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Eleventh Chapter...7/29
死臭
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朝食後、少し休憩してから俺は龍美の家に向かった。天気は確実に良くなってきていて、灰色の雲の隙間から僅かに青が覗くこともあった。
人の姿は少ないが、遠くから井戸端会議の声が聞こえてきたりはする。電波障害についてそちらもですか、などと確認しあっているようだ。
やはり瓶井さんの言う通りだったとか、これでは毎日の楽しみが奪われたも同然だとか、不満が漏れ出している。いずれは貴獅の耳に入るだろうし、或いはもう入っているかもしれないな。
どれだけ騒ごうが、もう計画は止まらない。そんな確信が透けて見えた。
龍美の家に辿り着くも、あいつの部屋に明かりはなかった。トントンと窓を叩いてみても、返事はない。寝てるわけではなさそうだし、食事中だろうか? そう思ったのだが、しばらくすると中から何やら話し合う声が聞こえてきた。彼女の両親のものらしい。
声色はどことなく深刻で、ただ内容がほとんど聞こえない。具体的なことは分からないが、仁科家でおかしなことが起きていそうなことは理解できた。
状況からして――龍美がいないのか?
もう少しだけ聞き耳を立ててみたが、龍美の声は聞こえてこない。ふと気になって窓をスライドさせると、何の抵抗もなくガラリと開いた。……龍美にしては不用心だ。もしもここから外へ出て、鍵を掛けられなかったのだとしたら……?
――永射邸跡か。
目的は容易に察せられた。彼女はきっと、蟹田さんから託された鍵で永射邸跡を調査するため、人目につかない時間に自宅を抜け出したのだ。
しかし、向かったのはいつだろう? 龍美なら、両親にも迷惑にならないよう考えるはずだ。いないのがバレてしまうまで不在にするのはおかしい。
不安が募る。ひょっとしたら、調査中の龍美に何か緊急事態が起きたのだろうか……?
何もかも予想でしかないが、一度生じた焦りは鎮められない。居ても立ってもいられず、俺は踵を返して永射邸跡の方へ歩き始めた。
有り得そうなのは、俺と同じように貴獅サイドの誰かに襲われた可能性。そうなれば、永射邸跡に痕跡が残っているかもしれないし、或いは病院で蟹田さんが怪しい動きを察知しているかもしれない。
少なくとも、監禁されていそうであればすぐに救出へ向かう必要があるだろう。
邸宅跡は、変わらず酷い状態で佇んでいる。外部の人間も来ない現状、解体はしばらく出来なさそうだ。それゆえ、奴らは中の情報だけでもとコソコソ動き回っているのだろうが。
瓦礫に気を付けながら、敷地の中へ。内外の境界すら判然としなくなった焼け残りは、昨日よりも瓦礫の量が増えているような気すらした。実際、また何回か崩落があったのかもしれない。
ゆっくりと奥へ進むにつれ、光量の変化で視界が悪くなっていく。仮に小さな変化が起きていても、ひょっとしたら分からないかもしれないが……。
「……何だ?」
地下室への扉があった部屋。
そこに、俺でも見える変化があった。
何か大きなものが、壁にもたれかかっている。
……ぴちゃり。
水溜まりだろうか? 確かに昨夜は雨が降っていた。けれど、天井の残る部分に差し掛かっても水音は消えない。
むしろ、音に粘性のようなものが感じられるような。
……異様な臭い。
鼻につく、この臭いは何だろう。滅茶苦茶な喧嘩を繰り広げた後のような、鼻腔を刺激するこれは……。
「……は……?」
形が、浮かぶ。
暗がりに一瞬だけ浮かび上がった、それは人型だった。
ぐにゃりと折れ曲がって、ぴくりとも動かず。
ただそこに存在し、そして――異様な臭いを発する。
「何、だよ……これ」
誰だ。
龍美、ではない。
少しでも安心してしまったことを最低だと毒吐き、思考を巡らせた。
女性。
これは、女性の……死体。
ああ、そうだ。
この人は間違いなく――。
人の姿は少ないが、遠くから井戸端会議の声が聞こえてきたりはする。電波障害についてそちらもですか、などと確認しあっているようだ。
やはり瓶井さんの言う通りだったとか、これでは毎日の楽しみが奪われたも同然だとか、不満が漏れ出している。いずれは貴獅の耳に入るだろうし、或いはもう入っているかもしれないな。
どれだけ騒ごうが、もう計画は止まらない。そんな確信が透けて見えた。
龍美の家に辿り着くも、あいつの部屋に明かりはなかった。トントンと窓を叩いてみても、返事はない。寝てるわけではなさそうだし、食事中だろうか? そう思ったのだが、しばらくすると中から何やら話し合う声が聞こえてきた。彼女の両親のものらしい。
声色はどことなく深刻で、ただ内容がほとんど聞こえない。具体的なことは分からないが、仁科家でおかしなことが起きていそうなことは理解できた。
状況からして――龍美がいないのか?
