この満ち足りた匣庭の中で 三章―Ghost of miniature garden―

至堂文斗

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「……龍美は、どこに?」
「今は寝ている。肉体的にも精神的にも、参ってしまっていてね。事の詳細は掴んでいるかもしれないけれど」
「状況からの推測、ですけどね」

 その推測は、見事に的中してしまった。やはり悪いことほど良く当たるものなのか。だとしたら、そんな発想さえしなければという風な、本末転倒な考えすら浮かんでしまう。
 馬鹿馬鹿しい思考だ。
 八木さんはそのまま、俺を奥の部屋へと案内した。静かに扉がスライドし、その向こうにはベッドで眠っている龍美の姿があった。
 ……龍美。もう長いこと会っていない気がする。それでも、玄人や満雀ちゃんよりは近い日に会っているのだけれど。
 心配というやつは、こうも気持ちを揺らがせるものなのだな、と感じる。

「ぐっすり眠っているね。……ただ、時折うなされてもいるみたいだ。あまり邪魔にならない方がいいかもしれない」
「……そうっすね」

 苦しみなど感じさせない、安らかな表情。それが歪んでしまうところなど、俺も見たくはない。
 話せないのは残念だが、今はこうして顔を見られただけでもよしとすべきだろう。

「詳しい話は向こうでしようか。起こしてしまわないように」
「お願いします」

 名残惜しさを振り払って、俺は八木さんの後について部屋を出る。
 また、きっとすぐに話せる機会は来るはずだ。
 八木さんの仕事場とも言えるスペースは、多少ごちゃついていたものの、彼なりのルールに基づいて物が置かれているようだった。研究に無関係なものは最小限で、あちこちの壁際にはパソコンや謎めいた装置が配置されている。
 デスクの上は比較的片付いていて、参考書と空のコップくらいだった。ノートを広げてメモをとることもあるからだろう。
 ……よく見ると、机の向こう側、参考書などが並んでいる小さな棚に、処方箋のような袋が覗いている。満生総合医療センターのものかと思ったが、かなり古いし違うらしい。

「……君も目ざといね。私も少し体が弱かったので、一時期薬に頼っていたんだよ」
「そうなんすか?」
「ええ。ただ、ここに来て完治したおかげで、今は無用になったけれど」
「完治ですか。それは良かった」

 この街はどちらかといえば医療工学のウェイトが大きいと考えていたが、それ以外にも秀でたところはあるのか。貴獅の医師としての腕は相当のものなのかもしれない。

「適当に腰を下ろしてもらって……では、簡単に事情を説明させてもらおうかな」
「ええ、頼みます」
「彼女が来たのは早朝、ようやく日が昇り始めるといった時分のことだった。雨は止んでいたけれど、彼女は濡れ鼠といった有様でね……」

 八木さんの説明は分かりやすかった。学校の授業に似た話し方ではあったけれど、教え方の上手い先生という感じか。
 龍美はすっかり怯え切った様子で、ぽろぽろと涙も零していた。八木さんはすぐ異常事態だと察知して、彼女を観測所へ迎え入れた。そのとき、彼女の手が血に濡れているのも確認したそうだ。
 彼女は、病院の闇を暴くために活動していたことを語った。そして永射邸跡を調べていたとき、病院関係者である早乙女さんに出くわしてしまったのだと。重要な手掛かりは見つけられたが、それを奪われそうになり、何らかの原因で意識を失ってしまった後、気付けば早乙女さんが殺害されていたのだと……。
 流れとしては予想の通りだが、結局その内容は曖昧だ。彼女もまた俺と同じく、危機を前に意識を失い、その結果として近くにいた相手が死体になっていた……。
 元々GHOST関係者が狙われていて、そこへ運悪く俺たちがやって来てしまったというのがあり得そうな話ではある。ただ、状況があまりにも似ているのは、偶然なのかどうか。
 ……龍美も結局、俺と同じ立場になってしまった。

「八木さんも、ある程度の事情は知ってたんすか?」
「いや、私は個人的にこの街の仕組みに疑問を持っていた程度だ。今回、永射さんの一件や龍美さんからの話で、その疑問がより深まったという感じかな」
「なるほど……」

 病院の事情に疑念を抱く人は多い。子どもには分からないことでも、大人はやはり以前から感じ取っていたのかもしれない。瓶井さんやほかの地元住民たちも、ただ変化を嫌っているのではなく、そういう確かなおかしさを認識している可能性はあるな。
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