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第五章 神々の山脈
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嘆きの塔に近づいた部下は、内部から立ち込める凄まじい腐臭に顔をしかめた。
驚いたことに、そこに収監されているはずのナターシャの姿は影も形も無かった。
何より、丸く四方を囲む壁に設置されていた鉄の輪が‥‥‥壊されている。
これは共謀者がいたのか、それとも、当人がやったのか。
それにしては、この塔の深さは日中の今にしても見えないほどに薄暗い。
底の方に堕ちた遺体がある可能性は否めなかった。
「子爵様‥‥‥逃れたか、下に落ちたか。
どちらにせよ、当人の姿形は見当たりません」
部下は間抜けにもそう報告するしかなかった。
ゼイルード卿は思案する。
逃れた?
鎖と鉄輪が劣化していたからか?
それとも――
「あのナターシャ様は確か学院の生徒だったな?」
そんな当たり前のことが今更、なぜ気になるのか。
部下は不思議そうな顔をする。
「共謀者がいるとすれば、王国内ではない。
外部、枢軸や帝国の貴族の子弟子女の部下かもしれん。
交友関係を洗いだす必要がある‥‥‥何より――」
あの第二王子だ。
あの夜、被害者のサーシャと自分は会っていた。
その数時間後に投身自殺した!?
はっ‥‥‥滑稽にもほどがある。
誰かが、殺したのだ。
その誰かが誰なのか。
さあ、誰だ?
ナターシャを陥れ、サーシャを殺しせしめたのは?
この法の番人に与えられた権限を甘く見るなよ??
そう、ゼイルード卿は不敵に微笑んだ。
首切り役人であるからこそ、彼には特別な許可が。
特権が与えれられている。それは犯罪者が明白になった場合、その場で首を刎ねても構わない。
そういう、免状を皇帝から直々に与えられているのだ。
「そして、その真実を捜査する特権もな‥‥‥。
逃がさんぞ、不埒なやからめ‥‥‥」
ゼイルード卿は怒りに肩を震わせた。
そして、部下に命じる。
「おい、その塔に火を放て。
遠くから放り込めよ?
爆発するかもしれんぞ?」
中には発火気体が充満している。
爆音とその業火は犯人にさぞや、恐怖心を与えることだろう。
人を陥れることがどれほどの重罪か教え込む必要がある。
「あの第二王子相手でもな‥‥‥」
そう呟いた時、ゼイルード卿はふと気づいた。
地層が変わっている部分が新しく掘り返されたあとがることを。
ニヤリと彼は笑う。
どうやら、ナターシャ様は生きておられるらしい。
ならば、捜索はやめだ。
戻られた時に、安心して王都に足を運べるように。
学院で再び、笑顔で友人たちといられるようにして差しあげねば。
冤罪を被ったまま、生きるのはさぞや辛いだろう。
「子爵様!!
炎の精霊に命じました。
あと数分で――」
部下の一人がそんな報告をしてくる。
この忌まわしい処刑場も、無くなればいいのだ。
王国の下らん闇など――もし、これが教会の魔女裁判そのものを覆せるきっかけになるならば。
ゼイルード卿はそんなことも考えていた。
無実の者たちが魔女裁判、悪魔裁判で死んでいくのをずっと黙って見て来たからだ。
その場を離れたあとに、彼らはナターシャが身分証明書を偽造した小屋の内部を捜索し、彼女が枢軸側へと逃げたことに確信をもった。
「面白い貴族子女だな、ナターシャ様は‥‥‥。
どうか逃げ延びて下さい」
そう願うと共に、思い出すのはあの警護兵たちの会話だ。
実家は格下げになり、財産は没収された。
誰にだ?
それは、どこの誰の手に渡った!?