もう少しだけ聞き耳を立ててみたが、龍美の声は聞こえてこない。ふと気になって窓をスライドさせると、何の抵抗もなくガラリと開いた。……龍美にしては不用心だ。もしもここから外へ出て、鍵を掛けられなかったのだとしたら……?
――永射邸跡か。
目的は容易に察せられた。彼女はきっと、蟹田さんから託された鍵で永射邸跡を調査するため、人目につかない時間に自宅を抜け出したのだ。
しかし、向かったのはいつだろう? 龍美なら、両親にも迷惑にならないよう考えるはずだ。いないのがバレてしまうまで不在にするのはおかしい。
不安が募る。ひょっとしたら、調査中の龍美に何か緊急事態が起きたのだろうか……?
何もかも予想でしかないが、一度生じた焦りは鎮められない。居ても立ってもいられず、俺は踵を返して永射邸跡の方へ歩き始めた。
有り得そうなのは、俺と同じように貴獅サイドの誰かに襲われた可能性。そうなれば、永射邸跡に痕跡が残っているかもしれないし、或いは病院で蟹田さんが怪しい動きを察知しているかもしれない。
少なくとも、監禁されていそうであればすぐに救出へ向かう必要があるだろう。
邸宅跡は、変わらず酷い状態で佇んでいる。外部の人間も来ない現状、解体はしばらく出来なさそうだ。それゆえ、奴らは中の情報だけでもとコソコソ動き回っているのだろうが。
瓦礫に気を付けながら、敷地の中へ。内外の境界すら判然としなくなった焼け残りは、昨日よりも瓦礫の量が増えているような気すらした。実際、また何回か崩落があったのかもしれない。
ゆっくりと奥へ進むにつれ、光量の変化で視界が悪くなっていく。仮に小さな変化が起きていても、ひょっとしたら分からないかもしれないが……。
「……何だ?」
地下室への扉があった部屋。
そこに、俺でも見える変化があった。
何か大きなものが、壁にもたれかかっている。
……ぴちゃり。
水溜まりだろうか? 確かに昨夜は雨が降っていた。けれど、天井の残る部分に差し掛かっても水音は消えない。
むしろ、音に粘性のようなものが感じられるような。
……異様な臭い。
鼻につく、この臭いは何だろう。滅茶苦茶な喧嘩を繰り広げた後のような、鼻腔を刺激するこれは……。
「……は……?」
形が、浮かぶ。
暗がりに一瞬だけ浮かび上がった、それは人型だった。
ぐにゃりと折れ曲がって、ぴくりとも動かず。
ただそこに存在し、そして――異様な臭いを発する。
「何、だよ……これ」
誰だ。
龍美、ではない。
少しでも安心してしまったことを最低だと毒吐き、思考を巡らせた。
女性。
これは、女性の……死体。
ああ、そうだ。
この人は間違いなく――。
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