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奴隷姫の奏でるbig willie blues 4

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 第一次南北戦争時代、主要港ではなかったが南軍の象徴的な存在として存在したこの軍港は、1860年代の戦争をえて現在はアメリカ連合国陸軍の主要拠点として活動している。
 なぜ海軍ではなく陸軍かというと、ヨーロッパ大陸諸国に対して独立主義を主張し初期の独立を勝ち取った第一次アメリカ合衆国はその首都をワシントンD.Cに置いた。
 それに対して南部連合国はバージニア州のリッチモンドに首都を置きどちらも東部に存在するうえに距離が160kmと離れておらず海戦よりも陸戦が重視された。
 これはその戦線の間に対して大きな障害物となる地形的要害がない平坦な土壌であったことに由来している。
 これに対して第二次南北戦争では、アメリカ連邦は首都をワシントンに、アメリカ連合国は首都を真逆の太平洋側に存在するロスアンゼルスに置いた。
 これはリンカーン大統領時代に行われたインディアン掃討作戦によるアメリカ合衆国とインディアン諸部族との最大契約であったカリフォルニア州を中心とする太平洋側の諸州をインディアン自治区として独立させる約束を、ゴールドラッシュによる移民の大量流入を口実にアメリカ合衆国がほぼ破棄した侵略だった。
 このことを第二次南北戦争ではインディアン諸部族が独立した土地を再度要求することから始まり、北部諸州で盛んになったヨーロッパに対する産業革命で得た製造技術を資本家連中から移民や本来の意味での原住民に帰属させること。つまり、土地を返せ、そのついでに工場や技術を奪う、といった経済的な逆侵略をヨーロッパ諸国の政治介入によるアメリカ経済の崩壊を目的として行われた。
 これに対して太平洋側の既存白人社会の経済界が反発を試みるも、人道的支援という口実を持ったヨーロッパ諸国は未だ植民地的支配下にあった南米に保持する戦力を北上させて太平洋側の北部諸州を占領、その支配権を原住民及び移民連盟による北部議会へと委譲するという形式をとり実質的に支配下においてしまった。
 その流れに乗り第一次南北戦争で旧南部諸州敷いていた奴隷制復活を提唱。
 基本的人権を認める上での労働力的立場を保証するという建前だった。
 ヨーロッパ諸国連合軍支配下にあった太平洋側の諸州と連合を組み、かつての綿花栽培を主体とした経済態勢からライン製造式の製造業地帯かつ広大な農地を有する全米でも有数の農業地帯としての生産体制を確立しようとしていた。この製造と農業の双方で大量の労働力が必要となっていた南部諸州にとって、最低賃金かつ最低限の生活条件を保持していれば世界各国から批判を受けないことを見越したこの独立宣言は資本家にとってとても美味しいものだった。
 しかしこれに対してヨーロッパ諸国はアメリカの国家的な成長をこれ以上望まないという危機感が持ち上がり、当初は連携されていた太平洋側の諸州との経済的なつながりは南部諸州を軍事的に支配しようとするヨーロッパ連合軍の南下政策によりいきなりの内紛へと変化してしまう。
 ヨーロッパ連合軍対南部連合国との軍事衝突を転機としてアメリカ連邦が太平洋側の諸州奪還へと軍事作戦を開始することでヨーロッパ連合軍は前後同時に挟み撃ちにあう形となり、海上輸送による撤退を開始。
 テキサスを境目としてヨーロッパ連合軍対アメリカ連合国軍。
 そしてアメリカ連合国軍対アメリカ連邦軍という、今度はアメリカ連合国が挟み撃ちになってしまう事態に発展した。
 事態を重くみたイギリスがアメリカ連合国支援を国際的に表明。
 インドなど植民地紛争と独立により国力を削がれていたイギリスから発した産業革命は、この国を欧米列強の大国へと変貌させ、新たなイギリス領インド帝国の再建を行うなど再度の植民地支配へと意欲的に乗り出していた。
 ここにアメリカ連合国が加わることでイギリスは新大陸における勢力圏を確固たるものとし、アメリカ合衆国の南北への崩壊がそれを加速させた。
 南米に勢力圏を確保してきたオランダ、スペインと東南アジアでイギリスと衝突していたフランスがこれに対してアメリカ連邦の支持を表明。
 新大陸における、ヨーロッパ諸国の代理戦争が開幕となったのがほぼ数年前のことである。
「とまあ、そんなとこらしいな」
 最近のアメリカ歴史編纂雑誌を一晩かけて読みふけっていたバルダックが、マクスウェル商会の用意したホテルの食堂で朝食時に、にわかに得た知識を披露していた。
 テダーやセオを含む男衆7人はそのホテルに昨夜逗留したわけだが、どうも数日はここで過ごさなくてはならないようだった。
 南米側に通じるテキサス湾に面するヒューストン港はいまや最前線における一大拠点となり、人の往来も激しくイギリス海軍の重要拠点であるデヴォンポート海軍基地並と言われているらしい。
 らしいというのは、テダーもバルダックもデボォンポート海軍基地を見たことがないから想像するしかない。
 まあ、ロンドン並みの市街地は整然とした印象を与えたし奴隷制度という響きは相いれないものがあったが、往来を行く黒人や南米人たちは誰もが普通の恰好をしていた。
 ボロ着を与えられて生活しているという風ではなく、それだけこの南部連合国の経済が安定してきていることを表しているように思えた。
 逆にテダーやバルダックが自分たちを貧しい風貌だと思ってしまったほどだ。
 そう、ここヒューストンは現時点で世界一、発展している都市と呼んでもよかった。
 まあ、その影に当たる下町や、一足、都市を抜ければロンドンの下町以下の貧困層が蔓延していることも想像には難くない。
「バルダック教授の講義ってわけだな」
 テダーがからかい気味に言うと、セオが船上で撃たれた左腕の痛みを笑ういながら誤魔化していた。
「痛むのか?」
「まあ、そう簡単にはな……」
 そりゃそうだな、と思いながらも彼には感謝しか感じ得ない。
 これほどの剣士がいる国はどんな国なのか。
 ふと、興味が湧いた。
「なあ、ミスターセオ。
 言いたく無ければいいんだが、あんたは中国なのかい?」
 祖国は?
 とバルダックが問う。
 セオは一瞬、顔をしかめ部下たちを見たが、彼らは否定しない。
「いや、我らは日本人だ。
 中国は隣の国だな」
「日本?」
「そうだ。
 一番東の果てにある島国だ。
 イギリスと大きさは変わらん。そう聞いている」
「それは……」
 テダーには地理的な感覚が沸かなかった。
 バルダックはインドより遠い、というところだけはわかった。
「なんでそんな遠い国からこんなとこに?
 言葉も違うだろうにさ」
 テダーが若さから矢継ぎ早に質問する。
 セオは困ったように笑った。
「すまんな、我らの国では多くを話すものは好まれん。
 また機会があれば、な」
 そういい、部下たちとともに退席していくセオを後目にテダーはバルダックを見た。
 バカと言いたげな顔をバルダックはしている。
 どうも踏み込んだ質問をしていたらしい。
「なんだよ?」
 あのなあ、とバルダックが赤毛の頭を掻いた。
「お前、たまに無神経だよな。ルガー。
 中国人をロンドンで見ることは珍しいかそうじゃないか。 
 どっちだ?」
「そりゃまあ。
 少ないな」
「アヘン戦争でイギリスと戦争して負けた後に、ほぼ植民地になった中国やインドですら本土(イギリス本島)に来ることはまれなんだぞ?