もしからたら、王国が大きく変わるかもしれない。
ゼイルード卿はそんな予感を胸に秘めて、処刑場を部下と共に後にした。
「良い感じで燃えているではないか‥‥‥。
教会を追い出せる狼煙になればいいが――」
彼は人知れず、そう呟いた。
驚いたことに、そこに収監されているはずのナターシャの姿は影も形も無かった。
何より、丸く四方を囲む壁に設置されていた鉄の輪が‥‥‥壊されている。
これは共謀者がいたのか、それとも、当人がやったのか。
それにしては、この塔の深さは日中の今にしても見えないほどに薄暗い。
底の方に堕ちた遺体がある可能性は否めなかった。
「子爵様‥‥‥逃れたか、下に落ちたか。
どちらにせよ、当人の姿形は見当たりません」
部下は間抜けにもそう報告するしかなかった。
ゼイルード卿は思案する。
逃れた?
鎖と鉄輪が劣化していたからか?
それとも――
「あのナターシャ様は確か学院の生徒だったな?」
そんな当たり前のことが今更、なぜ気になるのか。
部下は不思議そうな顔をする。
「共謀者がいるとすれば、王国内ではない。
外部、枢軸や帝国の貴族の子弟子女の部下かもしれん。
交友関係を洗いだす必要がある‥‥‥何より――」
あの第二王子だ。
あの夜、被害者のサーシャと自分は会っていた。
その数時間後に投身自殺した!?
はっ‥‥‥滑稽にもほどがある。
誰かが、殺したのだ。
その誰かが誰なのか。
さあ、誰だ?
ナターシャを陥れ、サーシャを殺しせしめたのは?
この法の番人に与えられた権限を甘く見るなよ??
そう、ゼイルード卿は不敵に微笑んだ。
首切り役人であるからこそ、彼には特別な許可が。
特権が与えれられている。それは犯罪者が明白になった場合、その場で首を刎ねても構わない。
そういう、免状を皇帝から直々に与えられているのだ。
「そして、その真実を捜査する特権もな‥‥‥。
逃がさんぞ、不埒なやからめ‥‥‥」
ゼイルード卿は怒りに肩を震わせた。
そして、部下に命じる。
「おい、その塔に火を放て。
遠くから放り込めよ?
爆発するかもしれんぞ?」
中には発火気体が充満している。
爆音とその業火は犯人にさぞや、恐怖心を与えることだろう。
人を陥れることがどれほどの重罪か教え込む必要がある。
「あの第二王子相手でもな‥‥‥」
そう呟いた時、ゼイルード卿はふと気づいた。
地層が変わっている部分が新しく掘り返されたあとがることを。
ニヤリと彼は笑う。
どうやら、ナターシャ様は生きておられるらしい。
ならば、捜索はやめだ。
戻られた時に、安心して王都に足を運べるように。
学院で再び、笑顔で友人たちといられるようにして差しあげねば。
冤罪を被ったまま、生きるのはさぞや辛いだろう。
「子爵様!!
炎の精霊に命じました。
あと数分で――」
部下の一人がそんな報告をしてくる。
この忌まわしい処刑場も、無くなればいいのだ。
王国の下らん闇など――もし、これが教会の魔女裁判そのものを覆せるきっかけになるならば。
ゼイルード卿はそんなことも考えていた。
無実の者たちが魔女裁判、悪魔裁判で死んでいくのをずっと黙って見て来たからだ。
その場を離れたあとに、彼らはナターシャが身分証明書を偽造した小屋の内部を捜索し、彼女が枢軸側へと逃げたことに確信をもった。
「面白い貴族子女だな、ナターシャ様は‥‥‥。
どうか逃げ延びて下さい」
そう願うと共に、思い出すのはあの警護兵たちの会話だ。
実家は格下げになり、財産は没収された。
誰にだ?
それは、どこの誰の手に渡った!?
もしからたら、王国が大きく変わるかもしれない。
ゼイルード卿はそんな予感を胸に秘めて、処刑場を部下と共に後にした。
「良い感じで燃えているではないか‥‥‥。
教会を追い出せる狼煙になればいいが――」
彼は人知れず、そう呟いた。
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