77 / 88
Fourteenth Chapter...8/1
八〇二の深淵⑤
しおりを挟む
「……ただ。この場所で行われていたのがZ装置に類する研究だとすると、永射さんたちの計画は果たしてその昇華と呼ぶべきものだったのでしょうか。破壊を目的とした研究というのは、少し引っ掛かる気もしますが、佐曽利さんはどう考えます?」
「ふむ。日本軍が最終的に研究を進めたのはA装置の方だ。指向性エネルギー兵器とも呼ばれるものだが、人体や物質に直接損傷を与えずとも、何らかの干渉は行われる。つまり、GHOSTの研究とは、破壊ではなく干渉なのではないだろうか」
「干渉……」
八木さんはオヤジの言葉を繰り返し、
「……なるほど」
手を口元に当てながら、ゆっくりと噛み締めるように頷いた。
「要するに、どういうことだ? 人体に電波を照射して、頭の中に直接音や声をぶつけたりできる……?」
「そういうことも可能なのかもしれん」
「……まさか」
ふいに蘇ったのは、ここ最近俺たちの身に起きていた異常だった。原因不明のノイズに、エクトプラズムのような幻覚……もしもオヤジの仮説が的を射ているのなら、あれは奴らが進めている計画の影響、例えば装置の試運転による干渉だったのかもしれない。だから、俺だけでなく龍美や玄人も同じような目に遭っていたのか。
「だとすればよ、威力の問題なのかは分かんねえけど、最終的には洗脳とかにも行き着くんじゃねえか? 直接的じゃなくても、そりゃ十分な殺人光線だろ……」
「本当に。……彼らの研究は、そんな段階まで進んでいるのかな」
まだハッキリとしたわけではないが、奇妙なほどに現実味を感じる話でゾッとする。自分の体験が影響を及ぼしているのは確かだ。
「八月二日、か。この街の電波塔が巨大な装置なのだとしたら、今の仮説でいくと恐ろしい未来しか見えないけれど……八木さんが言ったように、果たしてそのレベルの装置が完成しているのかは疑問だね」
「まあ、SFかよとは思いますけど。あり得ないと切り捨てられるかと言えば、そうでもないんじゃないっすかね……」
「ああ。だから、結局は計画を阻止するしかないんだろう」
その計画がどんなものか、おおよそながらも検討が付いたのは、ひとまず収穫か。敵は――凶器は電波。なら、それを踏まえた対処法を考えるしかない。
「ありがとう、虎牙くん。君が今日の場を設けてくれなきゃ、この発見はできていなかったはずだ。もうXデーは明日に迫っているけれど、進展は間違いなくあるだろう」
「僕も感謝するよ。お陰様で、考えがまとまりそうだ」
「そりゃ良かったっすけど……俺たちに、太刀打ちできるんすかね」
それについては、二人ともさあねとお茶を濁す。
ただ、事ここに至っては立ち向かうしかないのだ。
見逃しが無いよう、調査は念入りに続けられたが、それ以降の発見は無かった。池の前に集まってから二時間近くを費やしたものの、この暗闇では時の流れなど感じ取れやしない。
「……それじゃあ、見られるところは全て確認したし、調査はここまでとしようか」
「そうですね。蟹田さんはあまり部屋を空けたままにできないでしょうし」
八木さんの言葉に蟹田さんは苦笑して、
「その通りですよ。ま、あと一日で何かが起きるってときに形振り構ってもいられないけれども」
……貴獅が語った八月二日の計画。解き放たれることの自由を知るとは、果たしてどういう意味か。
Z装置による洗脳は、自由というよりむしろ拘束に近い。まだもう一捻り、考えるべきことはありそうだが。
話を終えた俺たちは、そこから無言のまま廃墟を脱出した。入る前は何も感じなかった道標の碑も、今は見ているだけで切ない。池を囲むようにして不規則に立った墓碑。その下に、まだ大勢の犠牲者たちが眠っているのだろうか。
「では、これで」
