この満ち足りた匣庭の中で 三章―Ghost of miniature garden―

至堂文斗

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Fourteenth Chapter...8/1

八〇二の瞳

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 牛牧さんが医療キットを手に提げ戻って来たのは夕方六時前。バレないよう備品を持ち出すのに苦労したという。ひとまず処置が終わった頃には夕食の時間になっていて、気を利かせた龍美が全員分の夕食を作ってくれていた。
 こんな状況だし、龍美はこの家で一日過ごしてもらうことにした。どうせ次の日には、形はどうあれ答えが出るはずだ。今考えるべきは、そのリミットまでに如何な行動をとるべきかだった。
 食事の後、龍美が風呂に入っている間に、俺は外の空気を吸いに出る。七時前でようやく陽が落ち、辺りも暗い帳と静寂とが訪れていて、気分転換にはちょうど良かった。
 ただ――さっきから、廃墟の中で感じたような頭痛というか、頭の違和感が少し前から現れ始めている。外に出ればマシになるかと思ったが、あまり変化はない。これも貴獅の妨害工作か? 電波で人の脳に干渉できるというなら、この不快音も人為的なものかもしれない。

「……はぁ」

 一日の疲れもある。連日、状況は目紛しく変わり、俺はその中で翻弄されるばかりだ。明日に全てが解決する望みは限りなく薄いし、不安は胸を締め付けている。
 ふいに眩暈がして、俺は近くの道標の碑に手をついた。……犠牲者たちの墓標は、ここにもあるし街の至るところに存在している。
八百二個の墓標、か。犠牲者全ての遺体がまだこの街に眠っているのだとすれば、それこそ祟りがあったっておかしくはない数だ。鬼の伝承は、そう考えるとむしろ優しい嘘のようなものなのかもしれない。

「……ん……?」

 ふと。
 道標の碑に違和感を抱く。
 歪ながら、自分の胸の辺りまで高さのある大きな碑。光の加減かと思っていたが……どうも微かに光っているような気がする。
 
「どうなって……」

 指を滑らせていくと、ひび割れた部分に触れる。何かが変だ。一度崩れた部分を再び嵌め込んだようになっている。
 その部分が、白い。
 この目に映る色……。

 ――嘘だろ?

 ひび割れから、ほんの僅か覗くもの。
 それは――レンズだった。

「……う、……」

 驚愕を、必死に押し殺す。
 何故なら、こんな場所にカメラのレンズがある理由なんて分かりきっているからだ。
 でも、まさか、そんなことまで?
 この街はいつからこんな状態だったっていうんだ?
 この碑には、いつから監視カメラなんてものが仕込まれていたんだ?
 破裂しそうなほど脈動する心臓。その痛みを抑えつけながら、俺は家の中へ引き返した。焦りとともに、悔しさが溢れてくる。俺たちの行動なんざ、どれだけ隠そうとしても筒抜けだったということに……。
 リビングには牛牧さんがいた。今の発見をとりあえず誰かに伝えるべきだろうか? ただ、彼は事件の調査にそこまで首を突っ込んでいるわけではないし、悪戯に怖がらせるだけかもしれない。
 せめて言動には慎重になるべきだ、くらいは伝えたいが。

「今日はありがとうございました」
「ああ、構わんよ。しかし……まさか土砂崩れとは」
「観測所がある所だけっすよ。龍美が深読みする気持ちも分かる」
「電波塔は無事なのだしね。何故あの場所だけが……というのは儂も思うが」

 人工地震。そんなものが起こせるのだとすれば、この街のどこにいても安全とは言い切れない。ただ、山の近くでなければそれほどの被害は受けないような気もするが。
 八木さんは、間違いなく行動不能にできるからと言う理由で狙われたのだろうか? ……とすると、次点が俺たちの家である可能性は十分にある。

「蟹田さんは大人しくしてるんすか?」
「病室には帰ってきたがね。今日の探索で収穫があったんだろう? 色々と調べ物をしていた」
「焦って危険な目に遭わなきゃいいんすけどね」
「まあ、彼のことだから大丈夫だろう」
「そうは言っても……」

 長年の信頼がそう言わせているのだろうが、さっきの事実を知った俺には響かない言葉だった。八木さんが倒れた今、次に誰が狙われるのかと心配にはなる。

「……顔色が悪いように見えるが、大丈夫かい」
「俺は……! ……大丈夫です」

 周りが心配なんだ、と言おうとして止めた。大人たちから見れば、心配なのはむしろ俺たちのような子どもなのだから。認識の差はすぐには埋められるものじゃない。

「牛牧さんも、気を付けてください。あいつは……どこで話を聞いてるか分かりませんから」
「あ、ああ……」

 結局、監視カメラの件は伝えないことにした。後でオヤジにだけ相談しておくことにする。龍美も動揺が表に出るタイプだし、やめておいた方がいいだろうな。
 俺は話を切り上げると、自室へと戻った。その途中、風呂上がりの龍美とぶつかりそうになって結構焦ったが、顔には出さずに済んだはず。
 あいつが俺の家に泊まるなんて、普通に考えたらとんでもない事態なのだが、実際悪い意味でとんでもない事態なのは間違いないんだよな、と思う。

「……ふぅ」

 ベッドに倒れ込み、一日を振り返る。多くのことが分かったが、出口までは未だ見えない。全ては明日、どうにかして決着をつけなければならないのだけど。
 幾つか差し伸べられた手。けれど、そのどれもが無残にも圧し折られてしまったときには、ちっぽけな俺の力だけではどうにもならないような気持ちがある。
 ネガティブなことは考えたくないが。
 ……とにかく、出来る限りの力は尽くそう。最終日だからこそ、どこかに綻びも生まれるはずだ。俺たちに何かができるのであれば、その小さな隙を見逃さないように。
 平和を、取り戻せるように。





 ――そして、世界はまた滅び去る。
 永遠に終わらないまま繰り返される二週間に、私は嘆息を吐くことしか許されず。
 何もかもが崩壊を迎えた後で、次こそはと願うのも、絶望的な行為だとは分かっているけれど。
 それでも私は、そう――この檻から解き放たれたいんだ。
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