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Fourteenth Chapter...8/1

八〇二の深淵③

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 一つ目の扉の先は更衣室。錆びた鉄箱が規則的に並んでいるが、ひしゃげていたり扉が付いていなかったり、最早意味を成してはいない。
 前期の調査では、下手に触りたくないと中の物までは調べなかったが、三人は細かく見ていくつもりらしい。早速ロッカーの中に手を突っ込んでいる。

「……この感じからして、支給された鞄という風に見えるね。あっちにも同じ鞄が入ってる」
「うむ。軍が用意したものなんだろう」

 何の遊びもない、シンプルな黒の鞄。今でいうポーチ程度の大きさで、中にはほとんど何も入っていないようだ。
 ただ、幾つか開けてみたうちの一つに名札のようなものが残されていた。そこには八〇二という番号と、陸軍科学研究所三鬼支部という名称が記されているのが何とか判読できた。

「……やはり」
「ここまで書かれているなら、もう疑う意味もないでしょうね」

 溜め息混じりに八木さんが言う。こうして軍の研究所という証拠が出てきてしまったのだから、他の選択肢は潰えた。これまでの経緯から、そもそも確実だとは思っていたが、僅かな可能性も塗り潰されてしまったわけだ。
 ロッカーには他にも、軍帽や短刀、拳銃のようなものが見つかった。何れも長い時を経て劣化しており、元の面影もほとんど無いような状態だったが、見ているだけでも気持ちが沈むのが分かる。

「……被験者三百二十について、投与量の許容値を超えたと見られる反応。後刻死亡……」

 八木さんが拾い上げたのは、そんな文言の書かれた研究者のメモだった。命を命とも思わない、冷酷な研究の記述……。
 チリチリと、頭に痛みを感じ始める。最初にここを訪れたときと同じだ。そう、この痛みとともに、世界は白い靄で包まれていく。

「……頭痛が?」
「ええ、ちょっと。特に問題はないっすよ」
「……ふむ」

 蟹田さんは少しばかり顎を撫でると、

「佐曽利さん、測定はできるんですっけ」
「ああ」

 頷いたオヤジは、おもむろに鞄から機械を取り出す。電波を探知する装置だ。

「……針が振れている。微弱ではあるが今も電波が発生しているようだな」
「半世紀以上も前に放棄された施設だというのに、恐ろしいものです……」

 何らかの装置が、電力も無しに今も電波を発生させているのか、或いは電波を発生させる特殊な物質があるのか、とにかくこの研究所で電波が用いられていたのもこれで判明した。……とすれば、この微かな頭痛や白い靄は、電波に起因したものなのだろうか?
 この目が見せる姿なきものの流れ……。

「あの扉から先が、研究区画でしょうね」
「そうみたいですね。行ってみますか」

 前のめりで進んでいくのは、八木さんと蟹田さんの二人。それを俺とオヤジが後ろから追う形だ。事件の謎に迫るという理由のほか、二人には純粋な好奇心もあるのだろうなと思う。
 重たく、そして冷たい鉄扉。ゆっくりとそれを押し開けて、現れる地下への階段に三人ともが息を呑んだ。まるでドラマか映画のような場面だ、などと考えてしまうほどに、それは現実離れしている。
 一歩、また一歩と階段を下りる度、空気は冷えていく。夏の暑さも、この別世界とは無縁だ。
長い階段と道を進み、もう一つの鉄扉の前まで辿り着く。蟹田さんは一つ息を吐いて、意を決したように扉を開いた。

「……これは……」

 壁中に配線の巡らされた部屋。最早ただの鉄屑と化した機械装置が、床を埋め尽くすように並んでいる。
 この部屋で、俺たちは対峙したのだ。歴史に取り残された白骨の死体と。

「壁が一部崩れているけれど、かなり広い区画だね。恐らく廊下が伸びていて、実験室のような個室が幾つかあったんだろうと思う」
「蟹田くんの予想で大方外れてはいないだろう。……ちょうどこの場所が管理室のような意味合いを持ち、各実験室の様子を確認していたというところか」
「そして、この機械を操作し、実験室に何らかの影響を与える……ということも恐らくは」

 残酷な仮説だが、軍の人体実験ならばそれも事実に肉薄しているのでは、と思える。
 この暗い地下室で、被験者たちは永遠ともいえる苦痛に身を晒していた……。
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