池を離れた辺りで、八木さんとは別れる。道があるようには見えないが、観測所に帰る最短ルートがあるらしい。同行への感謝を最後に伝えると、こちらこそと軽く頭を下げてくれた。
蟹田さんも、一足先に帰ると早足で去っていった。俺と一緒に帰るのは単純に時間のロスだし仕方がない。探索の余韻というのはあまりなくなってしまったが、まあこんなもんだろう。
俺たちも帰ろうと、オヤジが先に歩き出す。ゆっくりとした足取りに安心しつつ、俺も後に続いた。
「……どうだった?」
先を行くオヤジに、俺は問い掛ける。オヤジは前を向いたまま、
「多くのことが浮き彫りになったとは思う。が……それを以てどうするかだ」
「……だよな」
いっそのこと、装置を壊してしまうのが一番の解という気すらある。ただ、あの電波塔自体が壮大なダミーだったり、或いは凄まじいほどの妨害策があったりするかもしれないし、迷いは捨て切れない。
やはり、直接貴獅と対峙するべきなのだろうが……。
「ふむ。日本軍が最終的に研究を進めたのはA装置の方だ。指向性エネルギー兵器とも呼ばれるものだが、人体や物質に直接損傷を与えずとも、何らかの干渉は行われる。つまり、GHOSTの研究とは、破壊ではなく干渉なのではないだろうか」
「干渉……」
八木さんはオヤジの言葉を繰り返し、
「……なるほど」
手を口元に当てながら、ゆっくりと噛み締めるように頷いた。
「要するに、どういうことだ? 人体に電波を照射して、頭の中に直接音や声をぶつけたりできる……?」
「そういうことも可能なのかもしれん」
「……まさか」
ふいに蘇ったのは、ここ最近俺たちの身に起きていた異常だった。原因不明のノイズに、エクトプラズムのような幻覚……もしもオヤジの仮説が的を射ているのなら、あれは奴らが進めている計画の影響、例えば装置の試運転による干渉だったのかもしれない。だから、俺だけでなく龍美や玄人も同じような目に遭っていたのか。
「だとすればよ、威力の問題なのかは分かんねえけど、最終的には洗脳とかにも行き着くんじゃねえか? 直接的じゃなくても、そりゃ十分な殺人光線だろ……」
「本当に。……彼らの研究は、そんな段階まで進んでいるのかな」
まだハッキリとしたわけではないが、奇妙なほどに現実味を感じる話でゾッとする。自分の体験が影響を及ぼしているのは確かだ。
「八月二日、か。この街の電波塔が巨大な装置なのだとしたら、今の仮説でいくと恐ろしい未来しか見えないけれど……八木さんが言ったように、果たしてそのレベルの装置が完成しているのかは疑問だね」
「まあ、SFかよとは思いますけど。あり得ないと切り捨てられるかと言えば、そうでもないんじゃないっすかね……」
「ああ。だから、結局は計画を阻止するしかないんだろう」
その計画がどんなものか、おおよそながらも検討が付いたのは、ひとまず収穫か。敵は――凶器は電波。なら、それを踏まえた対処法を考えるしかない。
「ありがとう、虎牙くん。君が今日の場を設けてくれなきゃ、この発見はできていなかったはずだ。もうXデーは明日に迫っているけれど、進展は間違いなくあるだろう」
「僕も感謝するよ。お陰様で、考えがまとまりそうだ」
「そりゃ良かったっすけど……俺たちに、太刀打ちできるんすかね」
それについては、二人ともさあねとお茶を濁す。
ただ、事ここに至っては立ち向かうしかないのだ。
見逃しが無いよう、調査は念入りに続けられたが、それ以降の発見は無かった。池の前に集まってから二時間近くを費やしたものの、この暗闇では時の流れなど感じ取れやしない。
「……それじゃあ、見られるところは全て確認したし、調査はここまでとしようか」
「そうですね。蟹田さんはあまり部屋を空けたままにできないでしょうし」
八木さんの言葉に蟹田さんは苦笑して、
