この満ち足りた匣庭の中で 三章―Ghost of miniature garden―

至堂文斗

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Twelfth Chapter...7/30

調べるべき場所

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 幽閉の弊害か、寝付いた時間も目醒めた時間もいつもとは少しばかりズレていた。寝ぼけ眼を擦りながら見た時計の針は、既に九時に近い場所を指している。
 ……そう言えば、今日が一学期の終業式だったはずだ。もう長いこと普通の生活ができていないせいで、学校のことを忘れてしまっていた。試験をすっぽかしている以上、成績なんて最早出せないレベルだろうし、こういう辺境でも学校を卒業できないとなるとヤバい事態だとは思う。
 双太さん、上手いこと打開策でも考えてくれないだろうか。
 ……しかし、その双太さんも今は平常心を失っているに違いない。昨日の事件で、双太さんは大切な幼馴染を失ったことになるのだから。それも、あんな残酷な殺され方で。
 双太さんは学校に来られているのだろうか。こういう日だが、もしかしたら式が延期になっているかもしれない。後でどうにかして確認くらいは取っておこうか。

「おはよう。そのうちまた、お前も料理当番になるんだぞ」
「分かってるよ」

 朝食を並べるオヤジにそう言われて、俺は気怠い感じで返す。まあ、オヤジの言うことはご尤もだ。それが日常を戻していくことでもあるのだし。
 ……気絶したり捕まったりと、家に帰れていないときがあるのは本当に申し訳なかったな。

「学校は今日で終業式なんだよな」
「らしいな。昨日の事件で空気は悪いが、それでも式は予定通りやると聞いた」
「そうなのか?」
「牛牧がそう話していたんだ。夜、電話で情報交換をしてな」

 双太さんに近いあの人が言うなら、きっと間違いないのだろう。ただ、だとしたら双太さんは相当メンタルが強いと思ってしまうが。

「実際、杜村くんはかなりのショックを受けていたという。それでも休まないくらいには、学校が……生徒が大事ということだろう」
「……無理しなくてもいいのによ」

 日頃から、教師と医師を行ったり来たりして忙しい御身分なのに、こういうときまで自分を犠牲にするのか。
 立ち止まることだって必要なはずだ。まあ、俺が言っても説得力はないのだが。

「ちなみに、あの現場には真智田くんも立ち入ったらしい。彼も何だかんだ、事件に関わってしまっているな」
「玄人が? 永射の死体もあいつは目撃してたけど……そう言えばあれはどういう経緯だったんだ」
「帰り道、怪しい人影を目にして後を追ったらしい。学校でも杜村くんが緊急の電話を受けていて、何か良からぬことが起きた雰囲気があったから気に掛かったようだ。真智田くんの考えでは、人影は河野理魚という子かもしれないということだったが」
「河野理魚……?」

 ここでそんな名前が出てくるとは思っていなかった。精神疾患のある子で、玄人がやけに気に掛けていたことは知っているが、あの子が森の近くをうろついていたのか?
 ただ、詳しく聞くと玄人はその子の姿をハッキリ見たわけではないようだった。時折一人でふらふらと出歩いていたので、今回もそれではと思ったらしい。理魚ちゃんかどうかは全く不明だ。
 とは言え、怪しい人影は目撃しているのだ。もしかしたら、それは現場に戻ってきた犯人だったのかもしれない。

「犯人……か。問題が大き過ぎて曖昧になるが、殺人犯を特定できればとりあえず俺の容疑は晴れるんだよな」

 俺だけでなく、きっと龍美もそうなのだろうが、容疑が晴れた後にも困難は待っている。それが結局、奴らが行おうとする実験の解明に繋がってくるのだ。

「それから、一つ重要な話があった。これは俺も失念していたことだが、どうやら久礼くんも他の者も、警察に連絡をとっていないようだ。彼自身が一度連絡すると口にしていたらしいから、恐らくは意図的なことだろう」
「連絡するって言って実はしてませんでしたってことか。その上で電波障害が起きてるんだから、やっぱりあいつが外部と干渉できないように工作してそうだな」

 オヤジはただ、首を縦に動かす。
 これを偶然という奴がいたら、流石に甘ちゃんすぎる。

「仲間が殺されても、自分の身すら危なくても……実験を止める気はないのか」
「自分の命すら賭した実験……それが、この前聞いたと言う彼の台詞と結びつくのだろうが」

 満ち足りた暮らしの意味。解き放たれることの意味。俺たちの枷とは何だ? 満生台に生きる人々は、何から自由になれると言うんだ?
 答えは目の前にある気がするのだが……思考が纏まらない。
 まるで頭の中にノイズが走っているようだ。

「……ノイズ、か」

 電波がキーとなる実験。軍が行っていたものを昇華させたという実験。そう言えば、永射に襲われたときにも頭がノイズで満たされたようだった。同じ感覚は、あの場所でも微かに生じていたことを思い出す。
 ……鬼封じの池の廃墟。結局、あれが旧日本国軍の施設だったと聞いて以降、足を踏み入れてはいない。自分だけでは心許ないし、誰かを伴って再調査に向かうべきなのかもしれない。
 オヤジに頼んでもいいが、親子揃って貴獅の敵に回ると流石に面倒な気もする。オヤジがいつも通り病院からの依頼をこなし、表面上何の干渉もしていないからこそ、この家が放っておかれている可能性もあるのだから。
 まあ、Xデーは近い。なりふり構っていられなくなることもあり得るし、決断は早いうちにしよう。
 食器を片付ける最中、俺は何人かの協力者の顔を頭の中に思い浮かべていた。
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