71 / 88
Thirteenth Chapter...7/31
ゴーレム計画①
しおりを挟む
森を抜けた俺は、その足で病院に向かう。昨日の事件もあり、病院の様子でも伺っておこうかと考えたのだ。
道中、人とすれ違うことはなかったのだが、病院の前には今日もお年寄りが集まっている。この暑いのに、よくデモまがいのことを続けられるなと感心してしまう。
さてどうやって入ったものかと思案していると、建物の影から誰かが出てくるのが見えた。あれは……双太さんだ。
多分、双太さんは住民たちに見つからないよう裏口から出て、小休憩しているのだろうな。たまに外の空気を吸わないと気分が沈んでしまうのに違いない。
あの人にとってはどうか知らないが、俺にとってはちょうどいいタイミングだ。
人目につかないよう、俺も入口側から離れて植え込みの方へ向かう。そして、ガサガサと枝葉を掻き分けて敷地内へ入った。
ちょうど目の前で休んでいた双太さんは俺が木々の間から出てきたのに目を丸くして、
「こ、虎牙くん……?」
「どもっす。驚かせてすいませんね」
「あ、ああ……別に構わないんだけど、どうして」
「相変わらず色々調べ回ってるだけっすけどね。ちょうど双太さんが人目を避けてこっちに来てたんで」
そこまで言ってようやく、なるほどと頷いた双太さんは、
「こちらも時々だけど報告は受けてるよ。……辛いことばかりだね」
「それは……双太さんもそうでしょう」
言ってから、直球過ぎたことが申し訳なくなり、小声で謝る。双太さんはいいよ、と答えてから、寂しげに笑った。
「ただ……現実感がないかな。この一週間ちょっとで、色んなことがあり過ぎて。色んなものが、失くなって……」
「……そうっすね」
ふと、双太さんの方を見ると、その両の手が僅かに震えている。今にも泣き出しそうな彼の横顔は、小さな子供のようにも、或いは涙脆くなった壮年のようにも見えた。
「たまに、自分のしていることが分からなくなる。今自分は何をしているのか、それは本当に正しいことなのか。満ち足りた暮らしって何なのか。……今の僕たちは、欠けているものばかりだよ」
「双太さん……」
欠けているものばかり……何とも皮肉な言葉だ。それを病院の人間である双太さんが言うのだから余計に。
「いや、ごめん。そういう話をしても仕方がないよね。虎牙くんも事件を解決しようとしてくれてるんだ、僕もこっそりとではあるけれど、協力はしたい」
「助かるっす。……とりあえず先に聞いときたいんですけど、入口にいる人らはやっぱ電波塔建設に抗議してるんすよね」
「うん。やっぱり、二度も事件が起きたせいで……特にこの前の事件が衝撃的だったせいで、抗議の声は大きくなってる。広めたのは瓶井さんだけど、本人すら驚いているんじゃないかな。だって、輪の中に瓶井さんを見ていないし……」
「言われてみれば確かに」
騒いでいる人たちの中に瓶井さんはいない。事件が起きる度に姿を表しているそうだが、それきりだ。本人にも手がつけられない動きになったか……或いは、こういう形での抗議はムダだと考えている可能性も否定できないが。
少なくとも、如何にオカルト紛いといえど、連続する事件によって瓶井さんの声は大きくなっている。相手が久礼貴獅でなければ、電波塔の計画は頓挫していたかもしれないな。
そこからはしばらく、病院内で起きた例の事件について詳細を聞き取った。何の前触れもなく理魚ちゃんが侵入し、真っ直ぐ蟹田さんの病室へ向かい、呼吸器を外したらしいこと、偶然居合わせた――というか双太さんと話していた玄人が理魚ちゃんを追いかけ、屋上に着いたところで、彼女が自ら転落を選んだこと……。玄人がさっきまで意識を失っていたというのには驚いたが、彼にも色々あるからという双太さんの答えに、俺は過去の事情を察してそれ以上は突っ込まなかった。
俺と同じような、抱え込んだ過去の話だ。
ただ、玄人はまさに俺が来る直前、無事意識を取り戻したらしく、それを聞いて俺はほっと安堵した。今は迎えが来るまで、院内で待機しているという。
