この満ち足りた匣庭の中で 三章―Ghost of miniature garden―

至堂文斗

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Thirteenth Chapter...7/31

ゴーレム計画①

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 森を抜けた俺は、その足で病院に向かう。昨日の事件もあり、病院の様子でも伺っておこうかと考えたのだ。
 道中、人とすれ違うことはなかったのだが、病院の前には今日もお年寄りが集まっている。この暑いのに、よくデモまがいのことを続けられるなと感心してしまう。
 さてどうやって入ったものかと思案していると、建物の影から誰かが出てくるのが見えた。あれは……双太さんだ。
 多分、双太さんは住民たちに見つからないよう裏口から出て、小休憩しているのだろうな。たまに外の空気を吸わないと気分が沈んでしまうのに違いない。
 あの人にとってはどうか知らないが、俺にとってはちょうどいいタイミングだ。
 人目につかないよう、俺も入口側から離れて植え込みの方へ向かう。そして、ガサガサと枝葉を掻き分けて敷地内へ入った。
 ちょうど目の前で休んでいた双太さんは俺が木々の間から出てきたのに目を丸くして、

「こ、虎牙くん……?」
「どもっす。驚かせてすいませんね」
「あ、ああ……別に構わないんだけど、どうして」
「相変わらず色々調べ回ってるだけっすけどね。ちょうど双太さんが人目を避けてこっちに来てたんで」

 そこまで言ってようやく、なるほどと頷いた双太さんは、

「こちらも時々だけど報告は受けてるよ。……辛いことばかりだね」
「それは……双太さんもそうでしょう」

 言ってから、直球過ぎたことが申し訳なくなり、小声で謝る。双太さんはいいよ、と答えてから、寂しげに笑った。

「ただ……現実感がないかな。この一週間ちょっとで、色んなことがあり過ぎて。色んなものが、失くなって……」
「……そうっすね」

 ふと、双太さんの方を見ると、その両の手が僅かに震えている。今にも泣き出しそうな彼の横顔は、小さな子供のようにも、或いは涙脆くなった壮年のようにも見えた。

「たまに、自分のしていることが分からなくなる。今自分は何をしているのか、それは本当に正しいことなのか。満ち足りた暮らしって何なのか。……今の僕たちは、欠けているものばかりだよ」
「双太さん……」

 欠けているものばかり……何とも皮肉な言葉だ。それを病院の人間である双太さんが言うのだから余計に。

「いや、ごめん。そういう話をしても仕方がないよね。虎牙くんも事件を解決しようとしてくれてるんだ、僕もこっそりとではあるけれど、協力はしたい」
「助かるっす。……とりあえず先に聞いときたいんですけど、入口にいる人らはやっぱ電波塔建設に抗議してるんすよね」
「うん。やっぱり、二度も事件が起きたせいで……特にこの前の事件が衝撃的だったせいで、抗議の声は大きくなってる。広めたのは瓶井さんだけど、本人すら驚いているんじゃないかな。だって、輪の中に瓶井さんを見ていないし……」
「言われてみれば確かに」

 騒いでいる人たちの中に瓶井さんはいない。事件が起きる度に姿を表しているそうだが、それきりだ。本人にも手がつけられない動きになったか……或いは、こういう形での抗議はムダだと考えている可能性も否定できないが。
 少なくとも、如何にオカルト紛いといえど、連続する事件によって瓶井さんの声は大きくなっている。相手が久礼貴獅でなければ、電波塔の計画は頓挫していたかもしれないな。
 そこからはしばらく、病院内で起きた例の事件について詳細を聞き取った。何の前触れもなく理魚ちゃんが侵入し、真っ直ぐ蟹田さんの病室へ向かい、呼吸器を外したらしいこと、偶然居合わせた――というか双太さんと話していた玄人が理魚ちゃんを追いかけ、屋上に着いたところで、彼女が自ら転落を選んだこと……。玄人がさっきまで意識を失っていたというのには驚いたが、彼にも色々あるからという双太さんの答えに、俺は過去の事情を察してそれ以上は突っ込まなかった。
 俺と同じような、抱え込んだ過去の話だ。
 ただ、玄人はまさに俺が来る直前、無事意識を取り戻したらしく、それを聞いて俺はほっと安堵した。今は迎えが来るまで、院内で待機しているという。
 会いたい気持ちもあるが、ショッキングな出来事の後だ。今は余計な混乱を誘わないようにしよう。八月二日がやって来るまでには、一度話をしたいが。
 ……玄人。外鯨を思い出すような、気弱だけれど意志の強い……。

「……そう言えば双太さん、一つ聞きたかったんすけど」
「何だい?」
「盗み聞きするつもりはなかったんすけど、耳に入ってきて。……ゴーレム計画ってのは何なんです?」
「……アレか」

 参ったな、というふうに双太さんは頭を掻く。やはり、聞かれたくはないことのようだ。言えないなら別に、と付け加えたのだが、

「ううん、普通の人が知るような話じゃないからさ。知っているだろうけど、GHOSTという組織は社会一般から見ると異様な活動をしている。人類の正しき進化というビジョンを掲げてね」
「人の魂がどうこうって話も永射にされましたよ。流石にビックリしましたけど……」
「ところが、そういうことを大真面目に研究している。それがGHOSTなんだ」

 双太さんに真剣な顔でそう言われると、信じないわけにもいかない。ただ、それでも魂などというのは何かの比喩だろうと訝しんでしまうが。
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