この満ち足りた匣庭の中で 三章―Ghost of miniature garden―

至堂文斗

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Thirteenth Chapter...7/31

境遇を同じくして

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 空は徐々に明るさを取り戻し始めている。
 八月二日、電波塔が稼働する記念日には、すっかり晴空が戻るらしい。それが満月の夜だというのだから、嫌な符合に頭が痛くなる。
 夏休みの始まりは、俺や龍美にはもう意味を持たない。玄人は喜んでいるだろうか。いや、きっとあいつにとっても意味を失っていることだろう。
 満雀ちゃんには、もう長いこと会っていない。今更ながら、あの子の不思議な物言いが思い出され、もう一度話がしたくなっている。俺たちの親友だが、久礼貴獅の娘でもある彼女。もしかすれば、彼女こそが俺たちの中で一番、真実に近かったのかも。
 捜査の中で再会できるなら。そうは思うが、今まで会えていない以上、希望は持ち難い。満雀ちゃんは今、一体何処にいるのやら……。

「……駄目だな」

 オヤジはそう言いながらリモコンを手放す。……テレビの映らない朝。電波障害はやはり継続している。街の内部だけ電話が――それも固定電話だけが繋がるというのも奇怪な状態だが、全ては貴獅の計画の内なはず。
 こちらがムーンスパローで通信を傍受したように、いやそれ以上に、電波関係を掌握すれば通信を傍受し放題になる。ひょっとすれば前から幾らかはされていたのかもしれないが、今後は全てが見られていると思って気を付けた方がいいだろう。
 その兼ね合いもあり、今日は秘密基地に向かうことにした。ムーンスパローは大事なツールだし、何より俺たちの努力の結晶だ。その存在や、通信傍受の事実を知られてしまうわけにはいかない。既にバレているかもしれないが、とりあえず隠しておくくらいのことはしたいものだ。
 それから、龍美にも一度会っておかなければいけない。最悪、後から八木さんの研究所を直接訪ねるつもりだが、どこかで会えるならそれにこしたことはない。
 午前中はオヤジと廃墟探索の準備を進めた。懐中電灯はとりあえずあるだけ集め、他にも電波の有無を感知できるという小型の機械も用意してくれた。そもそも、家にそんなものがあったのに驚きだ。職業柄、確かにあってもおかしくはないけれど。
 昼食は早めにとり、俺は外での行動を開始する。オヤジには、龍美が来たら秘密基地だと伝えてくれと言って家を出た。
 空に浮かぶ雲は薄くなっているが、まだ雨の名残は地面に残っていて、山に入ると土のぬかるみに足を取られる。なので、近くにあった木の幹や、或いは道標の碑に手を添えながら、ゆっくりと歩いていく。……この碑も古くからあるものだけれど、その詳細はよく分かっていないな。
 道標とは、何処に向かってのことなのだろう。鬼封じの池周辺にまで碑があったのも驚きだし、思い返してみればあそこが一番多かった気すらする。
 道標の碑が、鬼封じの池に鬼を封じている結界に見えると、以前玄人は怖がっていた。でも、そこにはある種の真理があるかもしれない。あの場所に碑があることには、何かしらの意味がありそうだ…。
 そんなことを考えているうち、秘密基地に辿り着く。龍美がいたら嬉しい、くらいに思っていたが、先客は見当たらない。仕方がないので、一人でやりたいことをやっていこう。

「……むう」

 意気込みだけはあったものの、やはり視界が悪いと組立もままならない。せめて画面操作まで行けば音声案内で、と考えていたのだが、甘かったか。
 これくらいのことは一人でしたかったのに、と悔しさに頭をわしわしと掻いていたところで、不意に物音が聞こえた。……野生の動物だろうか。
 振り返り、そこに人影が見えるのに気付く。男ではない。……あれは。

「虎牙!」

 聞き慣れた声。多少上擦ったその声に喜びが込み上げるとともに、いや冷静でいなければという気持ちも相まって、返事はつっけんどんなものになってしまう。
 素直じゃない奴だと思われてるんだろうが、本心を隠してしまうのは性格上仕方のないことなのだ。

「無事で良かったわ。蟹田さんから、捕まったって聞いたから」
「ああ……不注意だった。まさか背後から殴られるとまでは思ってなかったからよ」
「だ、大丈夫なの?」
「ちょっとこぶになったくらいだ。……それより、お前の方が大変だったんだろ」

 俺の言葉に、何故か龍美は瞳を潤ませて、

「あんたとお揃いになっちゃったわね」

 そう呟くのだった。
 俺たちはそれから、ムーンスパローの組立をしつつ、数日間で見聞きしたことの報告や、互いの考え方などを披露しあった。八木さんを協力者にしている龍美の仮説も中々興味深かったが、まだ俺以上にまとまりのない考えに留まっていた。
 赤目については、八木さんが河野理魚の家を訊ねているそうで、あの子がどうして赤目になったのか、異常行動の理由は何か、詳らかにできる可能性はあるようだ。
 廃墟探索のことは、龍美から八木さんに伝えてくれるということで素直に感謝した。電話が盗み聞きされている懸念はあるが、まあ上手いことやれるだろう。その辺は心配していない。
 ムーンスパローで一応通信の観測をしてから、履歴の削除に移る。話しているうちに龍美はやることを忘れてしまっていたようで、俺が削除しないとというのに、思い出したという風に手を叩いた。
 結局龍美がほぼ一人でやってくれた形だが、仕方がない。特に俺たちには得手不得手がある。そういう意味では、彼女が頑張ってキーを叩いてくれたのは尚申し訳ないけれど。
 また、道標の碑についても、龍美が調べを進めてくれることになった。もう昔の記憶だが、俺たちで碑の数を調べようとしたことがあったし、それを引っ張り出して再調査すれば少しは楽だろうとのことだ。数だけでなく分布も分かれば、そこから何かが読み解けるかもしれない。

「……さて、そんじゃやることもやったし。今日のところはこれで解散とするかね。俺はまた別の場所に行く予定だが、龍美は?」
「私は観測所に戻るわ。そろそろ八木さんも帰ってるかもしれないし」
「はいよ。八木さんに鬼封じの池の件、伝えといてくれよ。そんで答えは夜に電話でくれたらいい。通信妨害されてるみてえだが、街の内部なら繋がるっぽいしな」

 確たる証拠があるわけではないが、もう断定しておいても構わないだろう。八月二日が訪れるまで、電波すらここを出ることは叶わない。
 さあ、そこから先はどうなのか。それが命題なわけだが、希望を膨らませるためにも、俺たちは努力しなければ。

「そんじゃな」
「はーい。またね」

 別れの挨拶がわざとらしいほど明るいのは、無理をしてのことだと理解して、俺もあいつに笑顔を残す。
 ちゃんとまた会えるし、これから先も会えるのだと、安心させるように。
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