会いたい気持ちもあるが、ショッキングな出来事の後だ。今は余計な混乱を誘わないようにしよう。八月二日がやって来るまでには、一度話をしたいが。
……玄人。外鯨を思い出すような、気弱だけれど意志の強い……。
「……そう言えば双太さん、一つ聞きたかったんすけど」
「何だい?」
「盗み聞きするつもりはなかったんすけど、耳に入ってきて。……ゴーレム計画ってのは何なんです?」
「……アレか」
参ったな、というふうに双太さんは頭を掻く。やはり、聞かれたくはないことのようだ。言えないなら別に、と付け加えたのだが、
「ううん、普通の人が知るような話じゃないからさ。知っているだろうけど、GHOSTという組織は社会一般から見ると異様な活動をしている。人類の正しき進化というビジョンを掲げてね」
「人の魂がどうこうって話も永射にされましたよ。流石にビックリしましたけど……」
「ところが、そういうことを大真面目に研究している。それがGHOSTなんだ」
双太さんに真剣な顔でそう言われると、信じないわけにもいかない。ただ、それでも魂などというのは何かの比喩だろうと訝しんでしまうが。
道中、人とすれ違うことはなかったのだが、病院の前には今日もお年寄りが集まっている。この暑いのに、よくデモまがいのことを続けられるなと感心してしまう。
さてどうやって入ったものかと思案していると、建物の影から誰かが出てくるのが見えた。あれは……双太さんだ。
多分、双太さんは住民たちに見つからないよう裏口から出て、小休憩しているのだろうな。たまに外の空気を吸わないと気分が沈んでしまうのに違いない。
あの人にとってはどうか知らないが、俺にとってはちょうどいいタイミングだ。
人目につかないよう、俺も入口側から離れて植え込みの方へ向かう。そして、ガサガサと枝葉を掻き分けて敷地内へ入った。
ちょうど目の前で休んでいた双太さんは俺が木々の間から出てきたのに目を丸くして、
「こ、虎牙くん……?」
「どもっす。驚かせてすいませんね」
「あ、ああ……別に構わないんだけど、どうして」
「相変わらず色々調べ回ってるだけっすけどね。ちょうど双太さんが人目を避けてこっちに来てたんで」
そこまで言ってようやく、なるほどと頷いた双太さんは、
「こちらも時々だけど報告は受けてるよ。……辛いことばかりだね」
「それは……双太さんもそうでしょう」
言ってから、直球過ぎたことが申し訳なくなり、小声で謝る。双太さんはいいよ、と答えてから、寂しげに笑った。
「ただ……現実感がないかな。この一週間ちょっとで、色んなことがあり過ぎて。色んなものが、失くなって……」
「……そうっすね」
ふと、双太さんの方を見ると、その両の手が僅かに震えている。今にも泣き出しそうな彼の横顔は、小さな子供のようにも、或いは涙脆くなった壮年のようにも見えた。
「たまに、自分のしていることが分からなくなる。今自分は何をしているのか、それは本当に正しいことなのか。満ち足りた暮らしって何なのか。……今の僕たちは、欠けているものばかりだよ」
「双太さん……」
欠けているものばかり……何とも皮肉な言葉だ。それを病院の人間である双太さんが言うのだから余計に。
「いや、ごめん。そういう話をしても仕方がないよね。虎牙くんも事件を解決しようとしてくれてるんだ、僕もこっそりとではあるけれど、協力はしたい」
「助かるっす。……とりあえず先に聞いときたいんですけど、入口にいる人らはやっぱ電波塔建設に抗議してるんすよね」
「うん。やっぱり、二度も事件が起きたせいで……特にこの前の事件が衝撃的だったせいで、抗議の声は大きくなってる。広めたのは瓶井さんだけど、本人すら驚いているんじゃないかな。だって、輪の中に瓶井さんを見ていないし……」
「言われてみれば確かに」
騒いでいる人たちの中に瓶井さんはいない。事件が起きる度に姿を表しているそうだが、それきりだ。本人にも手がつけられない動きになったか……或いは、こういう形での抗議はムダだと考えている可能性も否定できないが。
