この満ち足りた匣庭の中で 三章―Ghost of miniature garden―

至堂文斗

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Fifteenth Chapter...8/2

メビウスの輪

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「魂魄化と信号領域。父が進めたWAWプログラムは、人の尊厳を奪うような恐ろしいものだ。そしてほとんどの者が満生台で何が行われているのかすら知らないまま、領域の礎となる運命を辿ってしまう……」
「……満雀ちゃんも、全部知ってるってのか?」
「いいえ。飽きるほどに見聞きし、思考を重ねてきても、なお全てを知悉したとは言えない。球の表面をいくら知ろうと、その中身に届かないように」

 ……これは本当に満雀ちゃんなのだろうか? 彼女の言葉は、俺たちが知る普段の彼女のそれとは全然違っている。
 十五歳の少女ではなく、まるでもっと年齢を重ねた大人のような……。

「どうすれば良かったのか。どうなればこの■■は終わりを迎えるのか。変わらない■■の中で、自分にできることは何なのか。私は今も考えている」

 一瞬だけ、彼女の姿に靄がかかったような、そんな錯覚に襲われる。まさかと目を擦って見つめ直すが、彼女の姿はやはり奇妙な希薄性があった。
 ……何なんだ。

「この檻から解放されるために……私には、何ができるのだろう」
「なあ、君は一体……」

 堪らずそう問い掛けると、彼女は緩々と首を振る。

「私にも分からない。私は■■■■■存在するし、ここでは■■さえも曖昧で。けれど、悲劇だけは約束されているように起き続けるんだ。それを止めることが出来るのなら、この■■の■■も終わってくれるのか……」

 ……彼女の声が。
 いや、世界がノイズに満ちていく。耐え難い音、耐え難い視界。目も耳も塞ぎたくなり、俺が思わず顔をしかめると、

「……そうだね。私の■は届かない。まるで■り■■■し■われる演■のように、砂■計は逆■し、またさらさらと流れ■■ていくんだ」

 でもね、と彼女は笑う。
 それは、悲壮な決意を秘めたような……。

「私だけが■■を許されないのだとしても、だからこそこの■■■から抜け出したい。また、眩しいほどの日常を取り戻したいと、心から願っているんだよ」

 虎牙、と彼女は俺の名を呼び。

「そのときは、どうか」

 また、楽しく笑い合おう――。

 やがて、世界は闇の中へ消えていく。
 機械仕掛けの神でも存在するかのように、全ては0と1の奔流に呑まれていく。
 その最後の瞬間にだけ、俺はこの演劇の深奥に至ったような、そんな気がした。

 例え、彼女だけが忘却を許されないのだとしても。


 二〇一二年八月二日。
 その日は、繰り返されるメビウスの輪の、終点である。
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