この満ち足りた匣庭の中で 三章―Ghost of miniature garden―

至堂文斗

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Fourteenth Chapter...8/1

土砂崩れ

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 家に戻って一息吐いたところで、龍美が訪ねてきた。狙い澄ましたかのようなタイミングだが、疲労困憊なところを見ると特に計算したわけではないらしい。
 俺も喉が渇いていたし、冷蔵庫にあった冷たいジュースを二人分用意して、一つを龍美に渡した。……良い飲みっぷりだ。

「八木さんと外でちょっとだけ話したわ。成果はあったみたいね?」
「……まあ、な」

 帰る途中の八木さんに出くわした龍美だが、具体的に廃墟での発見が何だったのかまでは話してもらっていないようだ。まあ、その方が良い気がする。知るべき部分と知らなくていい部分が物事にはあるはずだ。
 それから龍美は、自身の調査結果を披露した。過酷な暑さの中、必死に道標の碑を数え、辿り着いた答えは八百二。やはり碑の数は、その事実に収束するのだ。

「そういうことなんだな。……道標、ねえ」
「虎牙にはもう、あの碑がどういうものなのか分かったのね」
「こんな事件さえなけりゃ、知らずに済んだんだ」

 あの廃墟が歴史の中に埋もれたままでいるべきかはさておき。俺たちが掘り起こす必要までは無かっただろう。いつか歴史学者なんかが調査して、その結果として世に出るのが自然な流れだったはずだ。
 戦争の犠牲者たち。これからあの碑を見る度、それを意識せざるを得ないのが心苦しい。

「ねえ、虎牙。それって――」

 龍美が、俺から碑のことを聞き出そうと口を開く。
 ――だが、その瞬間。

「――あッ……!?」
「うおッ?」

 とてつもない衝撃がこの身を、いや世界を襲った。
 轟音と振動。壁や天井がミシミシと嫌な音を立て、今にも崩壊しそうになる。本能がまずい、と直感し、俺も龍美も床へ伏せるような姿勢になった。
 ……突くような縦揺れ。不意に襲った地震は、大体二十秒ほどは続いただろうか。揺れが収まったとき、飲みかけのジュースは散乱していたし、本棚の中身や小物が幾つか床に落下していて、その大きさを物語っていた。

「まさか、あんなでけえのがくるとはな」
「でも、千代さんの話じゃ周期的にそろそろ大地震がくるらしいし、怖いわね」
「土砂崩れだってあったしな……」

 俺が土砂崩れというワードを発した瞬間、龍美からサッと血の気が引いたように見えた。目は丸く見開かれ、口は小さく開いたまま。どうかしたのか、と声を掛けようとしたところで、部屋の扉が開く音がした。

「二人とも、大丈夫か」

 オヤジだ。地震を心配して様子を見に来たらしいが、それだけではないだろう。少しばかり表情が強張っている。
 無事を伝え、何かあったのかと問い返すと、オヤジは眉をひそめて、

「外に出てくれ」

 その口振りに質問を差し挟むこともできず、俺たちは急いで外へ出る。するとオヤジは、ゆっくりと背中を向けて山の方を指差した。

「……あれはまずい」
「え……」

 それはまさに、最悪の予想が的中した瞬間だった。
 山の斜面はごっそりと削れ、緑は土色に変貌してしまっている。今も土埃が舞い、ハッキリとは確認できないが、あの場所は観測所が建っていた場所ではないだろうか?
 西側に建つ電波塔はそのままの姿を保っている。だが、その東側の斜面が崩落しているということは……。

「八木さんが!」

 あまりのことに半狂乱になって叫ぶ龍美。彼女を落ち着かせようと、オヤジはすぐ現場へ向かおうと提案する。龍美は当然頷くと、危険を顧みず一番に飛び出した。
 オヤジには先について行ってやるよう伝え、俺は自分ができる最高速で後を追う。辿れるもの――道標の碑が多いのは、今だけは助かる。それに、何故だか碑が目立って映っているような気もした。
 現場周辺は恐ろしい有様だった。地面はまるで抉りとられたかのようで、歪な境界面を晒している。未だパラパラと土砂の崩れていく音は続いており、下手をすれば俺たちを巻き込んで再崩落するような危険性すらあった。
 観測所は見る影もない。瓦礫が散乱しているところからして、巻き込まれたのは確実だ。逃げ出せたならいいが、予兆も感じられなかった地震だし、望みは薄い。

「いたぞ!」

 発見したのはオヤジだった。地面の抉れた部分、俺たちが立っているより数メートルは下までいつのまにか移動している。隣には倒れている人影があって、それが八木さんのようだった。
 そばに駆け寄り確認すると、意識はないものの息はしっかりしている。ただ、全身を強く打っていて、衣服もそこから覗く肌も傷だらけだ。
 龍美が慌てて病院へ連れて行かなくちゃと声を上げたが、それは得策ではない。病院は貴獅のテリトリーなわけで、事件を調査している八木さんをこの状態で放り込むのはリスキーだ。
 そもそも、龍美から聞きかじった話だが、貴獅が人工地震を起こせるような装置まで開発しているというなら、今の土砂崩れも狙い澄まされた可能性がある。八木さんの命が狙われていないとも限らないのだ……。
 検討した結果、八木さんは俺の家まで運び、それから牛牧さんを呼んで診てもらうことにした。もちろん、設備のない場所で処置をするには限度があるし、どうしても治療が困難なら病院へ運ぶしかないが。
 牛牧さんは三十分ほどで来てくれた。軽く診たところでは、頭を強打して意識を失っているものの、深刻な怪我ではないようだ。ただ、怪我に合わせて応急処置の出来る道具は取りに行きたいということで、すぐにまた病院へと引き返していった。とりあえず、病院に行く必要まではないようだ。
 様々な考えが巡る。しかしそのどれも、希望のない道筋でしかない。この地震だって、龍美の言う意図的なものであったとすれば、この街の支配権は既にあちら側の手中も同然で。
 やはり状況を打開するには、博打のような行動にでも打って出るしかないのかもしれない。そんな手があるのなら、だが……。
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