少なくとも、如何にオカルト紛いといえど、連続する事件によって瓶井さんの声は大きくなっている。相手が久礼貴獅でなければ、電波塔の計画は頓挫していたかもしれないな。
そこからはしばらく、病院内で起きた例の事件について詳細を聞き取った。何の前触れもなく理魚ちゃんが侵入し、真っ直ぐ蟹田さんの病室へ向かい、呼吸器を外したらしいこと、偶然居合わせた――というか双太さんと話していた玄人が理魚ちゃんを追いかけ、屋上に着いたところで、彼女が自ら転落を選んだこと……。玄人がさっきまで意識を失っていたというのには驚いたが、彼にも色々あるからという双太さんの答えに、俺は過去の事情を察してそれ以上は突っ込まなかった。
俺と同じような、抱え込んだ過去の話だ。
ただ、玄人はまさに俺が来る直前、無事意識を取り戻したらしく、それを聞いて俺はほっと安堵した。今は迎えが来るまで、院内で待機しているという。
会いたい気持ちもあるが、ショッキングな出来事の後だ。今は余計な混乱を誘わないようにしよう。八月二日がやって来るまでには、一度話をしたいが。
……玄人。外鯨を思い出すような、気弱だけれど意志の強い……。
「……そう言えば双太さん、一つ聞きたかったんすけど」
「何だい?」
「盗み聞きするつもりはなかったんすけど、耳に入ってきて。……ゴーレム計画ってのは何なんです?」
「……アレか」
参ったな、というふうに双太さんは頭を掻く。やはり、聞かれたくはないことのようだ。言えないなら別に、と付け加えたのだが、
「ううん、普通の人が知るような話じゃないからさ。知っているだろうけど、GHOSTという組織は社会一般から見ると異様な活動をしている。人類の正しき進化というビジョンを掲げてね」
「人の魂がどうこうって話も永射にされましたよ。流石にビックリしましたけど……」
「ところが、そういうことを大真面目に研究している。それがGHOSTなんだ」
双太さんに真剣な顔でそう言われると、信じないわけにもいかない。ただ、それでも魂などというのは何かの比喩だろうと訝しんでしまうが。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
『忌み地・元霧原村の怪』
潮ノ海月
ホラー
とある年の五月の中旬、都会から来た転校生、神代渉が霧野川高校の教室に現れる。彼の洗練された姿に女子たちは興味を示し、一部の男子は不満を抱く。その中、主人公の森月和也は、渉の涼やかな笑顔の裏に冷たさを感じ、彼に違和感を感じた。
渉の編入から一週間が過ぎ、男子達も次第に渉を受け入れ、和也の友人の野風雄二も渉の魅力に引き込まれ、彼の友人となった。転校生騒ぎが終息しかけたある日の学校の昼休み、女子二人が『こっくりさん』で遊び始め、突然の悲鳴が教室に響く。そしてその翌日、同じクラスの女子、清水莉子が体調不良で休み、『こっくりさん』の祟りという噂が学校中に広まっていく。その次の日の放課後、莉子を心配したと斉藤凪紗は、彼女の友人である和也、雄二、凪沙、葵、渉の五人と共に莉子の家を訪れる。すると莉子の家は重苦しい雰囲気に包まれ、莉子の母親は憔悴した姿に変わっていた。その異変に気づいた渉と和也が莉子の部屋へ入ると、彼女は霊障によって変わり果てた姿に。しかし、彼女の霊障は始まりでしかなく、その後に起こる霊障、怪異。そして元霧原村に古くから伝わる因習、忌み地にまつわる闇、恐怖の怪異へと続く序章に過ぎなかった。
《主人公は月森和也(語り部)となります。転校生の神代渉はバディ訳の男子です》
【投稿開始後に1話と2話を改稿し、1話にまとめています。(内容の筋は変わっていません)】
【恋愛】×【ミステリー】失恋まであと五分~駅へ走れ!~
キルト
ミステリー
「走れっ、走れっ、走れ。」俺は自分をそう鼓舞しながら駅へ急いでいた。
失恋まであと五分。
どうしても今日だけは『あの電車』に乗らなければならなかった。
電車で居眠りする度に出会う不思議な女性『夜桜 結衣』。
俺は彼女の不思議な預言に次第に魅了されていく。
今日コクらなければ、二度と会えないっ。
電車に乗り遅れた俺は、まさかの失恋決定!?
