この満ち足りた匣庭の中で 三章―Ghost of miniature garden―

至堂文斗

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Fourteenth Chapter...8/1

八〇二の深淵④

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「……死体だ」

 正面に進んでいった蟹田さんが、例の白骨死体をようやく発見した。ライトに照らされた遺骸は、一度目にしたとはいえ心臓に悪い。
 やはりその白骨は、軍服のようなものに身を包んでいた。

「軍人のようですが……何故ここで亡くなったんでしょうね」
「責任があったのかもしれん。或いは、敗戦を聞いて死を選んだか」
「なるほど、有り得ない話ではなさそうだ」

 八木さんは頷くと、早速鉄屑と化した装置群を調べ始めた。蟹田さんとオヤジも後に続く。俺は周囲に浮かぶ白い靄を鬱陶しいと思いながら、ただ所在なく立っていることしかできなかった。

「電波……エネルギー……まあ、そうなるか」
「ここまで劣化していると構造の理解は困難だが……歴史的な背景からしても、何を求めていたかは察せられるな」

 俺たち子どもが逃げ出さざるを得なかった謎も、彼らにとってはやはり解を導けるものらしい。そしてそれは、耳を塞ぎたくなるほどの残酷さを伴っているのだろうが。
 調査にさほど時間は掛からなかった。踏み込める場所がそもそも少ないし、機械もほぼ原型を留めていないこともあり、短く済んだようだ。ただ、収穫は大きかった。
 三人の知識と閃きは、ここで繰り広げられた悲劇を詳らかにするのに十分だった。

「……大方に予想は付いてたけれど、結局軍事研究というのはこういうものなんだね」
「それが戦争の恐ろしさだ」
「……ええ」

 沈んだ声で呟くオヤジたちに、

「何が分かったんすかね?」
 
 堪らず問いを投げかける。蟹田さんがそうだね、と切り出して、

「かつて日本国軍が行なっていたとされる研究。ここにあるのは、その動かぬ証拠だ」
「公表すれば大事件になるのは間違いないでしょうね。僕個人としては、そっとしておいてもいいとは思いますけど」
「外部に伝えたなら、満生台の平穏は更に遠くなるだろう。ただ……蓋をしていていい話かは何とも言えんが」

 各々がそう感想を告げた後、

「まあ、簡単に説明するとしよう」

 蟹田さんは骸に光を投げかけながら、そう呟いた。

「戦争における研究で、一番必要とされていたのは効率的な破壊だった。人に限らず、物や情報も。爆発物の研究は各国で盛んに行われていたし、日本でもそれは同様だ。ただ、物理的でない攻撃手段というのも敵の意表を突く新たな戦術として期待されていて、最初は単に通信或いはその妨害を目的に使われていた電波を、直接人や物に影響を与える兵器にできないかという計画が出てきたんだね。
 これは特に日本が初というわけでなく、当然ながら世界全体の流れだった。光線兵器などとも呼ばれたその兵器は、実現すれば戦局を大きく変えることになったのかもしれないけれど、結果的に期待通りの成果を上げることは叶わなかったらしい。現代に至っても、光線で忽ち人体や物質を破壊できるというレベルのものはできていないんだ。
 陸軍科学研究所は、他国と同じようにそんな光線兵器を発明しようとしていた。その研究拠点の一つとなったのが、この三鬼支部だったということだね……」

 光線兵器。まるで漫画やアニメの世界の話に思える。レーザーを照射して敵の基地を破壊する、なんてシーンはたまにあった気がするが、つまりはそういうものを現実にしようと考えていたわけだ。

「光線兵器の研究は『Z研究』と呼ばれ、装置もその名称から取って『装置』と呼ばれていたとか。ただ、そもそも技術の進んだ世界各国が成し遂げられなかったものが日本でできるわけもなく、最終的にはA装置という別のアプローチから成る装置へ計画が変更になったそうですが」
「八木さんも良く知ってますね。そう、A装置は確か爆発物の起爆シグナルとして光線を使用することで、砲弾の爆発を戦闘機に当てやすくしようというものだったようだ。直接的な攻撃手段からは格下げせざるを得なかったみたいだね。その研究も結論から言えば実現しなかったし、一連の計画はただ犠牲を生むだけのものになってしまったわけだ……」
「じゃあ、ここにある機械はそのZ装置かA装置の残骸ってことなんすか?」
「多分ね。構造は明かされていないから分からないけれど、戦時中に電波を用いた研究の痕跡があったなら、必然的にそこへ至るというわけさ」

 破壊のために研究され、数多の犠牲を築いた挙句、歴史の中に消えた装置。罪深き……あまりにも罪深き禁忌だ。

「ここで成されていたのがZ装置に近い研究であれば……犠牲者は、ひたすらに殺人光線を浴びせられていたことになる」
「とてつもない、恐怖だっただろうね。自分が何をされているのかすら理解できないまま、その体が崩壊していくんだから……」

 実際、どのような作用があったのかは想像するしかない。けれど、生きて帰った者が皆無という事実からは、あまり救いのある想像はできなかった。
 満生台の電波塔計画では、住民説明会で永射が電波の安全性について語っていた。これまでの研究で、電波による人体への影響は立証されていないし、被害を訴えたのも思い込みによるところというのが現時点での見解だ、と。ただしそれは、あくまで日常生活レベルでの話なのだ。最初から破壊を目的として生み出される電波が、無影響なはずがない……。

「そこまで考えると、三鬼村の伝承についてもかなり具体的にその成り立ちを説明できそうです。三匹の鬼はそれぞれ餓鬼、水鬼、邪鬼と言ったそうですが、餓鬼が単純に戦時中の飢えを示すとして、水鬼は水害に乗じて犠牲者たちを葬ったこと、邪鬼は電波によって身体的な被害を受けた被験者を誰かが目撃した、或いは付近の住民にも被害が及んでしまった、ということがあり得そうだ」

 そうして全ての事象に蓋をするため、当時の村長と軍部との間に密約が交わされた。津田密約という名で残ることとなった、屈辱的な取り決めが。
 墓碑を立てたのは多分、全て三鬼村の住民なのだろう。戦禍の中悲劇的な死を遂げた者たちにせめて安らぎをと、残された名簿の人名数と同じだけの墓碑を、置いていったのだ。鬼封じの池に碑が多い理由もそれなら分かる。ここが犠牲者たちの亡くなった場所だから……。

「……最悪だ」

 そんな言葉しか浮かばない。
 それが全てだ。
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