この満ち足りた匣庭の中で 三章―Ghost of miniature garden―

至堂文斗

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Fifteenth Chapter...8/2

WAWプログラム③

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「じゃあ……これまでの事件は何だったんだ? お前は本当に何も知らないのかよ」
「事件については解明できていない。悩ましい事態だったが、そちらにリソースを割くよりも計画を進めたほうが良いと判断したのだ。魂魄がこちら側にあれば、最終的には信号領域に組み込めるということもあるからな」
「殺されても、領域の中で生きていける……そう思ってたのか」
「確実なことではないが。どちらかと言えば、計画の妨害に対処する方が苦労したのだ。関係者の殺害のみならず、そいつは満生台のシステムを悪用して住民に洗脳紛いのことをしているのでね」

 ではやはり、満生台でこれまでに起きていた異常のほとんどは、病院サイドの仕込みではなかったわけだ。むしろそちらに関しては、組織として看過できるものでなく、対処をしてきたと。

「満生台の運営にあたっては、通信関係のプログラムを全てレッドアイにしている。汎用性が高いゆえ、セキュリティとしては確かに甘い部分があったが……それでも、この街でプロ級のハッキングを行う者がいるとは考慮外だった」
「システムが乗っ取られたってことかよ……?」
「全てではない。一部の機能を悪用された、というのが正しいだろう。だが、一歩間違えればこの計画が破綻していた可能性もあった」

 今も地上では大勢の人が思考を狂わされている。永射と早乙女さんも殺害されているし、事件の犯人は相当に狡猾で残忍な奴だ。それが結果として、更に恐ろしい計画を妨害しているというのは奇妙な構図だが。

「被験者の信号強度についても理解があるように見える。犯人の素性、我々の計画をどこまで把握しているのかというのは気になるところだが……まあ、計画はここまで達した。紆余曲折はあったが、無事に完遂される」

 口元に、僅かな笑み。それだけで、貴獅が安堵しているのが分かる。ようやく悲願が叶う。クールなこいつも、その喜びを留めきれず表情に出てしまっているようだ。
 もうあと数時間後には、満生台は信号領域を創り出す。そこに住まう者全員を魂魄化して。そんな恐ろしい計画を、完遂させてなるものか。

「ほっとしているところ悪いけどよ、こんなにも祟りが怖いって奴らが多いんだ。病院で暴動も起こしてる。計画を調べてた俺たちは全員が全員、そんなこと許されるもんじゃねえって結論だったし、お前の味方はいないんだぜ?」
「信号領域に至れば、その自由さに気が付くはずだ。失っていたものを取り戻したとき、皆考えを改めるだろう」
「馬鹿げた自信だ」

 チャンスは一瞬しかない。
 圧倒的に不利な俺が奴を制することができるとすれば、不意打ちしかない。こうして話しながら、気を緩ませる瞬間を狙い続けていた。
 そして、貴獅はゆっくりと立ち上がる。

「さて……語るべきことも終えた。次に会うときは信号領域の中だろう。再び話す場で、君が考えを改めていることを願う」

 ひらりと白衣を翻らせ、貴獅が立ち去ろうとして。
 俺はその背中に追い縋ろうとする。
 その瞬間。
 光が消えた。

「君の目で私を出し抜けると、本気で思っていたわけでもあるまい。……では、しばしの別れだ。新世界での再会を楽しみにしている」
「……畜生がぁ……!」

 辛うじて感じられていた気配もすぐに失われ、エレベーターの起動音が俺を嘲笑うように響く。漏れ出た光は遠く、追いつくことなどままならず、意思の強さとは無関係に、何もかもが手の中をすり抜けていった。

「……こんなの、勝ち目なんてねえじゃねえかよ……」

 つまるところ、この二週間はGHOSTの計画と、それを妨害する殺人犯との戦いでしかなかった。事件を調査する俺たちは、その中でもがく実験体であり、どちらの目からも矮小な存在でしかなかったのだ。
 ならば、事件が続くことに期待すべきだったのだろうか? 殺人犯が、この計画のキーマンである貴獅を殺害することに。いや、そんな終わり方を期待するのはきっと間違いなのだろうが。
 光は失われたまま。電波障害のせいで、スマートフォンも圏外になってしまっている。俺はこのまま、夜九時までのカウントダウンを虚しく眺めるだけなのだろうか。
 計画の全貌は明るみになったけれど……結局、俺にはどうすることもできなかったのか。

「そんなのって、ねえだろ……!」

 怒りに任せて壁を蹴り付けたが、痛みが返ってくるだけ。僅かな音の反響の後は、また機械の駆動音だけが地下を満たす。
 エレベーターのボタンも既に光を失って、地上へ帰還することは叶わなくなっていた。
 暗い地下空間にただ一人。出口もなく、救いもなく、ただ時間が過ぎていく。そうして夜九時が訪れたら、俺は次の瞬間、この肉体を失っているのだろうか。
 この、現実の肉体を――。

「どうすれば良かったんだろうね」

 不意に、どこかから声が聞こえた。一人きりと思っていたはずの世界に、いつの間にか気配を感じる。
 何だろう。元から誰かが潜んでいた? それとも……。

「虎牙」

 ハッとして振り返る。電子ロックの掛かった扉の前に、佇む彼女の姿があった。
 いつからそこにいたのかも分からない。ただ、ずっと前からそうしていたかのように、彼女は視線をこちらに向けたまま、静かに立ち尽くしている。

「満雀ちゃん……?」

 恐る恐る名前を呼ぶと、彼女は口元に妖しい笑みを浮かべた。
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