この満ち足りた匣庭の中で 三章―Ghost of miniature garden―

至堂文斗

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Twelfth Chapter...7/30

頓挫した計画

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 足音に気を付けながら階段を下りていく。取り留めもないことが浮かんでは消えていく。頭の中をすり抜けていくもの。満ち足りるために欠け落ちるもの。俺たちの世界は――。
 ふいに何処かから声が聞こえて、反射的に俺は立ち止まった。
 多分……今の声は、双太さんだ。

「……ってことですか」
「致し方あるまい」

 相手は貴獅らしい。この二人だけで会話しているのを聞くのは、思えば初めてのことかもしれない。ついこの前まではただ、医者としての先輩後輩と認識していたが、今は違う。二人は闇深い組織に所属する者同士に相違ないのだ……。

「見限られてしまう程度のプロジェクトだった、そういうことだ。実際、私もあの手法については美しくないと感じていた」
「ええ……それについては同感ですが」

 どうやら、この街で行われているのとは別の研究について話しているようだ。しかも、そのプロジェクトは頓挫してしまったといったところか。
 双太さんの方は、少し未練めいたものがあるようだが……。

「人類の進化……命の延長。人としての尊厳、自由との両立は、難しいものですね」
「ゴーレム計画はそうだったという話だ。私は、私のプログラムを信じている」
「……そう、ですか」

 GHOST内でも無数の研究があり、そのいずれもが人類の進化を目指している。聞こえはいいが、それらはきっと全て、過程において人の幸せを犠牲にしているように思えてならない。
 WAWプログラム。貴獅が自信を持っているその計画すら、人道的な問題があるというのはチラついているのだし。

「……佐曽利さんほどの腕があれば、ゴーレム計画は何か違っていたでしょうか」
「出来の良さやコストよりも、もっと本質的な部分だろう。あれには……自由がない」

 オヤジ? どうしてそこでオヤジの名前が出てくるのだろう。病院から仕事を請け負っているだけで、GHOSTとの直接的な関わりはないはずだが。
 ……いや、その仕事の出来栄えが、ゴーレム計画とやらを左右するかもしれない要素だから双太さんはオヤジの名を出したのだろう。仮にGHOSTがその計画を前向きに進めていたら、オヤジが勧誘されることもあったかもしれないのか。

「今は信じろ。君や、満雀や、この街に住まう者たちが自由になれる少し先の未来を」
「……ええ、分かりました」

 貴獅が求める自由。この街に住まう者たちが手にできるという自由とは、何なのか。少なくとも、双太さんもそれを完全には知らないような雰囲気で。
 ただ、自由を求めなければならないほど、今が不自由なのであることもまた、何となく感じられた。
 ここは――満ち足りた暮らしを掲げる場所だというのに。





「ゴーレム計画って聞いたことあるか?」

 帰宅した俺は、忘れないうちにオヤジへ確認だけとってみることにした。ただまあ、当然ながらオヤジは初耳らしく、

「何だそれは」

 と聞き返されてしまった。GHOSTが進めていた計画の一つらしいと答えたら、

「初耳だな。そもそも、そういった計画について俺が耳にするはずもない」
「まあ、外部にそう易々と情報は漏らさねえか」

 たとえオヤジにゴーレム計画とやらへの協力依頼があったとしても、奴らがその全貌を伝えることはなさそうだ。都合の良い部分だけを切り取り、納得させ、手足とする。そういうのが常套手段なのではなかろうか。

「……ゴーレムと言えば、今では小説やゲームなどで名が知られるようになったが、元々はユダヤの伝承に登場する泥人形のことだ。主人の指示に対し忠実に従うものの、ルールを破ると凶暴化してしまうという。そんなものの名を計画の名称にするとはな……一体どのようなものなのやら」

 泥人形、か。人類の進化を謳う組織としては少しネガティブなネーミングに思える。立案者のセンスなのだろうが、イメージ的に良い進化ではなさそうだ。
 たとえば、今しがた説明してくれたゴーレムの描写そのままに、人間を指示に対して忠実に従うようにする、というような。
 ……しかし、そこでオヤジの名が出たのはどういう理由か。

「……人形、か」

 オヤジの方は、何かを納得したような顔でそう呟く。……人形。形作られたもの。

 ――ああ、そうか。

 欠け落ちたもの。満ち足りないものを埋めること。
 オヤジの腕は、そのために求められていたわけか。

「オヤジは、自分の仕事がどれくらい好きなんだ?」

 ふと投げかけてしまった問いだが、言い切ってからその重さに気付く。
 オヤジはしばらくの間、難しい表情で宙を見つめていた。

「失くしたものを、完全にとはいかずとも埋め合わせられる……その役割を担えることは、当然誇りに思っている。だからこそ……それが悪用されることについては、怒りしかない」
「……だよな」

 オヤジが調査に協力的なのには、そうした理由も大きいに違いない。それに、牛牧さんとの友情もか。難しい立場で苦しんでいる牛牧さんを、この事件の解決によって救えるかもという思いだってきっとある。

「なあ、オヤジ。一緒に調べ物に出てくれねえかな。生憎俺一人じゃ大した成果も上げられないだろうし……詳しい大人が必要なんだよ」
「調査……か。お前が言っていた施設跡のことだな」
「そう。他にも頼んでる人はいるけど、答えは保留されてるし」

 蟹田さんも、街にいるのが調査のためだと言うし、なんとか都合はつけてくれそうだが、ハッキリとはしない。それならオヤジも誘っておく方が得策だろう。

「この機会だ、何より時間も限られているし、調査には立ち会うとしよう。俺がいて役に立つことがあるかは分からんが」
「機械関係はサッパリだし、俺は目も良くねえんだ。実際、俺の方がいても仕方ねえくらいだろ。ま、助かる」
「構わん。……いずれ治まると、悠長に構えているべきではなかったな」

 いや、平和に慣れた人にとっては、それが普通なのかもしれないが。
 この街はもう、そこからあまりにもかけ離れてしまった。

「これ以上の事件は勘弁だな」

 祈るように呟いた言葉。
 けれど結局、それはただの祈りでしかないことを、程なく痛感することになるのだが。
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