「その通りですよ。ま、あと一日で何かが起きるってときに形振り構ってもいられないけれども」
……貴獅が語った八月二日の計画。解き放たれることの自由を知るとは、果たしてどういう意味か。
Z装置による洗脳は、自由というよりむしろ拘束に近い。まだもう一捻り、考えるべきことはありそうだが。
話を終えた俺たちは、そこから無言のまま廃墟を脱出した。入る前は何も感じなかった道標の碑も、今は見ているだけで切ない。池を囲むようにして不規則に立った墓碑。その下に、まだ大勢の犠牲者たちが眠っているのだろうか。
「では、これで」
池を離れた辺りで、八木さんとは別れる。道があるようには見えないが、観測所に帰る最短ルートがあるらしい。同行への感謝を最後に伝えると、こちらこそと軽く頭を下げてくれた。
蟹田さんも、一足先に帰ると早足で去っていった。俺と一緒に帰るのは単純に時間のロスだし仕方がない。探索の余韻というのはあまりなくなってしまったが、まあこんなもんだろう。
俺たちも帰ろうと、オヤジが先に歩き出す。ゆっくりとした足取りに安心しつつ、俺も後に続いた。
「……どうだった?」
先を行くオヤジに、俺は問い掛ける。オヤジは前を向いたまま、
「多くのことが浮き彫りになったとは思う。が……それを以てどうするかだ」
「……だよな」
いっそのこと、装置を壊してしまうのが一番の解という気すらある。ただ、あの電波塔自体が壮大なダミーだったり、或いは凄まじいほどの妨害策があったりするかもしれないし、迷いは捨て切れない。
やはり、直接貴獅と対峙するべきなのだろうが……。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
【恋愛】×【ミステリー】失恋まであと五分~駅へ走れ!~
キルト
ミステリー
「走れっ、走れっ、走れ。」俺は自分をそう鼓舞しながら駅へ急いでいた。
失恋まであと五分。
どうしても今日だけは『あの電車』に乗らなければならなかった。
電車で居眠りする度に出会う不思議な女性『夜桜 結衣』。
俺は彼女の不思議な預言に次第に魅了されていく。
今日コクらなければ、二度と会えないっ。
電車に乗り遅れた俺は、まさかの失恋決定!?
失意の中で、偶然再会した大学の後輩『玲』へ彼女との出来事を語り出す。
ただの惨めな失恋話……の筈が事態は思わぬ展開に!?
居眠りから始まるステルスラブストーリーです。
YouTubeにて紹介動画も公開中です。
https://www.youtube.com/shorts/45ExzfPtl6Q
ダブルの謎
KT
ミステリー
舞台は、港町横浜。ある1人の男が水死した状態で見つかった。しかし、その水死したはずの男を捜査1課刑事の正行は、目撃してしまう。ついに事件は誰も予想がつかない状況に発展していく。真犯人は一体誰で、何のために、、 読み出したら止まらない、迫力満点短編ミステリー
この満ち足りた匣庭の中で 二章―Moon of miniature garden―
至堂文斗
ミステリー
それこそが、赤い満月へと至るのだろうか――
『満ち足りた暮らし』をコンセプトとして発展を遂げてきたニュータウン、満生台。
更なる発展を掲げ、電波塔計画が進められ……そして二〇一二年の八月、地図から消えた街。
鬼の伝承に浸食されていく混沌の街で、再び二週間の物語は幕を開ける。
古くより伝えられてきた、赤い満月が昇るその夜まで。
オートマティスム、鬼封じの池、『八〇二』の数字。
ムーンスパロー、周波数帯、デリンジャー現象。
ブラッドムーン、潮汐力、盈虧院……。
ほら、また頭の中に響いてくる鬼の声。
逃れられない惨劇へ向けて、私たちはただ日々を重ねていく――。
出題篇PV:https://www.youtube.com/watch?v=1mjjf9TY6Io
