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Fifteenth Chapter...8/2
最後の地
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陽は高く、そろそろ正午かという時間。
俺と牛牧さんは、人目と道標の碑を可能な限り避けながら、病院を目指していた。
全ての始まりであり、終わりでもある場所。ほんの僅かでも救いの可能性があるのなら、その地こそが病院だった。
「……一人の医者として、牛牧さんはどう思いますか」
「うむ……儂にも境遇を同じくした息子がいた。もし洋一が生きているとき、儂の前に同じ選択肢があったらと思うと胸が締め付けられるが……それでも儂は医者として、いや人として、その選択はできんだろう。きっと洋一も、そんな未来は望まないはずだ」
牛牧さんの声は微かに震え、そこに迷いがないわけではなかったが……この人のことだ、いくら誘惑があったにせよ、今言った選択を曲げることはないだろう。それでいいと思う。
今や住民たちは、ほとんどが暴徒と化している。満生台の平穏は、もう見る影もなかった。
「すまんが、儂は戦力にはならんだろう。病院に乗り込むのだから、蟹田くんと合流しなければな」
「まあ、機械いじりをしないといけないんなら蟹田さんしかいないよな……」
問題は、監視カメラの一件だ。家の中で牛牧さんに打ち明けたが、昨日の行動が筒抜けだったなら、蟹田さんが襲撃されている可能性は高い。病院に人が集まっているのはそのためか? いや、それは流石に違いそうだが。
何にせよ、ここからは静かに、ただし迅速に動いていかねばなるまい。
「裏口が開いてねえ」
「住民対策かもしれん。ただ、儂も合鍵を持っている」
流石牛牧さん、と心の中でガッツポーズをする。この場面で安全に病院へ侵入できるのはとてもありがたい。
中へ入ると、廊下の電気は消えていた。察するに、診察業務はやっていないらしい。こんな状況だから当然か。
人気がないことを確認し、俺たちは三階にある蟹田さんの病室を目指した。牛牧さんに先導されながら階段を上り、廊下を抜けて扉を開く。
しかし。
「……む……?」
空白。
不在の病床が、ただ俺たちを待っていた。
「いないぞ……!?」
「一人で何か行動を始めたのかもしれん」
「だったらいいけどよ……!」
操られている住民の数も相当のようだし、いくら蟹田さんでも抵抗できるかどうか分からない。連れ去られた可能性は拭いきれないのだ。
だが、俺はベッドの脇にある小テーブルに、一つの手掛かりを発見した。
蟹田さん直筆のメモだ。
「何だ……?」
簡潔に記された言葉。
――犯人を見つけた。
それは、怒りの込められた力強い文面だった。
「犯人を……見つけた……」
つまり、蟹田さんは事件の裏で糸を引く黒幕を暴き、そいつの所に向かったということなのか。名前を書かなかったのは、犯人側に見つかる可能性を考慮しての判断か? 俺たちとしては、その名を知れた方が有難かったのだが。
「なあ、牛牧さん――」
メモ書きを見てもらおうと振り返った瞬間。
くぐもった声とともに、牛牧さんの身体が頽れるのを、俺は目の当たりにした。
「……あ……」
どさりと音を立てて倒れた牛牧さんの背後。
そこには、因縁の相手……久礼貴獅が立っていた。
「誰かが来るだろうとは思っていた。君の場合は、目の都合上他にも仲間を連れてくるだろうとも。……いずれにせよ、仕込みは終わった。後はその時を待つのみだ」
「……貴獅……!」
仕込みは終わった? もう計画を止められる段階ではないということなのか。そんなこと、やってみなければ分からないはずだ。
とにかく、あのいけすかない顔をどうにか驚愕に歪ませてやらなければ、気がすまない。
けれど……。
「その目で抵抗できると考えているなら浅慮だ。……大人しくついてくるといい」
牛牧さんの意識を一瞬で奪った道具。
恐らくはスタンガンのようなものを貴獅は携帯していた。
強がって見せたとしても、俺の状態を貴獅はよく理解している。否応無しに、俺はこの男の患者なのだから。
「種明かしをしてやろう」
「何……?」
「WAWプログラムについて、事前に話しておく相手がいてもいいだろう、と思ったまでだ。無論、君はおおよそのところを既に知っているようだが」
貴獅は計画書が俺の手に渡っていることを把握しているらしい。ここへ持っては来なかったが、大方牛牧さんの家から既に回収されているというところか。
「……どうする」
その問いに、反論する気にはなれなかった。
本人の口から事件について語ってもらう。まるでクイズの答えを先に見てしまうような感覚だが、結局はそれが一番近道なのだ。事ここに至った以上、その近道を利用するしか良い案は浮かばなかった。
