この満ち足りた匣庭の中で 三章―Ghost of miniature garden―

至堂文斗

文字の大きさ
上 下
88 / 88
Epilogue...2018/8/1

来訪者

しおりを挟む
 その静かな世界に、今年も夏は訪れる。
 何もかもが埋もれた時間を止めたままの箱庭。生者の気配など感じられないその箱庭に、けれども生き続ける者がいた。
 満生総合医療センター跡。郊外にしては場違いなほど大きな病院として注目を浴びたこともあった施設跡の中に、地下へ続くエレベーターが存在する。あれ程の災害が起きたにも関わらず、病院周辺の電気系統は現在も生きており、エレベーターもまた稼働していた。
 箱は、深く地下へと潜る。
 やがて軽快な音が到着を示し、扉は開かれた。
 医療との関連性を見出せないような、不可思議な装置が並ぶ地下室。そこは幾つもの区画分けがされ、それぞれのスペースで何やら研究がなされていたことを想像させる。
 そして、メインホールと思われる場所には、高度な認証システムの導入された重厚な扉が待ち構えていた。
 かつては侵入者を固く拒んでいたセキュリティ。ただ、今だけはその機能も解除されている。それは一時の邂逅のため。奇異な事象を共有する者たちの道が、交わるため。
 マイクロチップによる認証システムは、合わせて三つ存在する。扉の先にはまた扉。三つの扉を抜けてようやく、彼らは地下に秘匿された最も重要な地点へと辿り着くのだった。
 そこには、集中治療室のように多くの医療器具と、真ん中に大きなベッドが置かれていた。そして、ベッドの中で静かに眠る一人の女性と、隣でそれを見守る一人の男が、まるで一枚の絵であるかのように静止したままでいた。

「……初めまして」

 部屋に足を踏み入れた彼は、ベッドを覗き込むやつれた男に挨拶する。その声でようやく気付いたのか、男はゆっくり彼らの方を向き、軽く会釈をした。

「ああ……初めまして。まさか、来てもらえるとは」
「僕らとしても、この件を放置してはおけないと思ったものでして」

 彼は相手を安心させようと微笑んで、ゆっくりと近づいていく。寄り添うように佇んでいた女性も、その後に続いた。

「この人が……」
「……そう。彼女が目覚めなくなってから、もう六年が経つ。長かったような短かったような、とても虚な日々だったよ」
「……なるほど」

 彼は眠り姫を見つめたまま、小さく頷いた。

「……杜村双太さん、で間違いないですね。そしてこちらが……久礼満雀さん」
「ああ。君たちも、どんな子だろうかと想像を巡らせていたけれど……一目で分かったよ。乗り越えてきた子たちなんだと」

 杜村は、弱々しいながらも笑みを浮かべた。それは、彼が僅かでも希望を抱いている証に違いなく。
 二人は告げる。ここに来た意味を。ここで為すべきことを。
 これまでの旅路を振り返りながら。

「遅ればせながら、こちらも自己紹介を。僕は遠野真澄、彼女は光井明乃です。この満生台に起きている事象――記憶世界の解放のため、力添えをしに参りました」

 ――そして物語は、終幕に向かって動き始める。



Third episode 

-Ghost of miniature garden-

The end.

And

Continue to the Final episode

-Dream of miniature garden-

Thank you for reading.
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

『忌み地・元霧原村の怪』

潮ノ海月
ホラー
とある年の五月の中旬、都会から来た転校生、神代渉が霧野川高校の教室に現れる。彼の洗練された姿に女子たちは興味を示し、一部の男子は不満を抱く。その中、主人公の森月和也は、渉の涼やかな笑顔の裏に冷たさを感じ、彼に違和感を感じた。 渉の編入から一週間が過ぎ、男子達も次第に渉を受け入れ、和也の友人の野風雄二も渉の魅力に引き込まれ、彼の友人となった。転校生騒ぎが終息しかけたある日の学校の昼休み、女子二人が『こっくりさん』で遊び始め、突然の悲鳴が教室に響く。そしてその翌日、同じクラスの女子、清水莉子が体調不良で休み、『こっくりさん』の祟りという噂が学校中に広まっていく。その次の日の放課後、莉子を心配したと斉藤凪紗は、彼女の友人である和也、雄二、凪沙、葵、渉の五人と共に莉子の家を訪れる。すると莉子の家は重苦しい雰囲気に包まれ、莉子の母親は憔悴した姿に変わっていた。その異変に気づいた渉と和也が莉子の部屋へ入ると、彼女は霊障によって変わり果てた姿に。しかし、彼女の霊障は始まりでしかなく、その後に起こる霊障、怪異。そして元霧原村に古くから伝わる因習、忌み地にまつわる闇、恐怖の怪異へと続く序章に過ぎなかった。 《主人公は月森和也(語り部)となります。転校生の神代渉はバディ訳の男子です》 【投稿開始後に1話と2話を改稿し、1話にまとめています。(内容の筋は変わっていません)】