【朗読の部屋】from 凛音
キルト
ミステリー
凛音の部屋へようこそ♪
眠れない貴方の為に毎晩、ちょっとした話を朗読するよ。
クスッやドキッを貴方へ。
youtubeにてフルボイス版も公開中です♪
https://www.youtube.com/watch?v=mtY1fq0sPDY&list=PLcNss9P7EyCSKS4-UdS-um1mSk1IJRLQ3
【恋愛ミステリ】エンケージ! ーChildren in the bird cageー
至堂文斗
ライト文芸
【完結済】
野生の鳥が多く生息する山奥の村、鴇村(ときむら)には、鳥に関する言い伝えがいくつか存在していた。
――つがいのトキを目にした恋人たちは、必ず結ばれる。
そんな恋愛を絡めた伝承は当たり前のように知られていて、村の少年少女たちは憧れを抱き。
――人は、死んだら鳥になる。
そんな死後の世界についての伝承もあり、鳥になって大空へ飛び立てるのだと信じる者も少なくなかった。
六月三日から始まる、この一週間の物語は。
そんな伝承に思いを馳せ、そして運命を狂わされていく、二組の少年少女たちと。
彼らの仲間たちや家族が紡ぎだす、甘く、優しく……そしてときには苦い。そんなお話。
※自作ADVの加筆修正版ノベライズとなります。
表紙は以下のフリー素材、フリーフォントをお借りしております。
http://sozai-natural.seesaa.net/category/10768587-1.html
http://www.fontna.com/blog/1706/
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
眼異探偵
知人さん
ミステリー
両目で色が違うオッドアイの名探偵が
眼に備わっている特殊な能力を使って
親友を救うために難事件を
解決していく物語。
だが、1番の難事件である助手の謎を
解決しようとするが、助手の運命は...
天使の顔して悪魔は嗤う
ねこ沢ふたよ
ミステリー
表紙の子は赤野周作君。
一つ一つで、お話は別ですので、一つずつお楽しいただけます。
【都市伝説】
「田舎町の神社の片隅に打ち捨てられた人形が夜中に動く」
そんな都市伝説を調べに行こうと幼馴染の木根元子に誘われて調べに行きます。
【雪の日の魔物】
周作と優作の兄弟で、誘拐されてしまいますが、・・・どちらかと言えば、周作君が犯人ですね。
【歌う悪魔】
聖歌隊に参加した周作君が、ちょっとした事件に巻き込まれます。
【天国からの復讐】
死んだ友達の復讐
<折り紙から、中学生。友達今井目線>
【折り紙】
いじめられっ子が、周作君に相談してしまいます。復讐してしまいます。
【修学旅行1~3・4~10】
周作が、修学旅行に参加します。バスの車内から目撃したのは・・・。
3までで、小休止、4からまた新しい事件が。
※高一<松尾目線>
【授業参観1~9】
授業参観で見かけた保護者が殺害されます
【弁当】
松尾君のプライベートを赤野君が促されて推理するだけ。
【タイムカプセル1~7】
暗号を色々+事件。和歌、モールス、オペラ、絵画、様々な要素を取り入れた暗号
【クリスマスの暗号1~7】
赤野君がプレゼント交換用の暗号を作ります。クリスマスにちなんだ暗号です。
【神隠し】
同級生が行方不明に。 SNSや伝統的な手品のトリック
※高三<夏目目線>
【猫は暗号を運ぶ1~7】
猫の首輪の暗号から、事件解決
【猫を殺さば呪われると思え1~7】
暗号にCICADAとフリーメーソンを添えて♪
※都市伝説→天使の顔して悪魔は嗤う、タイトル変更
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる