この満ち足りた匣庭の中で 三章―Ghost of miniature garden―

至堂文斗

文字の大きさ
上 下
65 / 88
Twelfth Chapter...7/30

探偵への報告①

しおりを挟む
 改めての感謝と、それから協力を打診するために、俺は蟹田さんのいる病院を目指していた。現状で一番怪しまれていないはずで、また匿っている人がいないということもある。可否はともかく、まず頼むなら彼だろうと判断したのだ。
 ただ、一度捕まった敵地に自ら乗り込むのは中々ハードルが高い。なるべく慎重に、見つかりそうなら訪問は保留するつもりだった。

「……ん……?」

 病院付近までやってきたとき、そこに普段とは異なる光景を見る。どうも、入口のあたりに人だかりができているようだ。
 自動ドアでも壊れたのか、と最初は呑気に考えていたが、集まっている住民たちの表情は険しげだった。

「全く、あの人は現状を楽観しすぎなんじゃ」
「今に恐ろしいことになるぞ」
「まあ、今日のところは一旦引き上げるとするかの……」

 老人たちの物言いはどうにも不穏だ。貴獅に向けられた言葉らしく、何となく事情は理解できるのだが。
 恐らく、昨日の一件で住民の不安が我慢しきれないところまで達したのだろう。二度目の事件、それも今度は病院に通う人たちには身近な早乙女さんが犠牲になる事件が起き、しかもその遺体は無惨にも腹を裂かれていたというのだから。
 瓶井さんのパフォーマンスは、大きすぎるほどの影響を与えたのだ。僅かでも疑念を抱いていた住民たちは、今やその種子を萌芽させ病院を敵視するようになっている。
 かつての平穏は本当に見る影もない。いや、本当は元々薄氷の上の平和だったのだろうけれど。
 感傷的になっていても仕方がない。俺はお年寄りたちが引き上げたのを見計らって、病院の外壁付近まで接近した。昨日脱出した勝手口は閉まっていたので、仕方なく正面入口から侵入する。客がいないときは受付もときどき奥に引っ込んでいるのでありがたい。
303号室に到着し、ドアをノックする。どうぞという声が聞こえたので、俺はガラガラとドアを開いて入室した。

「やあ、来るんじゃないかと思ってたよ」
「どうも。先日は助かりました」

 蟹田さんは普段と変わらない飄々とした態度で迎えてくれた。俺も軽い挨拶をしてから、近くの椅子に腰掛ける。

「しかし、まさかの事態になってしまったね」
「全く。蟹田さんはまだ詳しい事情、知らないんすか?」
「龍美ちゃんとはあれからまだ会えていないからね。……正直、自分の考えが毎度裏目に出ていてショックだよ」
「それは蟹田さんのせいじゃ……」

 などと気休めを言っても何も変わらないと思い、俺は途中で言葉を飲み込んだ。

「龍美は地下室の鍵を持って、永射邸に忍び込んだんすよね」
「ああ。そこで早乙女さんと鉢合わせしてしまったのか、中で起きたことは把握できていない。結果として、翌日に早乙女さんが遺体で見つかったことだけは確かな事実だ」
「蟹田さんは、龍美が犯人だって可能性も考えて?」
「いや、それは無いと見ている。現場にはガストン・ルルーよろしく、血の手形がついていたそうだしね。指紋も確認できて、しかもそれは早乙女さんのものじゃないらしい。龍美ちゃんにはあれをつけられない」
「そうっすよね……」

 そう、龍美には自分であの手形をつけることができない。なら、他の誰かがやったと見る方が自然なのだ。

「ただ、どうしてあの場面で早乙女さんが殺されなければならなかったのか……それは不明だ。殺す必要があったとして、もっと密かに事を進めることもできたはず」
「そうっすよね。わざわざ龍美がいるときに……」
「いると思っていなかった、という可能性も無くはないけど、そこまで迂闊だとは思い難いな。虎牙くんのときもそうだけどさ」
「ええ……」

 罪を擦りつけたい? 確かに今、俺は龍美が一番の容疑者にはなっているが、だとすれば現場に施された修飾は本当に無意味だ。
 綺麗に筋の通る仮説が浮かばない。そんなものがあるのかすらも、正直疑いたくなるほどだった。

「第二の事件についてはまだ情報も少ない。とりあえず、今龍美ちゃんはどこかに隠れているのかな」
「八木さんのところに。あいつ、歳上の男が好きっすからね」
「そんな嫉妬っぽく言わない。……そうか、身を隠せているならよかった」

 蟹田さんも本当に心配していたのだろう。それは心からの安堵に見えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【恋愛】×【ミステリー】失恋まであと五分~駅へ走れ!~

キルト
ミステリー
「走れっ、走れっ、走れ。」俺は自分をそう鼓舞しながら駅へ急いでいた。 失恋まであと五分。 どうしても今日だけは『あの電車』に乗らなければならなかった。 電車で居眠りする度に出会う不思議な女性『夜桜 結衣』。 俺は彼女の不思議な預言に次第に魅了されていく。 今日コクらなければ、二度と会えないっ。 電車に乗り遅れた俺は、まさかの失恋決定!? 失意の中で、偶然再会した大学の後輩『玲』へ彼女との出来事を語り出す。 ただの惨めな失恋話……の筈が事態は思わぬ展開に!? 居眠りから始まるステルスラブストーリーです。 YouTubeにて紹介動画も公開中です。 https://www.youtube.com/shorts/45ExzfPtl6Q

『忌み地・元霧原村の怪』

潮ノ海月
ホラー
とある年の五月の中旬、都会から来た転校生、神代渉が霧野川高校の教室に現れる。彼の洗練された姿に女子たちは興味を示し、一部の男子は不満を抱く。その中、主人公の森月和也は、渉の涼やかな笑顔の裏に冷たさを感じ、彼に違和感を感じた。 渉の編入から一週間が過ぎ、男子達も次第に渉を受け入れ、和也の友人の野風雄二も渉の魅力に引き込まれ、彼の友人となった。転校生騒ぎが終息しかけたある日の学校の昼休み、女子二人が『こっくりさん』で遊び始め、突然の悲鳴が教室に響く。そしてその翌日、同じクラスの女子、清水莉子が体調不良で休み、『こっくりさん』の祟りという噂が学校中に広まっていく。その次の日の放課後、莉子を心配したと斉藤凪紗は、彼女の友人である和也、雄二、凪沙、葵、渉の五人と共に莉子の家を訪れる。すると莉子の家は重苦しい雰囲気に包まれ、莉子の母親は憔悴した姿に変わっていた。その異変に気づいた渉と和也が莉子の部屋へ入ると、彼女は霊障によって変わり果てた姿に。しかし、彼女の霊障は始まりでしかなく、その後に起こる霊障、怪異。そして元霧原村に古くから伝わる因習、忌み地にまつわる闇、恐怖の怪異へと続く序章に過ぎなかった。 《主人公は月森和也(語り部)となります。転校生の神代渉はバディ訳の男子です》 【投稿開始後に1話と2話を改稿し、1話にまとめています。(内容の筋は変わっていません)】

ダブルの謎

KT
ミステリー
舞台は、港町横浜。ある1人の男が水死した状態で見つかった。しかし、その水死したはずの男を捜査1課刑事の正行は、目撃してしまう。ついに事件は誰も予想がつかない状況に発展していく。真犯人は一体誰で、何のために、、 読み出したら止まらない、迫力満点短編ミステリー

【恋愛ミステリ】エンケージ! ーChildren in the bird cageー

至堂文斗
ライト文芸
【完結済】  野生の鳥が多く生息する山奥の村、鴇村(ときむら)には、鳥に関する言い伝えがいくつか存在していた。  ――つがいのトキを目にした恋人たちは、必ず結ばれる。  そんな恋愛を絡めた伝承は当たり前のように知られていて、村の少年少女たちは憧れを抱き。  ――人は、死んだら鳥になる。  そんな死後の世界についての伝承もあり、鳥になって大空へ飛び立てるのだと信じる者も少なくなかった。  六月三日から始まる、この一週間の物語は。  そんな伝承に思いを馳せ、そして運命を狂わされていく、二組の少年少女たちと。  彼らの仲間たちや家族が紡ぎだす、甘く、優しく……そしてときには苦い。そんなお話。  ※自作ADVの加筆修正版ノベライズとなります。   表紙は以下のフリー素材、フリーフォントをお借りしております。   http://sozai-natural.seesaa.net/category/10768587-1.html   http://www.fontna.com/blog/1706/

この満ち足りた匣庭の中で 二章―Moon of miniature garden―

至堂文斗
ミステリー
それこそが、赤い満月へと至るのだろうか―― 『満ち足りた暮らし』をコンセプトとして発展を遂げてきたニュータウン、満生台。 更なる発展を掲げ、電波塔計画が進められ……そして二〇一二年の八月、地図から消えた街。 鬼の伝承に浸食されていく混沌の街で、再び二週間の物語は幕を開ける。 古くより伝えられてきた、赤い満月が昇るその夜まで。 オートマティスム、鬼封じの池、『八〇二』の数字。 ムーンスパロー、周波数帯、デリンジャー現象。 ブラッドムーン、潮汐力、盈虧院……。 ほら、また頭の中に響いてくる鬼の声。 逃れられない惨劇へ向けて、私たちはただ日々を重ねていく――。 出題篇PV:https://www.youtube.com/watch?v=1mjjf9TY6Io

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

この欠け落ちた匣庭の中で 終章―Dream of miniature garden―

至堂文斗
ミステリー
ーーこれが、匣の中だったんだ。 二〇一八年の夏。廃墟となった満生台を訪れたのは二人の若者。 彼らもまた、かつてGHOSTの研究によって運命を弄ばれた者たちだった。 信号領域の研究が展開され、そして壊れたニュータウン。終焉を迎えた現実と、終焉を拒絶する仮想。 歪なる領域に足を踏み入れる二人は、果たして何か一つでも、その世界に救いを与えることが出来るだろうか。 幻想、幻影、エンケージ。 魂魄、領域、人類の進化。 802部隊、九命会、レッドアイ・オペレーション……。 さあ、あの光の先へと進んでいこう。たとえもう二度と時計の針が巻き戻らないとしても。 私たちの駆け抜けたあの日々は確かに満ち足りていたと、懐かしめるようになるはずだから。

【朗読の部屋】from 凛音

キルト
ミステリー
凛音の部屋へようこそ♪ 眠れない貴方の為に毎晩、ちょっとした話を朗読するよ。 クスッやドキッを貴方へ。 youtubeにてフルボイス版も公開中です♪ https://www.youtube.com/watch?v=mtY1fq0sPDY&list=PLcNss9P7EyCSKS4-UdS-um1mSk1IJRLQ3

処理中です...