いつか出会う君たちへ

星ふくろう

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第三話 紅河の恋人

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「まあ、こっち側じゃ人間を襲うなんてサメくらいだもんなー」

「サメってこの前にった大阪の海遊館。

 あそこのサメ、大きかったよねー」

「あー、ジンベエザメな。

 あれは人、襲わないから」

「襲わないんだ?」

「襲わない。

 一緒に泳ぐこともできる」

「あり得ない‥‥‥。

 もし、私が魚竜に食べられたら一緒に死んでね」

「いや、それもあり得ないから」

 時に言う言葉は冗談か本気交じりなのか。

 その赤い瞳はたまに感情の色を隠してしまう。

 俺はお前のその世界に吸い込まれてしまってるんだよ。

「なんであり得ないのよー。

 あり得るでしょー」

「まだ寝ぼけてるのか、明日香?」

「起きてますー、イェイラ(旦那様)」

「そうですねー、アンチェ(奥様)」

 紅河側での恋人同士の呼び方。

 3年間学んで、あちらの魔導書を読めるようになるまでどれだけ大変だったことか。

「こっち(紅河)じゃ女性を大事にしないと大変なことになるからね。

 そこが本当に心配」

「努力します‥‥‥」

「ルジェ・オバァ(口だけ男)」

 なんだかひどいことをさらっと言われた気がするが、そこは流すのが一番いいと経験してきた。

「じゃ、そろそろいこうか」

 朝食を済ませて、荷物をまとめるとホテルを出る。

 自動ドアの外には、眩しい程に赤くて巨大な太陽と、地球では見れない血のように紅い大空が広がっていた。



「紅いな」

「紅いでしょ」

「うん、紅い。

 なんでこんなに紅いんだ?」

 遠矢は眩しい太陽光を遮るようにして手をかざした。

「サングラスっていいよねー。持ってきて正解正解」

 明日香が化粧がめんどくさいからとグラスの面積が広いサングラスをかけたまま太陽を見上げる。

「空が紅いってことは夕焼けとかと同じだから太陽が近いってことで、、、その分、大気が薄いってことだろ?」

 なら、赤道直下にある南アメリカやアフリカ大陸のように、肌の色は黒色に近くなるのではないのか?

 しかし‥‥‥

 紅河の民は誰もが銀髪に紅眼。肌だけは有色人種に近い。

 これはどういうことだ?

 高校でその理由は習ったが、納得がいくものではなかった。

 そしていまも納得はできていない。

「なによ?」

 まじまじと恋人の全身を見ている彼氏に不満げな声を出す。

「いやー‥‥‥だってな。

 いざ来てみると、自然ってのは不可思議なことばかりだなあと」

「なによそれ、わけわかんない」

 いや、わからないのはこっちですよ明日香さん、と心中で呟く。

「ここ数世紀なんだろ? 

 上に出てこれたのは」

「そうだよー。

 ご先祖様たちがツヴァイクたちを西方に追いやって。それもメイのお陰なんだけどねー」

「ごめん、それわからん」

 メイ、ツヴァイク。

 ツヴァイクはわかる。

 この惑星で独自に進化した恐竜の人型のような種族だ。

 骨格や見た目は人類よりも少し大型から小型まで。

 知能は高く、紅河文明が13-6世紀の人類文化レベルに達しているとしたら、特殊な技術を有するツヴァイクもまた同程度の文化レベルを有するこの惑星の西方に位置する武力国家。
 
 主に人類やティトと呼ばれる、西洋のファンタジー童話に出てくる妖精のような種族を捕食し、支配する存在。

 地球では食物連鎖の頂点に人類が位置している。

 ここ紅河文明が位置する惑星ヤオではツヴァイクがその頂点にいる。

 雲(メイ)と線(ヤオ)