失意の中で、偶然再会した大学の後輩『玲』へ彼女との出来事を語り出す。
ただの惨めな失恋話……の筈が事態は思わぬ展開に!?
居眠りから始まるステルスラブストーリーです。
YouTubeにて紹介動画も公開中です。
https://www.youtube.com/shorts/45ExzfPtl6Q
ダブルの謎
KT
ミステリー
舞台は、港町横浜。ある1人の男が水死した状態で見つかった。しかし、その水死したはずの男を捜査1課刑事の正行は、目撃してしまう。ついに事件は誰も予想がつかない状況に発展していく。真犯人は一体誰で、何のために、、 読み出したら止まらない、迫力満点短編ミステリー
【恋愛ミステリ】エンケージ! ーChildren in the bird cageー
至堂文斗
ライト文芸
【完結済】
野生の鳥が多く生息する山奥の村、鴇村(ときむら)には、鳥に関する言い伝えがいくつか存在していた。
――つがいのトキを目にした恋人たちは、必ず結ばれる。
そんな恋愛を絡めた伝承は当たり前のように知られていて、村の少年少女たちは憧れを抱き。
――人は、死んだら鳥になる。
そんな死後の世界についての伝承もあり、鳥になって大空へ飛び立てるのだと信じる者も少なくなかった。
六月三日から始まる、この一週間の物語は。
そんな伝承に思いを馳せ、そして運命を狂わされていく、二組の少年少女たちと。
彼らの仲間たちや家族が紡ぎだす、甘く、優しく……そしてときには苦い。そんなお話。
※自作ADVの加筆修正版ノベライズとなります。
表紙は以下のフリー素材、フリーフォントをお借りしております。
http://sozai-natural.seesaa.net/category/10768587-1.html
http://www.fontna.com/blog/1706/
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
この満ち足りた匣庭の中で 二章―Moon of miniature garden―
至堂文斗
ミステリー
それこそが、赤い満月へと至るのだろうか――
『満ち足りた暮らし』をコンセプトとして発展を遂げてきたニュータウン、満生台。
更なる発展を掲げ、電波塔計画が進められ……そして二〇一二年の八月、地図から消えた街。
鬼の伝承に浸食されていく混沌の街で、再び二週間の物語は幕を開ける。
古くより伝えられてきた、赤い満月が昇るその夜まで。
オートマティスム、鬼封じの池、『八〇二』の数字。
ムーンスパロー、周波数帯、デリンジャー現象。
ブラッドムーン、潮汐力、盈虧院……。
ほら、また頭の中に響いてくる鬼の声。
逃れられない惨劇へ向けて、私たちはただ日々を重ねていく――。
出題篇PV:https://www.youtube.com/watch?v=1mjjf9TY6Io
この欠け落ちた匣庭の中で 終章―Dream of miniature garden―
至堂文斗
ミステリー
ーーこれが、匣の中だったんだ。
二〇一八年の夏。廃墟となった満生台を訪れたのは二人の若者。
彼らもまた、かつてGHOSTの研究によって運命を弄ばれた者たちだった。
信号領域の研究が展開され、そして壊れたニュータウン。終焉を迎えた現実と、終焉を拒絶する仮想。
歪なる領域に足を踏み入れる二人は、果たして何か一つでも、その世界に救いを与えることが出来るだろうか。
幻想、幻影、エンケージ。
魂魄、領域、人類の進化。
802部隊、九命会、レッドアイ・オペレーション……。
さあ、あの光の先へと進んでいこう。たとえもう二度と時計の針が巻き戻らないとしても。
私たちの駆け抜けたあの日々は確かに満ち足りていたと、懐かしめるようになるはずだから。
【朗読の部屋】from 凛音
キルト
ミステリー
凛音の部屋へようこそ♪
眠れない貴方の為に毎晩、ちょっとした話を朗読するよ。
クスッやドキッを貴方へ。
youtubeにてフルボイス版も公開中です♪
https://www.youtube.com/watch?v=mtY1fq0sPDY&list=PLcNss9P7EyCSKS4-UdS-um1mSk1IJRLQ3
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる