この満ち足りた匣庭の中で 三章―Ghost of miniature garden―

至堂文斗

文字の大きさ
上 下
78 / 88
Fourteenth Chapter...8/1

束の間の再会に

しおりを挟む
「む……」

 はたとオヤジの足が止まった。どうしたのかと近づいてみたが、オヤジはじっと前を見ている。

「何かあったのか?」
「いや……誰かがこの辺りを通ったらしいな」

 どうやら草を踏み締めたような真新しい痕跡があり、それは三叉路の奥へと続いているようだった。
 ……この先にあるのは。

「ちょっと待っててもらってもいいか?」
「ああ、構わんが」

 俺は礼を言い、なるべく早足で奥へ向かった。この先にあるのは秘密基地だ、いるとすれば龍美か玄人のどちらかだろう。
 垂らされた蚊帳の中。見えた人影は少年のもの。
 ああ、どれくらい久しぶりなんだろう。
 そこには、パソコンを立ち上げ作業をしている玄人の姿があった。
 玄人は、知らない間にパソコンを操作した痕跡があるからか、首を傾げたり、何だよと呟いたりしている。姿を眩ました俺や龍美のことを想起してくれているに違いない。
 あいつには、心配をかけすぎてしまった。

「……玄人」

 俺がその名前を呼ぶと、彼は驚きに身を震わせ、こちらを振り向いた。

「……虎牙」

 その顔がとても弱々しいもので、けれど心からの安堵を示すものでもあって、俺は溢れ出す思いを隠すように、

「……っはー。相変わらず、情けない顔してやがんな」

 なるべくいつもの調子を崩さないよう、あえて皮肉のような言葉を選んだ。
 ……玄人。置き去りにした過去を思い出す親友。性格も容姿も、あの日の外鯨に似て、胸がチクリと痛くなる。
 それだけが悔いならば、せめてこの新しい生き方においてはずっと笑っていられるように。俺は玄人を気にかけてきた。
 だからこの瞬間も、一番納得できる言葉を悩みながら紡いだ。

「……久しぶりだな」

 玄人は、今までの我慢を全てぶつけるように言葉を重ねてきた。俺も精一杯、その言葉に答えを返した。俺や龍美が巻き込まれてしまった事件の深い部分は告げられないとしても、何とか理解してもらえるよう、誠実に。
 必ず無事で帰るとだけは明言できなかったけれど……そうしたいとはもちろん心の底から思っている。そもそも、俺たちがうまく事を運べなければ、街そのものが危うい可能性も高いのだから。
 代わりにと言っては何だが、玄人には満雀ちゃんのことを頼んだ。俺や龍美が事件と対峙している現状、そちらは玄人に任せるほかないだろう。玄人は悩ましげな表情をしながらも、最終的には分かったと頷いてくれた。

「俺が言いたくなったことはそれだけだ。じゃあ、またそのうち会おうぜ。ひょろいんだから、体調崩すなよ」

 話すべきことは全て話し、俺は別れを告げる。こういう台詞も、あっさりしていた方がいい。ただ、玄人はそこで俺を呼び止め、

「何だ?」
「……ありがとう」

 その感謝の言葉に、俺は胸が熱くなるのを確かに感じた。

「……おう」

 照れ臭さが表情に出ないうちにと、俺は踵を返して彼の元を立ち去った。……俺だって感謝しているさ。お前は、消えないはずだった俺の傷を、僅かでも癒してくれる存在なのだから。
 けれど、それは傷を広げる可能性もあるということであって。そんな未来だけは、今度こそあってはならないのだ。
 秘密基地を抜け、待っていてくれたオヤジに感謝し、山を下りる。
 一度だけ振り返ると、四人揃って歩いた日々の光景が刹那、蘇った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

