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Twelfth Chapter...7/30
探偵への報告①
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改めての感謝と、それから協力を打診するために、俺は蟹田さんのいる病院を目指していた。現状で一番怪しまれていないはずで、また匿っている人がいないということもある。可否はともかく、まず頼むなら彼だろうと判断したのだ。
ただ、一度捕まった敵地に自ら乗り込むのは中々ハードルが高い。なるべく慎重に、見つかりそうなら訪問は保留するつもりだった。
「……ん……?」
病院付近までやってきたとき、そこに普段とは異なる光景を見る。どうも、入口のあたりに人だかりができているようだ。
自動ドアでも壊れたのか、と最初は呑気に考えていたが、集まっている住民たちの表情は険しげだった。
「全く、あの人は現状を楽観しすぎなんじゃ」
「今に恐ろしいことになるぞ」
「まあ、今日のところは一旦引き上げるとするかの……」
老人たちの物言いはどうにも不穏だ。貴獅に向けられた言葉らしく、何となく事情は理解できるのだが。
恐らく、昨日の一件で住民の不安が我慢しきれないところまで達したのだろう。二度目の事件、それも今度は病院に通う人たちには身近な早乙女さんが犠牲になる事件が起き、しかもその遺体は無惨にも腹を裂かれていたというのだから。
瓶井さんのパフォーマンスは、大きすぎるほどの影響を与えたのだ。僅かでも疑念を抱いていた住民たちは、今やその種子を萌芽させ病院を敵視するようになっている。
かつての平穏は本当に見る影もない。いや、本当は元々薄氷の上の平和だったのだろうけれど。
感傷的になっていても仕方がない。俺はお年寄りたちが引き上げたのを見計らって、病院の外壁付近まで接近した。昨日脱出した勝手口は閉まっていたので、仕方なく正面入口から侵入する。客がいないときは受付もときどき奥に引っ込んでいるのでありがたい。
303号室に到着し、ドアをノックする。どうぞという声が聞こえたので、俺はガラガラとドアを開いて入室した。
「やあ、来るんじゃないかと思ってたよ」
「どうも。先日は助かりました」
蟹田さんは普段と変わらない飄々とした態度で迎えてくれた。俺も軽い挨拶をしてから、近くの椅子に腰掛ける。
「しかし、まさかの事態になってしまったね」
「全く。蟹田さんはまだ詳しい事情、知らないんすか?」
「龍美ちゃんとはあれからまだ会えていないからね。……正直、自分の考えが毎度裏目に出ていてショックだよ」
「それは蟹田さんのせいじゃ……」
などと気休めを言っても何も変わらないと思い、俺は途中で言葉を飲み込んだ。
「龍美は地下室の鍵を持って、永射邸に忍び込んだんすよね」
「ああ。そこで早乙女さんと鉢合わせしてしまったのか、中で起きたことは把握できていない。結果として、翌日に早乙女さんが遺体で見つかったことだけは確かな事実だ」
「蟹田さんは、龍美が犯人だって可能性も考えて?」
「いや、それは無いと見ている。現場にはガストン・ルルーよろしく、血の手形がついていたそうだしね。指紋も確認できて、しかもそれは早乙女さんのものじゃないらしい。龍美ちゃんにはあれをつけられない」
「そうっすよね……」
そう、龍美には自分であの手形をつけることができない。なら、他の誰かがやったと見る方が自然なのだ。
「ただ、どうしてあの場面で早乙女さんが殺されなければならなかったのか……それは不明だ。殺す必要があったとして、もっと密かに事を進めることもできたはず」
「そうっすよね。わざわざ龍美がいるときに……」
「いると思っていなかった、という可能性も無くはないけど、そこまで迂闊だとは思い難いな。虎牙くんのときもそうだけどさ」
「ええ……」
罪を擦りつけたい? 確かに今、俺は龍美が一番の容疑者にはなっているが、だとすれば現場に施された修飾は本当に無意味だ。
綺麗に筋の通る仮説が浮かばない。そんなものがあるのかすらも、正直疑いたくなるほどだった。
「第二の事件についてはまだ情報も少ない。とりあえず、今龍美ちゃんはどこかに隠れているのかな」
