この満ち足りた匣庭の中で 三章―Ghost of miniature garden―

至堂文斗

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Twelfth Chapter...7/30

凶報

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 知らせが入ったのは、午後三時のことだった。やけにけたたましく聞こえる電話の音に俺は驚いたが、オヤジは対照的に落ち着き払った様子で受話器を取った。

「はい、佐曽利ですが」

 答えてから、オヤジの表情は段々と曇っていく。そして最後に消え入りそうな声で、そうですか、では、と口にするとゆっくり受話器を戻した。

「……なんか深刻そうだったけど」
「ちょうどお前が病院から戻ってからのことらしいが……事件が起きたらしい」
「何だって?」

 事件。これまでのことを考え、とうとう貴獅でも殺されたのかと一瞬だけ頭に浮かんでしまう。だが、オヤジから告げられたのは予想外の名前だった。

「牛牧からの報告だが……蟹田郁也くんの呼吸器が何者かによって外されたんだと。比較的早急に気づいたので命に別状はないそうだ」
「か、蟹田さんが……!?」

 まさか彼が狙われるなど思っても見なかった。素性がバレているとは考え難かったからだ。けれど……俺や龍美が出入りするところを見られていたとしたら。監視カメラなんかには映っていないとは思うが……言い切れる自信はない。

「貴獅の野郎か……!」
「……いや、そうではないらしい」
「え……?」

 オヤジの口から次に飛び出した名前も、また予想外のもので。

「河野理魚……お前も知っているとは思うが、その子が院内で目撃されている。そして、追跡された後屋上まで逃げ……そこから転落したんだと」
「転、落……?」

 河野理魚と言えば、今朝もちょうど話題に出た少女だ。俺たちのクラスメイトではあるが、精神疾患により頻繁に欠席している女の子。……第一の事件の折、玄人がそれらしい影を見たと言うのは正直半信半疑だった。しかし、今回は間違いなく実体だ。
 何故彼女が事件に関わってくる?
 何故蟹田さんに危害を加え、その後自棄になったかのように飛び降りた?
 ……あまりにも突然降って湧いた謎に、思考が追いつかなかった。

「じゃあその、理魚ちゃんがほぼ確実に犯人ってことなんだよな……?」
「どうもな。しかも……目撃者はまたしても真智田くんだということだ」

 玄人。理魚ちゃんの後にその名前が出たときには、やはりそうなるのかという思いの方が強かった。そう……またしても、だ。玄人が気に掛けていた少女が、よりによってあいつのいる所で凶行に至るだなんて。
 偶然とは思えないほどに、あいつは巻き込まれ続けている。もちろん、加害者でもないのに……。

「玄人は?」
「ショックが大きく、そのまま気を失ってしまったそうだ。緊急で個室をあてがってもらって、今は病室で眠っているという」
「……畜生」

 最初は、仲間が巻き込まれないようにと逃亡生活を始めたのに。
 龍美は俺と同じ容疑者になり、玄人は何度も事件を目撃する目となっている。皮肉が過ぎる。
 ……それに、満雀ちゃんはどうしているのだろうな。院内に何度も忍び込んでいるが、一切見かけていない。

「理魚という女の子も、落下したのが植込みの上で、奇跡的に無事だったそうだ。当然、重傷を負って意識はないとのことだが……」
「何だってあんな子が、蟹田さんの呼吸器を外すなんて真似するってんだよ? 誰かに脅されてたのか……?」

 自分で言っておいて、その有り得なさに緩々と首を振る。……精神疾患なんだ。彼女が誰かに脅されたからと言って、指示に従い動くことがそもそも難しいはず。
 では、彼女の行動は何の脈絡もない突発的なものだったのか? そうとも考え難い。……納得のいく筋書きが見当たらなかった。

「牛牧からの報告も撮り急ぎのものだったし、詳細は不明だ。ただ、やはり理魚という子は夢遊病のようにふらふら歩いていたらしいが……」

 それと、とオヤジは付け加える。
 その補足は、俺にとって大きな衝撃とともに、微かな光明を与えるものだった。

「その子の目が、やけに充血して赤くなっていたというのは聞いた」

 赤い、目。

「レッドアウト――」

 昨日、八木さんから聞いた話が蘇る。
 脳に過度な負荷が生じ、眼球付近に血液が集中した結果、目が赤く染まる状態。目の色と同じように、その人物の視界も真っ赤に染まるらしい。
 赤い満月が昇る夜、全てが狂い、鬼が嗤う。
 三鬼村に伝わる祟りが隠れ蓑であることを永射は語ったし、鬼についての整合性は確かにあった。では、赤い満月にはどんな意味があるのか。それもまた隠れ蓑であるならば、超常的なものではなく、必然的な何かがあってもおかしくないはずだ……。

「……それも、あの場所に繋がってるってのか……?」

 鬼封じの池に取り残された遺物。
 過去からの嘆き。悲しき廃墟。
 伝承があの場所を起点にしているのなら、それすらもまた。

「赤い目、か。……それが犯人の、せめて尻尾だけでも掴める手掛かりになればな」

 八月二日まであと三日に迫った午後。
 神頼みのような言葉を繰り返さねば、俺は平常心を保てなくなりそうな気持ちになっていた。
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