな、アルフレッド?」
 これはまずいかもしれない、本体、か。
 あの姿になるのは久しぶりだな‥‥‥
 そうぼやく竜王が、アルフレッドに悪態をついた時。
 一筋の水流が、地下水路から巻き上がり三人の前でそれは水の床のように広がっていく。
 そして――
「これは、竜王殿。
 お久しぶりです。
 我が夫の悪友様が、このような場でなにを為されているのですか?」
 と、一人の美しい女性が姿を現したのだった。
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