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第四章 カヌークの番人

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「そっか!」
 アルフレッドの屈託のない笑顔がナターシャの緊張感をほぐしてくれた。
 ついでに、叫んでしまったはしたなさに対する恥ずかしさも少しだけ吹き飛んだ。
「なら、下においでよ。
 竜王様もいるんだ。
 話がしたいってさ?
 いいな、あんた竜王様にお会いできるなんてすごいんだぜ?」
 遠慮なく懐に飛び込んでくるアルフレッドの陽気さにナターシャはどこか憧れを覚えてしまう。
 こんなふうにみんなと打ち解けていれば、エメラルド姫なんて上に立たなければ。
 いまの事態になる前に助かったのかもしれないとそう思いかけた。
「ほら、行こう?
 あー‥‥‥ただ、悪いんだけどさ。
 その剣だけはーー俺が持って降りてもいいかな?
 一応、お客様ってことで案内するからさ。
 この後もまだ二組ほど貴族様が来られるから‥‥‥ね?
 女性が剣を三本はちょっとー困るのさ」
 申し訳なさそうにアルフレッドの言う通りだな。
 ナターシャはそう思ったから素直に彼に荷物まで預けてしまった。
「おい‥‥‥アルフレッドーー
 お前、どこでそんな話術覚えたんだ??」
 あの三本の剣を見て、これは一戦あるかなと不安になっていたアギスは呆れてしまう。
 こんなにあっさりと相手を説得できるなんて。
 戦いを念頭に置いていた自分の認識が狭かったかな?
 そう、思い始めていた。
 アルフレッドはアギスに言う。
「だってこんなに美人なんだぜ?
 それに見なよ旦那、ああそういえば、あんた名前は?
 俺はアルフレッド、こっちの恐いのはこの小屋の主のアギスの旦那だよ、いてっーー!?」
「ばか、恐いだけ余計なんだよ」
 アギスに拳で頭を小突かれてアルフレッドは抗議の悲鳴を上げた。
「ひどいよ、旦那。
 こんな美人の前でカッコくらいつけさせろよ!?」
 美人?
 誰が?
 わたしなんて、あのサーシャや他にいた貴族の令嬢たちに比べればたいしたことないのに。
 不思議そうな顔で二人を見るナターシャは、自分もまだ挨拶すらしていなかったことに気づいた。
「あ、あのーーごめんなさい!!
 勝手に上がりこんでベッドまで汚してしまって。
 そのお風呂もお借りしました‥‥‥あの金貨で足りなけらばまだその荷物の中にーー」
 は?
 いやそんなことはないだろ、なにいってんだこのお嬢さん。
 アギスとアルフレッドが困惑する番だった。
「あ、わたし‥‥‥ナターシャと、いいます。
 初めまして、アルフレッド様、アギス様。
 無作法で申し訳ございません‥‥‥」
 その物言いに、二人は更に困惑する。
「あんた、あ、いや。
 ナターシャ‥‥‥さん?
 いいとこのお嬢様かい?」
 不思議そうに聞きながら階下へと案内するアルフレッドに、ナターシャはどう説明したものかと口をつぐんでしまいうまく話せない。
「まあ、詳しくは竜王様の前で話せばいいさ。
 俺たちには聞かれたくないこともあるだろからな」
 アギスが気を効かせてそう言うと、
「さあ、こっちだ。
 テラスにいらっしゃる。
 食事を共にされるといいさ。
 あの御方はお優し方だからな、まあ、会えばわかる」
 アギスはナターシャの髪がなぜそんなに腕の悪い床屋にでも行ったかのようになっていることに不信感を抱いていたがそれは表に出さなかった。
 そして、階下の食堂に降り、アルフレッドが先に荷物と剣を手に持ち竜王の前に近寄った時だ。
 彼が持っている一振りの剣を目にした竜王の目つきが鋭くなったことを、アギスは見逃さなかった。
「竜王様、ナターシャだって。
 ナターシャ、こちらりゅうーー」
「なぜ、その剣を持っている?!」
 砂漠色の紅い法衣をまとった銀髪の竜王は、いきなり、焦りと怒気を孕んだ声でナターシャを詰問した。

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