俺は、貴獅に続いて病室を抜ける。
そして……かつては囚われ、脱出した地下室へ再び戻ることになるのだった。
俺と牛牧さんは、人目と道標の碑を可能な限り避けながら、病院を目指していた。
全ての始まりであり、終わりでもある場所。ほんの僅かでも救いの可能性があるのなら、その地こそが病院だった。
「……一人の医者として、牛牧さんはどう思いますか」
「うむ……儂にも境遇を同じくした息子がいた。もし洋一が生きているとき、儂の前に同じ選択肢があったらと思うと胸が締め付けられるが……それでも儂は医者として、いや人として、その選択はできんだろう。きっと洋一も、そんな未来は望まないはずだ」
牛牧さんの声は微かに震え、そこに迷いがないわけではなかったが……この人のことだ、いくら誘惑があったにせよ、今言った選択を曲げることはないだろう。それでいいと思う。
今や住民たちは、ほとんどが暴徒と化している。満生台の平穏は、もう見る影もなかった。
「すまんが、儂は戦力にはならんだろう。病院に乗り込むのだから、蟹田くんと合流しなければな」
「まあ、機械いじりをしないといけないんなら蟹田さんしかいないよな……」
問題は、監視カメラの一件だ。家の中で牛牧さんに打ち明けたが、昨日の行動が筒抜けだったなら、蟹田さんが襲撃されている可能性は高い。病院に人が集まっているのはそのためか? いや、それは流石に違いそうだが。
何にせよ、ここからは静かに、ただし迅速に動いていかねばなるまい。
「裏口が開いてねえ」
「住民対策かもしれん。ただ、儂も合鍵を持っている」
流石牛牧さん、と心の中でガッツポーズをする。この場面で安全に病院へ侵入できるのはとてもありがたい。
中へ入ると、廊下の電気は消えていた。察するに、診察業務はやっていないらしい。こんな状況だから当然か。
人気がないことを確認し、俺たちは三階にある蟹田さんの病室を目指した。牛牧さんに先導されながら階段を上り、廊下を抜けて扉を開く。
しかし。
「……む……?」
空白。
不在の病床が、ただ俺たちを待っていた。
「いないぞ……!?」
「一人で何か行動を始めたのかもしれん」
「だったらいいけどよ……!」
操られている住民の数も相当のようだし、いくら蟹田さんでも抵抗できるかどうか分からない。連れ去られた可能性は拭いきれないのだ。
だが、俺はベッドの脇にある小テーブルに、一つの手掛かりを発見した。
蟹田さん直筆のメモだ。
「何だ……?」
簡潔に記された言葉。
――犯人を見つけた。
それは、怒りの込められた力強い文面だった。
「犯人を……見つけた……」
つまり、蟹田さんは事件の裏で糸を引く黒幕を暴き、そいつの所に向かったということなのか。名前を書かなかったのは、犯人側に見つかる可能性を考慮しての判断か? 俺たちとしては、その名を知れた方が有難かったのだが。
「なあ、牛牧さん――」
メモ書きを見てもらおうと振り返った瞬間。
くぐもった声とともに、牛牧さんの身体が頽れるのを、俺は目の当たりにした。
「……あ……」
どさりと音を立てて倒れた牛牧さんの背後。
そこには、因縁の相手……久礼貴獅が立っていた。
「誰かが来るだろうとは思っていた。君の場合は、目の都合上他にも仲間を連れてくるだろうとも。……いずれにせよ、仕込みは終わった。後はその時を待つのみだ」
「……貴獅……!」
仕込みは終わった? もう計画を止められる段階ではないということなのか。そんなこと、やってみなければ分からないはずだ。
とにかく、あのいけすかない顔をどうにか驚愕に歪ませてやらなければ、気がすまない。
けれど……。
「その目で抵抗できると考えているなら浅慮だ。……大人しくついてくるといい」
牛牧さんの意識を一瞬で奪った道具。
恐らくはスタンガンのようなものを貴獅は携帯していた。
強がって見せたとしても、俺の状態を貴獅はよく理解している。否応無しに、俺はこの男の患者なのだから。
「種明かしをしてやろう」
「何……?」
「WAWプログラムについて、事前に話しておく相手がいてもいいだろう、と思ったまでだ。無論、君はおおよそのところを既に知っているようだが」
貴獅は計画書が俺の手に渡っていることを把握しているらしい。ここへ持っては来なかったが、大方牛牧さんの家から既に回収されているというところか。
「……どうする」
その問いに、反論する気にはなれなかった。
本人の口から事件について語ってもらう。まるでクイズの答えを先に見てしまうような感覚だが、結局はそれが一番近道なのだ。事ここに至った以上、その近道を利用するしか良い案は浮かばなかった。
俺は、貴獅に続いて病室を抜ける。
そして……かつては囚われ、脱出した地下室へ再び戻ることになるのだった。
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