この満ち足りた匣庭の中で 三章―Ghost of miniature garden―

至堂文斗

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Thirteenth Chapter...7/31

ゴーレム計画②

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「実を言えば、僕も詳細は知らない。僕は……いや僕らは、貴獅さんに拾われた身でしかないからね。ただ、いわゆる魂と呼ばれるもののゲノム解析やその実証、或いは死者を呼び戻す方法など、オカルティックと思われるような研究は日々進められているんだって」
「ゲノム……そんなもん、医学とか農業の品種改良云々でしか聞いたことないんすけど」
「だから、普通の人は関わっちゃいけないような組織なのさ」

 自分がそこに身を置いていることも本当は嫌なんだと、双太さんの顔は如実に物語っていた。
 GHOST……あまりにも底知れない組織だ。

「……ごめん、ゴーレム計画だったね。あれは聞いたかもしれないけれど、既に否決されたプロジェクトだ。人類の進化という理念からは外れていると判定された」
「やっぱ組織として、プロジェクトの取捨選択はしていくんすね」
「個々人は自由にやっているみたいだけど、下りてくる予算とかがさ。ダメってなったらもう資金が出ないし昇進も難しいみたいだ」
「なるほど……」

 一度走り出したものなら、最悪は否決されようと自己資金で進めることはできるわけだ。但しそれはもう、GHOSTではなく個人の理念だが。

「ゴーレム計画は、ある意味でこの街での医療行為に近い部分はある。こちらが部分的なものなら、あちらは全体的というか……直球で言ってしまおう。あれは人体を人形に換装してしまおうという計画だった」
「……は?」

 ポカンとクエスチョンマークを浮かべる俺に、当然だなと双太さんは笑う。

「GHOSTは、魂魄の存在を突き止めているし、その管理やゲノム操作も進めている。それを前提と受け入れてもらった上で聞いてほしいけど、当該部門では人形に魂魄を移す研究が行われていたんだ」
「人形に、魂魄を……」
「そう。たとえば、病気で全身麻痺になってしまった人がいるとしよう。普通の体では快復の見込がないけれど、人形の体なら自由に動くことができる。そういう考えだ」
「いやいや……そうまでしますか普通? 確かに関節人形とかなら自由に動くかもしれないっすけど、木とか樹脂とかでできた体って……」

 この肌の温もりや感触もなく、眼球や髪も紛い物で。全身隈無くそうなったのだとしたらもう、それは生きていると言えるのだろうか?
 人間とは、どこまでが自分の体ではなくなっても人間と言えるのだろうか……?
 やけに哲学的なことを考えてしまう。それくらい、突飛過ぎる話なのだ。

「それでも生を望む人は少なからずいる。きっと誰だって死にたくはないんだ。その妥協点がどこかという話で。ゴーレム計画は、一人の少女の発案からスタートしたらしくて、その経緯を聞きかじる機会があったけれど……
ああ、そこに至るほどの凄絶な過去があったんだなと、思わされた」
「凄絶な過去、ねえ……」

 たとえ人の身体を捨てても、生きていたい、生きていてほしい。発案者が少女ということは、それこそ俺くらいの歳で至った考えなのだろうか。……俺には、そこまでの発想などできない。一部が置き換わるというならまだしも、完全な人形に魂を閉じ込めるとして、そこに人間としての自由があるとは言えそうもなかった。
 自分の命か、或いは大切な人か。……龍美が死の淵に立たされたとしたら、どうだろう。それでも俺は……彼女の意思をこそ望むはず。そして彼女も、人形として生きたいとは言わないと思う。

「まあ、僕も技術として凄いと感じはしても、救いの術だとまでは思えなかったよ。それ以外に選択肢がなく、望む者がいるとすれば、最後の手段として用いることもあるのかな、くらいで」
「双太さん自身は、否定的なんすね」
「……幸せに生き続けてほしいと思う人は、僕にだっているけどね」

 ……それは。
 口に出しかけて、ぐっと堪える。
 双太さんの傷を、さらに抉るようなことにはなってほしくないから。
 早乙女さんという人の喪失を、きっとこの人はまだ、受け入れきれていないだろうから……。

「しっかし、魂なんてものをこの目で見たわけでもなし、ほんとフィクションの話って感じしかしないっすよ」
「うん、当然だし今後もそれでいいとは思う。今は組織の計画が事件に関わっているかもしれないせいで、足を突っ込まざるを得なくなっているけれど、虎牙くんが来るような世界の話じゃない。それは間違いない」

 断言されると、それはそれで悲しくもなるのだが、仕方がない。双太さんの優しさだ。
 けれど……代わりに一つ、聞かなければならずないことがあった。ゴーレム計画を手放したGHOSTが、ではここで何を行おうとしているのか、その断片だけでも。

「満生台で進められている計画は、教えられないものなんすか?」
「……そういうわけじゃない。ただ、本当に僕も全容を知らないだけなんだ。貴獅さんも永射さんも、この計画は魂魄を次のステージへ進める研究だと話していた。だから、街に集められた人の境遇も含めて考えると、何かハンディキャップを乗り越えるようなものだとは思っているんだけど」

 魂魄のステージ。ハンディキャップを乗り越える。つまるところそれは、現実的な手段である■■に代わる何らかの手段ということなのか。

「それは……ゴーレム計画とは違って、一応は組織にも認められてるものなんすよね」
「うん。だからこそ現在もこの計画に資金が投入されているわけだ。ゴーレム計画は最終的に魂の尊厳が曖昧になる懸念ありとのことで否決されたけれど……貴獅さんの計画は違う、と僕は信じている」

 半ば自分に言い聞かせるようにして、双太さんは続けた。

「だってあの人は……家族を、満雀ちゃんを本当に大切に思っているんだからね」





 その夜、八木さんから家に電話がかかってきた。相変わらずノイズ混じりで、盗聴されているであろうことは想像できたが、内容を山の入口周辺の清掃活動ということにして連絡をとったそうだ。
 明日の探索について、八木さんの回答はイエス。朝のうちなら何時でもということだったので、オヤジは十時と決めて伝えたとのこと。あとは牛牧さんを通じ、蟹田さんにもその旨を伝達して、予定は決まった。
 明日は長い一日になると、そんな確信めいた予感で頭が満たされる。旧日本国軍の施設跡……その道に精通した人たちとの再探索で、果たして何が見つかるだろうか。暴かれるだろうか。
 軍事研究。GHOSTの……久礼貴獅の計画は、その流れを汲むものなのだろうが、双太さんが真剣な顔で語った、貴獅が家族を、満雀ちゃんを大切に思っているという言葉。あれと矛盾するようなちぐはぐさはある。
 ただ……携帯電話然り、軍事研究が平和利用されるようになったケースはもちろんあるし、先のゴーレム計画も目的は魂の救済であったわけで。どういう形でかは不明だが、あの言葉に偽りはないのかもしれない。
 ともあれ、全ては明日だ。緊張に胸はざわつくけれど、しっかり寝て備えなければ。
 期待と不安を綯い交ぜにしながら、俺はじっくりと時間をかけ、眠りの中へと沈んでいくのだった。
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