 そう名付けられた2つの惑星は繋がっている。

「あれが天空回廊(イーヴリール)か」

 方位が全くわからないが、天空には地球で言えば月より少し遠い位置に青い惑星が浮かんでいる。

 そしてそこに繋がる白い一筋の線。

 人工的に作るとすれば月と地球を繋ぐ軌道エレベーターとでもいうべきか。

 それが天空回廊。

 はるか数万年前からそこに位置しているという。

「あーだめだ。

 ややこしい。難しいことは後から聞くわ」

「はいはい。

 じゃあ、地下に行こうか。

 私たちの王都、ラオダイに」
 
 聖通市の港をフェリーで出発し、広島城塞と呼ばれる国境の税関を抜けたのが昨夜のこと。

 城塞の北門を潜ると雨雲が覆っていた空は一面の紅い空へと姿を変えていた。

 そのままタクシーで日本企業が出資し建設したホテルへと直行。

 城塞北門の外側は半径数キロ四方に渡って日本側が開発し、両国の特別区として紅河国側の前線基地の役目も果たしていた。

 当然、ここまでの建築資材や建機、様々な物資の搬入には北門程度の広さ(高さ20メートル程度の門)では役立たず、海洋側からの運用をメインに行っている。

 中には飛行場もあり、海洋側のゲートは高度2万メートル前後までは広がっていることがこれだけ短期間での開発を有効にしたのだが。

 飛んでいる航空機とこの特区内を行き来する車輌はその大半が自衛隊のものだ。
 観光でこちら側にこれる一般人はそんなに多くない。

 定期的にツアーは組まれているようだが、魔導という異質の技能の流出を目論む各国のスパイも暗躍していたりとまだまだ、日本と紅河。

 両国間の安全性は盤石ではないようだ。

 そんな中、遠矢と明日香。

 二人が紅河国の王都にまで行くことができるのには、幾つかの特例的な事情が揃って可能になっていた。

 ホテルから王都へと向かう入り口は支柱と呼ばれている。

 ここ特区に設置されている支柱は3本。

 そのうちの1本に向けて二人は歩を進めた。

 ツヴァイクの襲撃用に備える兵舎と幾つかの防壁を潜り抜けて支柱へとたどり着く。

 紅河国の兵士は現代の兵士のような服装ではなく、江戸時代の武士が袴の代わりにズボンを履いて革製の長い軍靴を着たようなそうな感じに見えた。

 手にする武器も拳銃やライフルではなく、槍のようなものと、両肩に浮かぶ2つの拳大の球体。

 肩にかけた布の色が階級を現しているようだ。

 また、帽子の種類も様々で文官・武官を区分けしているようにも見えた。

 いま二人を支柱内に案内している女性は紅い長方形の制帽を身に着けている。

「明日香、あの帽子は何を意味してるんだ?」

 気になって相方に問いかけてみた。

「んー? エシャのこと」

「エシャ?」

「日本語で言うなら、軍帽? 制帽?

 そんな意味だよ。紅河国では役人は全員、あの帽子を被るの。

 武官は動きやすいようにベレー帽みたいなの被ってたでしょ?」

「あー、言われてみればそうだな」

 ということは、ここまで来る間に見た球体を両肩に浮かべた男たちは軍人で正解だったわけだ。

「あの両肩の丸いのはなんなんだ?」

「あれ?

 あれはねー‥‥‥。後から教えてあげる」

「こちらからどうぞ。

 地球時間で、四時間ほどで王城へと移動できるよう整えております」

 女性が一礼して二人を小部屋へと招き入れた。

 中は10畳ほどの広さになっていた。

 テーブルと長椅子が左側に。簡単な食事を作れる程度の調理スペース。

 幾つかのお菓子のようなものも見受けられる。

「これって、用を足したいときは?」

「右手奥にご用意しております」

 女性が右手側の扉を指差した。

 壁際には日本語と紅河語の雑誌などもあり、利用客を退屈させない作りとなっていた。

「なんか、日本の1DKアパートみたいな作りだな」

「ご不便がないように配慮させて頂いております。

 良い安寧を」

 安寧?

 日本語の使い方がおかしい気がするが、まあ、翻訳の魔術が誤訳したのかもしれない。

「ありがとう」

 そう伝えると、女性は下がり長方形のはずの部屋が回転を始めたように感じる。

「これ、部屋の外側は丸いんだよな?

 中に角部屋をなんで設置してるんだ?」

「回転しながら地下に降りるからだよ」

 回転?」

 それにしては回ってる感覚は消えてしまったし、何より動いている感覚がしない。

 これはどういう原理だ?

 紅河国に来てから疑問に思うことだらけで考え疲れてしまったような気がする。

「今日はよく話す日だね、とおクン。

 学校じゃいつも無口だったのに」

 まあ、私はたくさん話せて楽しいけどねーー

 と、意地悪そうな笑みを浮かべて明日香は言う。

 そう言えばーー

 と明日香は昨夜のことを思い出す。


「ちょっと、とおクン。

 とおクンってば。

 ねえ、起きてよ。起きてってば」

 明日香は慌てて彼氏を揺さぶり起こした。

 たまたま目が覚めて深夜にトイレに行き、戻ってきてみたら。

 さっきまで心地よさそうな寝息を立てて寝ていた彼が、いきなり涙を流しながらうなされ始めたからだ。

 しかし、なかなか起きない。

 この男はしぶといのだ。

 一度寝たら、そこそこ激しい地震が来ても目覚めない。

 大音量のCLUBの中でさえ、爆睡するような男なのだ。

「あー、もう」

 明日香は明日香で気の長い女でもなかった。

 めんどくさい。

「起きろ!!!」

 右手の平の一閃が遠矢の頬を打ち、彼は救いようのない悪夢から解放されたのだった。
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