「八木さんのところに。あいつ、歳上の男が好きっすからね」
「そんな嫉妬っぽく言わない。……そうか、身を隠せているならよかった」
蟹田さんも本当に心配していたのだろう。それは心からの安堵に見えた。
ただ、一度捕まった敵地に自ら乗り込むのは中々ハードルが高い。なるべく慎重に、見つかりそうなら訪問は保留するつもりだった。
「……ん……?」
病院付近までやってきたとき、そこに普段とは異なる光景を見る。どうも、入口のあたりに人だかりができているようだ。
自動ドアでも壊れたのか、と最初は呑気に考えていたが、集まっている住民たちの表情は険しげだった。
「全く、あの人は現状を楽観しすぎなんじゃ」
「今に恐ろしいことになるぞ」
「まあ、今日のところは一旦引き上げるとするかの……」
老人たちの物言いはどうにも不穏だ。貴獅に向けられた言葉らしく、何となく事情は理解できるのだが。
恐らく、昨日の一件で住民の不安が我慢しきれないところまで達したのだろう。二度目の事件、それも今度は病院に通う人たちには身近な早乙女さんが犠牲になる事件が起き、しかもその遺体は無惨にも腹を裂かれていたというのだから。
瓶井さんのパフォーマンスは、大きすぎるほどの影響を与えたのだ。僅かでも疑念を抱いていた住民たちは、今やその種子を萌芽させ病院を敵視するようになっている。
かつての平穏は本当に見る影もない。いや、本当は元々薄氷の上の平和だったのだろうけれど。
感傷的になっていても仕方がない。俺はお年寄りたちが引き上げたのを見計らって、病院の外壁付近まで接近した。昨日脱出した勝手口は閉まっていたので、仕方なく正面入口から侵入する。客がいないときは受付もときどき奥に引っ込んでいるのでありがたい。
303号室に到着し、ドアをノックする。どうぞという声が聞こえたので、俺はガラガラとドアを開いて入室した。
「やあ、来るんじゃないかと思ってたよ」
「どうも。先日は助かりました」
蟹田さんは普段と変わらない飄々とした態度で迎えてくれた。俺も軽い挨拶をしてから、近くの椅子に腰掛ける。
「しかし、まさかの事態になってしまったね」
「全く。蟹田さんはまだ詳しい事情、知らないんすか?」
「龍美ちゃんとはあれからまだ会えていないからね。……正直、自分の考えが毎度裏目に出ていてショックだよ」
「それは蟹田さんのせいじゃ……」
などと気休めを言っても何も変わらないと思い、俺は途中で言葉を飲み込んだ。
「龍美は地下室の鍵を持って、永射邸に忍び込んだんすよね」
「ああ。そこで早乙女さんと鉢合わせしてしまったのか、中で起きたことは把握できていない。結果として、翌日に早乙女さんが遺体で見つかったことだけは確かな事実だ」
「蟹田さんは、龍美が犯人だって可能性も考えて?」
「いや、それは無いと見ている。現場にはガストン・ルルーよろしく、血の手形がついていたそうだしね。指紋も確認できて、しかもそれは早乙女さんのものじゃないらしい。龍美ちゃんにはあれをつけられない」
「そうっすよね……」
そう、龍美には自分であの手形をつけることができない。なら、他の誰かがやったと見る方が自然なのだ。
「ただ、どうしてあの場面で早乙女さんが殺されなければならなかったのか……それは不明だ。殺す必要があったとして、もっと密かに事を進めることもできたはず」
「そうっすよね。わざわざ龍美がいるときに……」
「いると思っていなかった、という可能性も無くはないけど、そこまで迂闊だとは思い難いな。虎牙くんのときもそうだけどさ」
「ええ……」
罪を擦りつけたい? 確かに今、俺は龍美が一番の容疑者にはなっているが、だとすれば現場に施された修飾は本当に無意味だ。
綺麗に筋の通る仮説が浮かばない。そんなものがあるのかすらも、正直疑いたくなるほどだった。
「第二の事件についてはまだ情報も少ない。とりあえず、今龍美ちゃんはどこかに隠れているのかな」
「八木さんのところに。あいつ、歳上の男が好きっすからね」
「そんな嫉妬っぽく言わない。……そうか、身を隠せているならよかった」
蟹田さんも本当に心配していたのだろう。それは心からの安堵に見えた。
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