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Fourteenth Chapter...8/1
八〇二の深淵⑤
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「……ただ。この場所で行われていたのがZ装置に類する研究だとすると、永射さんたちの計画は果たしてその昇華と呼ぶべきものだったのでしょうか。破壊を目的とした研究というのは、少し引っ掛かる気もしますが、佐曽利さんはどう考えます?」
「ふむ。日本軍が最終的に研究を進めたのはA装置の方だ。指向性エネルギー兵器とも呼ばれるものだが、人体や物質に直接損傷を与えずとも、何らかの干渉は行われる。つまり、GHOSTの研究とは、破壊ではなく干渉なのではないだろうか」
「干渉……」
八木さんはオヤジの言葉を繰り返し、
「……なるほど」
手を口元に当てながら、ゆっくりと噛み締めるように頷いた。
「要するに、どういうことだ? 人体に電波を照射して、頭の中に直接音や声をぶつけたりできる……?」
「そういうことも可能なのかもしれん」
「……まさか」
ふいに蘇ったのは、ここ最近俺たちの身に起きていた異常だった。原因不明のノイズに、エクトプラズムのような幻覚……もしもオヤジの仮説が的を射ているのなら、あれは奴らが進めている計画の影響、例えば装置の試運転による干渉だったのかもしれない。だから、俺だけでなく龍美や玄人も同じような目に遭っていたのか。
「だとすればよ、威力の問題なのかは分かんねえけど、最終的には洗脳とかにも行き着くんじゃねえか? 直接的じゃなくても、そりゃ十分な殺人光線だろ……」
「本当に。……彼らの研究は、そんな段階まで進んでいるのかな」
まだハッキリとしたわけではないが、奇妙なほどに現実味を感じる話でゾッとする。自分の体験が影響を及ぼしているのは確かだ。
「八月二日、か。この街の電波塔が巨大な装置なのだとしたら、今の仮説でいくと恐ろしい未来しか見えないけれど……八木さんが言ったように、果たしてそのレベルの装置が完成しているのかは疑問だね」
「まあ、SFかよとは思いますけど。あり得ないと切り捨てられるかと言えば、そうでもないんじゃないっすかね……」
「ああ。だから、結局は計画を阻止するしかないんだろう」
その計画がどんなものか、おおよそながらも検討が付いたのは、ひとまず収穫か。敵は――凶器は電波。なら、それを踏まえた対処法を考えるしかない。
「ありがとう、虎牙くん。君が今日の場を設けてくれなきゃ、この発見はできていなかったはずだ。もうXデーは明日に迫っているけれど、進展は間違いなくあるだろう」
「僕も感謝するよ。お陰様で、考えがまとまりそうだ」
「そりゃ良かったっすけど……俺たちに、太刀打ちできるんすかね」
それについては、二人ともさあねとお茶を濁す。
ただ、事ここに至っては立ち向かうしかないのだ。
見逃しが無いよう、調査は念入りに続けられたが、それ以降の発見は無かった。池の前に集まってから二時間近くを費やしたものの、この暗闇では時の流れなど感じ取れやしない。
「……それじゃあ、見られるところは全て確認したし、調査はここまでとしようか」
「そうですね。蟹田さんはあまり部屋を空けたままにできないでしょうし」
八木さんの言葉に蟹田さんは苦笑して、
「その通りですよ。ま、あと一日で何かが起きるってときに形振り構ってもいられないけれども」
……貴獅が語った八月二日の計画。解き放たれることの自由を知るとは、果たしてどういう意味か。
Z装置による洗脳は、自由というよりむしろ拘束に近い。まだもう一捻り、考えるべきことはありそうだが。
話を終えた俺たちは、そこから無言のまま廃墟を脱出した。入る前は何も感じなかった道標の碑も、今は見ているだけで切ない。池を囲むようにして不規則に立った墓碑。その下に、まだ大勢の犠牲者たちが眠っているのだろうか。
「では、これで」
池を離れた辺りで、八木さんとは別れる。道があるようには見えないが、観測所に帰る最短ルートがあるらしい。同行への感謝を最後に伝えると、こちらこそと軽く頭を下げてくれた。
蟹田さんも、一足先に帰ると早足で去っていった。俺と一緒に帰るのは単純に時間のロスだし仕方がない。探索の余韻というのはあまりなくなってしまったが、まあこんなもんだろう。
俺たちも帰ろうと、オヤジが先に歩き出す。ゆっくりとした足取りに安心しつつ、俺も後に続いた。
「……どうだった?」
先を行くオヤジに、俺は問い掛ける。オヤジは前を向いたまま、
「多くのことが浮き彫りになったとは思う。が……それを以てどうするかだ」
「……だよな」