この欠け落ちた匣庭の中で 終章―Dream of miniature garden―

至堂文斗
ミステリー
ーーこれが、匣の中だったんだ。 二〇一八年の夏。廃墟となった満生台を訪れたのは二人の若者。 彼らもまた、かつてGHOSTの研究によって運命を弄ばれた者たちだった。 信号領域の研究が展開され、そして壊れたニュータウン。終焉を迎えた現実と、終焉を拒絶する仮想。 歪なる領域に足を踏み入れる二人は、果たして何か一つでも、その世界に救いを与えることが出来るだろうか。 幻想、幻影、エンケージ。 魂魄、領域、人類の進化。 802部隊、九命会、レッドアイ・オペレーション……。 さあ、あの光の先へと進んでいこう。たとえもう二度と時計の針が巻き戻らないとしても。 私たちの駆け抜けたあの日々は確かに満ち足りていたと、懐かしめるようになるはずだから。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

赤い部屋

山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。 真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。 東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。 そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。 が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。 だが、「呪い」は実在した。 「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。 凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。 そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。 「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか? 誰がこの「呪い」を生み出したのか? そして彼らはなぜ、呪われたのか? 徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。 その先にふたりが見たものは——。

【恋愛ミステリ】エンケージ! ーChildren in the bird cageー

至堂文斗
ライト文芸
【完結済】  野生の鳥が多く生息する山奥の村、鴇村(ときむら)には、鳥に関する言い伝えがいくつか存在していた。  ――つがいのトキを目にした恋人たちは、必ず結ばれる。  そんな恋愛を絡めた伝承は当たり前のように知られていて、村の少年少女たちは憧れを抱き。  ――人は、死んだら鳥になる。  そんな死後の世界についての伝承もあり、鳥になって大空へ飛び立てるのだと信じる者も少なくなかった。  六月三日から始まる、この一週間の物語は。  そんな伝承に思いを馳せ、そして運命を狂わされていく、二組の少年少女たちと。  彼らの仲間たちや家族が紡ぎだす、甘く、優しく……そしてときには苦い。そんなお話。  ※自作ADVの加筆修正版ノベライズとなります。   表紙は以下のフリー素材、フリーフォントをお借りしております。   http://sozai-natural.seesaa.net/category/10768587-1.html   http://www.fontna.com/blog/1706/

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【完結】Amnesia(アムネシア)~カフェ「時遊館」に現れた美しい青年は記憶を失っていた~

紫紺
ミステリー
郊外の人気カフェ、『時游館』のマスター航留は、ある日美しい青年と出会う。彼は自分が誰かも全て忘れてしまう記憶喪失を患っていた。 行きがかり上、面倒を見ることになったのが……。 ※「Amnesia」は医学用語で、一般的には「記憶喪失」のことを指します。

月夜のさや

蓮恭
ミステリー
 いじめられっ子で喘息持ちの妹の療養の為、父の実家がある田舎へと引っ越した主人公「天野桐人(あまのきりと)」。  夏休み前に引っ越してきた桐人は、ある夜父親と喧嘩をして家出をする。向かう先は近くにある祖母の家。  近道をしようと林の中を通った際に転んでしまった桐人を助けてくれたのは、髪の長い綺麗な顔をした女の子だった。  夏休み中、何度もその女の子に会う為に夜になると林を見張る桐人は、一度だけ女の子と話す機会が持てたのだった。話してみればお互いが孤独な子どもなのだと分かり、親近感を持った桐人は女の子に名前を尋ねた。  彼女の名前は「さや」。  夏休み明けに早速転校生として村の学校で紹介された桐人。さやをクラスで見つけて話しかけるが、桐人に対してまるで初対面のように接する。     さやには『さや』と『紗陽』二つの人格があるのだと気づく桐人。日によって性格も、桐人に対する態度も全く変わるのだった。  その後に起こる事件と、村のおかしな神事……。  さやと紗陽、二人の秘密とは……? ※ こちらは【イヤミス】ジャンルの要素があります。どんでん返し好きな方へ。 「小説家になろう」にも掲載中。  

処理中です...