 その向こうの名前は聞くが見ない国の人間だ」
 日本。
 清と戦争を起こし、数年前に勝利した国だ。
 東洋でロシアを警戒したイギリスと今年、同盟を結んだとも聞いている。
 東洋の産業革命を起こした国。
 その程度の知識もテダーにはある。
 だがそこの人間が6人もロンドンにいるということはつまり。
「あちらの貴族とかか?」
「可能性はあるな。
 だがあの国は十数年に政府が変わったとも聞くしなあ」
 二人の知識ではそれ以上の詮索ができなかった。
 まあ、30代に見えるセオはその部下たちを見ていると、苦労してきた、と言葉で端的に言うだけでは足りない何かを背負っているような感じもする。
「まあ、俺たちはこの仕事だけの仲間だ。
 終わるまで仲良くいこうぜ」
 バルダックがそういうと、テダーもそうだなと頷く。
 そこに二人があまり歓迎したくない客が現れた。
「おい、バル」
 ホテルの入り口からそのまま道続きになっている食堂から、彼の入ってくる姿は丸見えだった。
 長身痩躯、色白の肌の色が悪いだが目付きの鋭い男
 マクスウェル商会の税理士だった。
 彼は食堂に二人を見かけると、イギリスの紳士風にハットを片手で脱いで挨拶してみせた。
「嫌味だな、おい」
「まったくだ」
 あの船上で人が死んでいくのを喜んで豚のように叫んでいたマクスウェルの犬。
 だが、猟犬かもしれない。
 税理士と言っているが、底知れない何かを彼は秘めていた。
「おはようございます、御両人」
「ああ、おはよう。
 えーと……」
 そういえば彼の名前を知らなかった。
「ジャック。
 そうお呼び下さいルガー君」
 君づけされるとは、上からの視線がなんとも苛立つ男だ。
「ああ、ミスター。
 で、こんな早くからどうしたんだい?」
 任せたという感じにバルダックがテダーに手を振る。
 仕方なく会話の先頭にテダーは立つことになった。
「早い?
 ああ、そうですね。もう9時を越えている」
 胸の内ポケットから懐中時計で確認するとジャックと名乗る税理士は言葉を続けた。
「あの方々は上でいらっしゃる?」
「ミスターセオたちのことかい?
 食事を済ませて部屋に戻ったみたいだな」
 自分が言葉を間違えなければこの場にいたかもしれないが。
 そう思いながらだからどうした、と立ったままのジャックを見上げる。
「では伝えて頂きたいのですが、あと数日。
 正確には本日は金曜ですから、来週の火曜日。
 我々は内地に赴きます。
 それまではここでお過ごし頂きたい」
 夜の街もなかなか華やかですよ、とジャックが言う。
「それはありがたいが、貰った前金は国に置いてきたんでな。
 俺たちはここで待たせてもらうよ」
 夜の事情までお前に心配されたくない、そうバルダックが口を挟む。
「ああ、それでしたら」
 と、ジャックがまた内ポケットから何かを出した。
「こちらにどうぞ。
 弊社の運営する施設です」
 1枚の4つ折りのチラシをテーブルに置いた。
「マクスウェルの紹介だと言えば、大体の娯楽は楽しめますよ。
 旅行に必要な品も揃います。
 代金はお気にせず。うちもちです」
「えらく大盤振る舞いだな。
 そんなにいい、仕事でもなけりゃ、俺たちは上顧客でもないはずだぜ?」
 それは心外、というようにジャックが首を横に振った。
「従業員サービスですよ。
 あなたたちにはまだあと数日、護衛をお願いしないといけませんのでね」
 では、と言い残しジャックは去って行く。
 コツコツと独特のステッキ音がなんとも不気味な退出だった。
「なんだこりゃ……」
 従業員サービス?
 あんな殺人劇を見せておいて?