いっそのこと、装置を壊してしまうのが一番の解という気すらある。ただ、あの電波塔自体が壮大なダミーだったり、或いは凄まじいほどの妨害策があったりするかもしれないし、迷いは捨て切れない。
やはり、直接貴獅と対峙するべきなのだろうが……。
「ふむ。日本軍が最終的に研究を進めたのはA装置の方だ。指向性エネルギー兵器とも呼ばれるものだが、人体や物質に直接損傷を与えずとも、何らかの干渉は行われる。つまり、GHOSTの研究とは、破壊ではなく干渉なのではないだろうか」
「干渉……」
八木さんはオヤジの言葉を繰り返し、
「……なるほど」
手を口元に当てながら、ゆっくりと噛み締めるように頷いた。
「要するに、どういうことだ? 人体に電波を照射して、頭の中に直接音や声をぶつけたりできる……?」
「そういうことも可能なのかもしれん」
「……まさか」
ふいに蘇ったのは、ここ最近俺たちの身に起きていた異常だった。原因不明のノイズに、エクトプラズムのような幻覚……もしもオヤジの仮説が的を射ているのなら、あれは奴らが進めている計画の影響、例えば装置の試運転による干渉だったのかもしれない。だから、俺だけでなく龍美や玄人も同じような目に遭っていたのか。
「だとすればよ、威力の問題なのかは分かんねえけど、最終的には洗脳とかにも行き着くんじゃねえか? 直接的じゃなくても、そりゃ十分な殺人光線だろ……」
「本当に。……彼らの研究は、そんな段階まで進んでいるのかな」
まだハッキリとしたわけではないが、奇妙なほどに現実味を感じる話でゾッとする。自分の体験が影響を及ぼしているのは確かだ。
「八月二日、か。この街の電波塔が巨大な装置なのだとしたら、今の仮説でいくと恐ろしい未来しか見えないけれど……八木さんが言ったように、果たしてそのレベルの装置が完成しているのかは疑問だね」
「まあ、SFかよとは思いますけど。あり得ないと切り捨てられるかと言えば、そうでもないんじゃないっすかね……」
「ああ。だから、結局は計画を阻止するしかないんだろう」
その計画がどんなものか、おおよそながらも検討が付いたのは、ひとまず収穫か。敵は――凶器は電波。なら、それを踏まえた対処法を考えるしかない。
「ありがとう、虎牙くん。君が今日の場を設けてくれなきゃ、この発見はできていなかったはずだ。もうXデーは明日に迫っているけれど、進展は間違いなくあるだろう」
「僕も感謝するよ。お陰様で、考えがまとまりそうだ」
「そりゃ良かったっすけど……俺たちに、太刀打ちできるんすかね」
それについては、二人ともさあねとお茶を濁す。
ただ、事ここに至っては立ち向かうしかないのだ。
見逃しが無いよう、調査は念入りに続けられたが、それ以降の発見は無かった。池の前に集まってから二時間近くを費やしたものの、この暗闇では時の流れなど感じ取れやしない。
「……それじゃあ、見られるところは全て確認したし、調査はここまでとしようか」
「そうですね。蟹田さんはあまり部屋を空けたままにできないでしょうし」
八木さんの言葉に蟹田さんは苦笑して、
「その通りですよ。ま、あと一日で何かが起きるってときに形振り構ってもいられないけれども」
……貴獅が語った八月二日の計画。解き放たれることの自由を知るとは、果たしてどういう意味か。
Z装置による洗脳は、自由というよりむしろ拘束に近い。まだもう一捻り、考えるべきことはありそうだが。
話を終えた俺たちは、そこから無言のまま廃墟を脱出した。入る前は何も感じなかった道標の碑も、今は見ているだけで切ない。池を囲むようにして不規則に立った墓碑。その下に、まだ大勢の犠牲者たちが眠っているのだろうか。
「では、これで」
池を離れた辺りで、八木さんとは別れる。道があるようには見えないが、観測所に帰る最短ルートがあるらしい。同行への感謝を最後に伝えると、こちらこそと軽く頭を下げてくれた。
蟹田さんも、一足先に帰ると早足で去っていった。俺と一緒に帰るのは単純に時間のロスだし仕方がない。探索の余韻というのはあまりなくなってしまったが、まあこんなもんだろう。
俺たちも帰ろうと、オヤジが先に歩き出す。ゆっくりとした足取りに安心しつつ、俺も後に続いた。
「……どうだった?」
先を行くオヤジに、俺は問い掛ける。オヤジは前を向いたまま、
「多くのことが浮き彫りになったとは思う。が……それを以てどうするかだ」
「……だよな」
いっそのこと、装置を壊してしまうのが一番の解という気すらある。ただ、あの電波塔自体が壮大なダミーだったり、或いは凄まじいほどの妨害策があったりするかもしれないし、迷いは捨て切れない。
やはり、直接貴獅と対峙するべきなのだろうが……。
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