ダブルの謎

KT
ミステリー
舞台は、港町横浜。ある1人の男が水死した状態で見つかった。しかし、その水死したはずの男を捜査1課刑事の正行は、目撃してしまう。ついに事件は誰も予想がつかない状況に発展していく。真犯人は一体誰で、何のために、、 読み出したら止まらない、迫力満点短編ミステリー

【恋愛ミステリ】エンケージ! ーChildren in the bird cageー

至堂文斗
ライト文芸
【完結済】  野生の鳥が多く生息する山奥の村、鴇村(ときむら)には、鳥に関する言い伝えがいくつか存在していた。  ――つがいのトキを目にした恋人たちは、必ず結ばれる。  そんな恋愛を絡めた伝承は当たり前のように知られていて、村の少年少女たちは憧れを抱き。  ――人は、死んだら鳥になる。  そんな死後の世界についての伝承もあり、鳥になって大空へ飛び立てるのだと信じる者も少なくなかった。  六月三日から始まる、この一週間の物語は。  そんな伝承に思いを馳せ、そして運命を狂わされていく、二組の少年少女たちと。  彼らの仲間たちや家族が紡ぎだす、甘く、優しく……そしてときには苦い。そんなお話。  ※自作ADVの加筆修正版ノベライズとなります。   表紙は以下のフリー素材、フリーフォントをお借りしております。   http://sozai-natural.seesaa.net/category/10768587-1.html   http://www.fontna.com/blog/1706/

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

この満ち足りた匣庭の中で 二章―Moon of miniature garden―

至堂文斗
ミステリー
それこそが、赤い満月へと至るのだろうか―― 『満ち足りた暮らし』をコンセプトとして発展を遂げてきたニュータウン、満生台。 更なる発展を掲げ、電波塔計画が進められ……そして二〇一二年の八月、地図から消えた街。 鬼の伝承に浸食されていく混沌の街で、再び二週間の物語は幕を開ける。 古くより伝えられてきた、赤い満月が昇るその夜まで。 オートマティスム、鬼封じの池、『八〇二』の数字。 ムーンスパロー、周波数帯、デリンジャー現象。 ブラッドムーン、潮汐力、盈虧院……。 ほら、また頭の中に響いてくる鬼の声。 逃れられない惨劇へ向けて、私たちはただ日々を重ねていく――。 出題篇PV:https://www.youtube.com/watch?v=1mjjf9TY6Io

この欠け落ちた匣庭の中で 終章―Dream of miniature garden―

至堂文斗
ミステリー
ーーこれが、匣の中だったんだ。 二〇一八年の夏。廃墟となった満生台を訪れたのは二人の若者。 彼らもまた、かつてGHOSTの研究によって運命を弄ばれた者たちだった。 信号領域の研究が展開され、そして壊れたニュータウン。終焉を迎えた現実と、終焉を拒絶する仮想。 歪なる領域に足を踏み入れる二人は、果たして何か一つでも、その世界に救いを与えることが出来るだろうか。 幻想、幻影、エンケージ。 魂魄、領域、人類の進化。 802部隊、九命会、レッドアイ・オペレーション……。 さあ、あの光の先へと進んでいこう。たとえもう二度と時計の針が巻き戻らないとしても。 私たちの駆け抜けたあの日々は確かに満ち足りていたと、懐かしめるようになるはずだから。

【朗読の部屋】from 凛音

キルト
ミステリー
凛音の部屋へようこそ♪ 眠れない貴方の為に毎晩、ちょっとした話を朗読するよ。 クスッやドキッを貴方へ。 youtubeにてフルボイス版も公開中です♪ https://www.youtube.com/watch?v=mtY1fq0sPDY&list=PLcNss9P7EyCSKS4-UdS-um1mSk1IJRLQ3

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...