この満ち足りた匣庭の中で 三章―Ghost of miniature garden―

至堂文斗

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Eleventh Chapter...7/29

潜伏先

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「早乙女優亜が殺された……と」

 永射邸跡で見聞きした一部始終を伝え終わると、オヤジは一際低い声でそう呟いた。
 二度目の事件、それも水死以上に酷い死に様だ。普段の彼女のことを思えば、そのような最期はあまりにも冒涜的に違いなかった。

「死体は腹を裂かれ、そこから流れ出た血で壁に手形が押されていたわけだな?」
「多分。そりゃ、ハッキリ見えるわけじゃねえけど、貴獅の言葉と合わせるとそういう現場状況だったはずだ」
「何故、彼女はそこまでのことをされなければならなかったのだろうな」
「……彼女自身がそんな恨みを買ってるようには思えないしな。何でなのか……」

 そう、早乙女さんがあんな悲惨な殺され方をしたのは何故か。色々考えてもしっくりこない。永射に場合は水死という、事故か事件かも曖昧な死に方だったが、今回のそれは尋常ではなかった。明確に殺人だと誇示するかのような死に様だ。
 それに、ありきたりな悪感情であそこまでのことをするだろうか。常人には想像もつかない理由でもなければあんなことはしない、と俺には思えてしまう。
 実のところ、深刻な理由などないのかもしれないけれども……。

「しかし、とにかく今は龍美だ。嫌な関わり方をしちまってるけど、犯人なわけねえんだし、どこで何してるか早く突き止めて事情を聞かねえと」
「そうだな。現場状況からしても、あの子が犯人という可能性は薄い。……見つけて、安心させてあげるべきだろう」

 言われなくとも、だ。あいつのことだし、誰かといるときは強がれても、一人になれば脆いのに違いない。

「一人、アテはある。とりあえずはそこへ行ってみるつもりだ」
「ふむ。そこにいるといいが」

 もう時刻は正午近い。ただ、昼食をとっていくほど呑気ではなく、俺はオヤジにメシは後でと断ってから、すぐに家を出た。西へ東へ動き回っている感じだが、次に目指すのは東の森だ。そう、あの山中には観測所がある。
 八木優さん。あの小さな観測所にほとんど引きこもって生活している、謎多き研究者。地震が頻発する満生台の地質調査などを目的としているらしいが、俺たち地元住民には中身が全く伝わってこないし、どうも隠居した人みたいだなというイメージが強い。
 龍美は年上の男に憧れがあるからか、八木さんのことも好いている。彼が人里に下りてきたときにはよく喋っているし、時折観測所へ足を運ぶこともあるようだった。
 単純に、あの場所なら身を隠すのには好都合だし、そこに信頼できる人がいるなら確率はさらに高い。
 先に八木さんへ電話を掛けることも考えたが、電波障害が意図的なら盗聴されている危険性すらあるわけで、俺の声も龍美の名前もまずいだろうと諦めた。とりあえず、誰にも遭遇せず観測所まで行ければいいだけだ。
 永射邸跡にはまだ野次馬たちがいる。遺体は運び出されたようだが、物珍しさからか中々人が帰っていかない様子だ。近くの道を通るのは憚られたので、俺は少しばかり道ならぬ道を上って、木々に身を隠しながら山の中腹を目指した。
 そう言えば、このルートなら上っていくと電波塔が見えてくるはずだ。馬鹿でかい鉄塔と細いワイヤー、それに制御室らしき小さなハコ……通信技術の発展に寄与すると謳われてはいるものの、こんな安っぽい鉄塔が革命的な役割を果たすようには思えない。これくらいの鉄塔なら、都会には幾つも並んで建っているくらいなのだから。
 何か、思い違いがあるのかもしれない。ただ、それが何なのかを知る術も今はなかった。進み続けて、少しずつ闇を照らしていくことでしか近づけない。
 塔は、木々の間から頭だけを覗かせている。俺はそれをちらと見やりながらも、上を目指して歩いていく。そして、二十分ほどをかけてようやく見えてきたのが、八木さんの住まう観測所だ。
 小さいながらも、それなりに最新の技術が取り入れられているようで、入り口の鍵は静脈認証で開くようになっているらしい。白が基調の外壁は綺麗なまま維持されていて、山中にある建物とは思えない佇まいだった。
 そこまで交流があるわけでもなし、インターホンを鳴らすのには相応の緊張があった。しかし、龍美のためだと意を決してボタンを押す。しばらくすると、ノイズ混じりの低い声が聞こえてきた。

『はい、どちらさまでしょう?』
「義本です。義本虎牙。急にすんません、ちょっと聞きたいことがあったんで寄らせてもらったんすけど……」
『……どうぞ、中へ』

 意外にも、八木さんは一切の質問もなく俺を迎え入れた。扉のロックが解除され、自動でドアがスライドする。……病院にも負けていない設えだ。
 俺は観測所の中へ入ったことがなかったのだが、見せかけではなく中もハイテクな設備で固められている感じがする。一歩進むと廊下の電気が自動で点るし、後ろでは玄関扉が再びロックされるカチリという音が聞こえた。奥に進めば、研究室と刻まれたプレートが扉に取り付けられている。まるで、どこか本格的な研究施設の一部を切り取ってきたかのようだ。
 扉を開くと、その先で八木さんが待っていた。良く言えば優しげな、悪く言えば頼りなさげな顔つきをした、ボサボサ髪もそのままの男性。服はそもそも替えが少ないのか、ヨレヨレのカッターシャツにネクタイという着こなしだ。
 俺も別にファッションには興味ないが、ここまでではないな、と思う。彼にとっては、ファッションなど気にするに値しないものということなんだろう。研究熱心なことだ。

「こんにちは。何も聞いてこないなと思ったかもしれないけど、実は来るんじゃないかと予想はしていたんだ」
「え?」
「つまり、君の予想も当たっている、ということだね」

 八木さんはそう言って微笑する。人に安心感を与えるような、そう意識しているような笑顔。なるほど、人格に関しては龍美が頼りたくなるのも頷ける。
 そして、今も恐らく。
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