 どんな嫌味だよ。
 二人は顔を見合わせると、チラシに目をやった。
 
 マクスウェルズ・デパートメント

 しっかりと店名に名前が入っているのは何とも嫌味だった。
「おい、ルガー」
「なんだよ、バル?」 
「衣料品、飲食、夜のお供から、賭博まで」
 だとよ、とバルダックがチラシを寄越す。
「夜のお供に賭博。
 カジノ経営かよ。よく出来るよなこんな都市で」
「それだけあのマクスウェルが商売上手なんだろうよ」
 それより、と下の方を指差す。
 奴隷姫の演奏会。
「なんだこれ」
「あれじゃないのか」
 奴隷姫、そう言われ思い当たるのはあの女性。
 海面から巨人と共に現れ、あの怪物たちを掃討したあの女性だ。
 海の水を吸った髪が夜気を含んでなんとも言えない色気を出していた。
「バル、あの夜は地獄だったんだぜ?」
「だが、カジノもあるんならポーカー程度はあるだろ?」
「そりゃルーレットでもバカラでもあるんだろうがさ。
 どっちだよ?」
 奴隷姫とカジノ。
 目当てはどっちだ?
「お前は女だろ?
 俺はポーカーだ」
 見抜かれてた。
「セオにはどうする?」
 上階を見上げてテダーが言う。
「そりゃいうべきだろうな。
 あの服装じゃ、目立つだろうが。
 ソードは持ち込めないかもな」
「じゃあ」
 先ほどの失言の詫びもしたかった。
「俺が言うよ」
「ああ、それがいい」
 俺は街の見物をしてくるさ。
 そういうと、バルダックが先に食堂を出た。
「演奏会……か」
 カジノや娼婦がいると言うと、セオの一団は行くと言うだろうか?
 余計なことは言わずに誘うべきか?
 とりあえず、部屋を訪ねることにした。
 ドアをノックすると、セオの部下が顔を出した。
 彼らは数人で大部屋をあてがわれたらしい。
 礼儀正しく中に通されると、セオは刀の手入れをしていた。
「どうした、ルガーさん」
 さん、というのがどういう意味あいのかがわからなかったが多分、ミスター、程度の敬語なのだろうと察しをつけると、実は、とジャックの話を始めた。
「そうか。
 あの税理士殿がな」
 で、その紙片を置いていった、と。
 チラシを受け取ると仔細にそれを読み始める。
「見事なもんだな、その剣」
 触ったら怒られるどころか斬られてはたまらないから手は出さないが視線だけはそちらにあった。
「ああ、潮風に晒されてはサビが出るのでな。
 手入れだけは怠れん。ところで」
「え?」
「我らもこの格好、ロンドンで買い求めた安い服だがこの街ではいささか不似合いな気はしていた。
 上下を揃えれるならば、旅の用意もあるしな。
 好意に甘えたいと思う」
「あ、そうか。
 なら、今夜、行かないか?」
 今夜?
 なぜ今からではない?
 そんな顔をセオがする。
「あ、いや……」
 ニヤリと意地悪そうに笑われた。
「カジノ、これは賭場のことだな。
 奴隷姫、これはルシール嬢のことではないのか?」
 お見通しかよ、と思わず口に出てしまう。
「心配いらん。
 我らも江戸の下町ではよく遊んだものだ。
 女もしばらく抱いておらんしな。
 賭場もこちらでは合法なら楽しもうではないか」
 意外な返事に戸惑うテダー。
 貴族で堅い性格ではなかったのか?
「遊びは一通りな。
 部屋済みの我ら奴には慣れ親しんだものだ」
「なんだよ、やっこ、って」
「なんでもいい。
 では、今夜、な」
 その時代の日本人が聞けば分かる、旗本奴。
 遊び人かつ、現代の侠客のような存在。
 それにしては時代が古い気もするが、そんなことはテダーにはわからない。
「ああ、じゃあ、今夜」
 そう言うと、彼らの部屋を後にした。
 しまった。
 肝心の話ができなかった。
「今夜、飲みながら話すか……」
 一抹の心残りを作りながら、テダーはその場を後にした。
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