この満ち足りた匣庭の中で 三章―Ghost of miniature garden―

至堂文斗

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Twelfth Chapter...7/30

探偵への報告②

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「そちらで掴んだ情報とかは?」
「うん。病院にいて仕入れられたのは、早乙女さんが間違いなく他殺であること、死因は首を絞められたことによる窒息死で、死後に死体損壊がされていること、血の手形が早乙女さんの血で付けられ、その指紋が早乙女さんのものではないこと……くらいか。ああ、それからこれはもう耳に入っているかもしれないけど、警察はしばらく来ないようだね」
「あいつが呼ばなかったから……」
「どうもそうらしい」

 恐らく、その事実は第二の事件が発生した事で追及され、明らかになったのだろう。正直なところ、側から見れば事件か事故か曖昧な永射の事件だけでは、一刻も早く警察が来てくれなければ、と思う人は少なかったんじゃなかろうか。土砂崩れが起きたなら、復旧を待つしかないという諦めが勝っていた気がする。

「警察の介入は実験の邪魔ということだ。たとえ仲間が殺されても。……半ば分かっていたことだけれど、やっぱり外部の力はこの事件においてあまり期待できない」
「こっから先も当然自力っすね」

 まあ、それはもう期待していない。頼れるのは自分と、自分が信じる一握りの人間だけだ。

「ただ、指紋が調べられれば犯人が分かりそうなものだったけど……何となく、犯人もまた自分が捕まらない自信というか、久礼さんが警察を呼ばないという確信があったのかもしれないな」
「……その後のこともあんまり考えてなさそうっすよね。犯人も八月二日に何かが起きるのを知ってる……?」
「その可能性は十分あるし、だとすれば犯人は状況を利用しているわけだ」

 そんな状態の中、貴獅に勝算はあるのだろうか? とにかく八月二日まで生き残れればいいだとか、破滅的な考えでいるのだろうか……?

「巻き込まれている身としては、余計に不安が募るだけなんだがねえ」
「……結局、その最終目的である研究ってどんなものなんでしょうね。軍事研究のニオイはしますけど」
「うん、その考えで大方間違いないだろう。軍事技術の転用、昇華……恐らくは電波関係だけど、具体的にどういったものかだ」

 事件前の永射の台詞。病院の地下にある研究区画。危なげな研究を匂わせるものばかりを見聞きしてきた。
 そう、あの鬼封じの池を起点として。

「……ねえ、蟹田さん。鬼封じの池に何があるか、蟹田さんは知ってるんすか?」
「む、急にどうしてそんな話を」
「いえ……気になっただけで」

 蟹田さんはふむ、と呟き、少し様子を伺うようにこちらをじっと見つめてから、

「……うん、まあ知っている。君の言葉を真似ると、それは俺が追っているもののニオイがしているからだ」
「蟹田さんが……」

 確か、蟹田さんは通信技術関係の調査をしていると話していた。この街で行われている研究、その技術が悪しきものではないか調べているのだと。
 なるほど、永射もその技術が旧日本国軍のものだと説明していたのだし、ルーツとでも言うべきその場所には、当然蟹田さんも関心を抱いていたわけだ。

「君は調査に向かったクチか。生憎俺はまだ現地に行けていないが……過去の文献から一つの結論は出せていた」
「文献って、そんなのが今も残って……?」
「苦労したよ。牛牧さんに頼み込んで、古い本が収蔵されている施設や、或いは個人宅なんかも教えてもらってね。断片的には情報を得られた」

 ……逆に言えば、蟹田さんのような苦労をしてようやく、僅かばかりの情報が得られたということだ。俺たちなんかでは、文献から情報を得るというのは不可能に近いだろう。

「……俺は永射から、あれが戦時中の軍事研究所というのを聞きました。あいつらの研究はそれを下敷きにしているってことだったんで、ヤバいと確信を持つようになったんすよ」
「津田密約、というやつだね。当時の三鬼村村長が結ばされた、軍の存在を漏らさないという約束事。過去の記録によれば、津田某村長を含め何代もの村長が後悔するほど、それは酷い研究だったらしい……」

 永射が語っていた密約も、過去の事実のようだ。地元住民である瓶井さんすら知らない過去が記録としてちゃんと残り、それを知りたい者の手にきちんと渡っている。それは奇跡的なことだと思えた。

「俺たち、あの廃墟……研究所跡で色んなものを見ました。ただ、暗い上に俺の目だと特に……。他の連中の怖い気持ちがあったりでまともには調べられてないはずだし、過去を知った今、改めて調査に行きたいと思ってたんすよ」
「なるほど。有用な調査だとは俺も思う」
「蟹田さん、調査に同行してくれないっすか? 
コンピュータ関係に詳しいなら打ってつけですし」

 丁度いいタイミングだったので、朝に考えていたことを蟹田さんにぶつけてみる。この人ならきっと食い付いてくれる、と期待してだったが、蟹田さんは案に相違して悩ましげな表情を浮かべた。

「以前からそうしたいとは思っていたんだが、これまでは長いこと抜けるのが難しくてね。……確かに、協力者が増えた今ならそういうことも出来そうだし、少し考えさせてもらってもいいかな?」
「もちろん。そもそも、俺は誰かの協力がなきゃ無力っすから。腕っ節にしか自信は無いんで」
「はは、護衛としては頼もしいじゃないか」

 今の入院生活は、牛牧さんの協力により成り立っている。蟹田さんも蟹田さんで、守りたいものはあるんだよな。好き勝手振る舞えるわけではないことを、今更ながら理解する。

「他の人でも考えてるんで、無理にとは言わないっす。また結論を教えてくれたら」
「佐曽利さんとかかな? まあ、了解した。牛牧さん伝いになるかもしれないけれど、早めに伝えるよ」
「了解っす」

 今のところ話したいことはこれくらいか。あまり長居すると見つかるかもしれないし、用が済んだならさっさとお暇するとしよう。

「じゃあまた」

 蟹田さんはぶらぶらと手を振って俺を見送る。良い返事を、と言う気持ちを込めて一瞥し、俺は病室を後にした。

 ――さて、どうなるか。

 蟹田さんの参戦によって、また大きく事態が進展してくれるならありがたいのだが。
 その進展がプラスなものであることも祈る。
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