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Eleventh Chapter...7/29
電波の使途
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帰宅後、いの一番にオヤジへ謝った俺は、まずゆっくり休めという言葉をありがたく受け取り、風呂に入ってすぐベッドに潜り込んだ。長い時間寝ていたことになるわけだが、場所というのはやはり睡眠の大事な要素で、俺は朝までぐっすり眠り込んでしまうのだった。
目が覚め、身支度を整えてから、俺は朝食の席でオヤジに状況報告をした。永射邸跡の調査に出向き、そこで不意打ちに遭って捕まってしまったこと、協力者によって助けられ、家まで帰りつけたこと……蟹田さんの名前を出すかは迷ったが、今のところは伝えないでおくことにした。あの人も密かに立ち回っているのだし、信用できる人にでも言わない方がいいだろう。
対して、貴獅の言葉や地下施設のことについては詳細に語った。オヤジはいつも通り鈍い反応だったが、頭の中では結構驚いているはずだと思っておく。
全て説明し終わると、ゆっくり頷いてオヤジは口を開いた。
「満ち足りた暮らしの意味を知る……か。医療技術にことを指しているわけでないなら、一体その真意は何なのか……だな」
「思わせぶりなことだけ言って、説明は結局なかったからよ」
「まあ、これまで秘密裡にされてきた研究を、僅かなリスクとは言え口外したりはしないだろう」
貴獅が慎重な性格だというのは嫌というほど分かっているが、こういうときくらい気を緩ませてくれてもよかったのに。
「解き放たれることの自由を知る……まさかな……」
「何だよ、オヤジも思いついたことがあるのか?」
「いや、ただの妄想に近い。……他に何か仮説を挙げた人がいるのか?」
問い返されてしまった。今の言葉は少し失言だったかもしれない。俺は適当に、龍美が分かったふりをして揶揄ってくるのだと誤魔化しておいた。
「少なくとも、彼らの計画に電波塔……というより電波が必要なのはほぼ確実だろう。それを用いて『満ち足りた暮らし』をどのように実現させるのか、が根幹だ」
「もう、通信技術の改善で便利に、なんて言い訳は信じるのも馬鹿馬鹿しいからな」
電波が人に与える影響。
満ち足りた暮らしを実現する実験。
……何かが引っ掛かる感覚はあるのに、その明確な答は掴めない。
まるで、お前にはここまでだと画面を消されてしまったような。
何かを忘れている。
何かを失っている。
幾度繰り返そうとも、匣庭は――。
「……痛つつ」
「大丈夫か」
「ああ……ちょっと頭痛がしただけだ。寝過ぎたかな」
また適当な誤魔化しで躱しつつ、俺はごちそうさんと手を合わせる。報告はこれでひとまず終了だ。今日もまた、一層慎重にしながらも調査を進めねば。
「龍美に会って話さないとな」
「あの子か。真剣な表情をしていたんでな……信頼に足るとお前のことは伝えたが」
「俺のことを探してくれてたし、事件の捜査も協力してくれてる。ま、暴走気味かもしれねえいけど頼もしいのは本当だ。さっさと顔見せに行ってやらねえと」
「ああ、そうしてやるといい」
今日は休日なので、学校へ行くこともない。こちらから出向いて、部屋の窓でも叩いてやれば顔を出してくれるだろうか。食事やら何やらあるし、辛抱強く待たないといけないかもしれないが。
とりあえず、第一の指針は龍美との情報共有ということで定める。地下室の鍵のことも気になるし、そこから発展があった可能性だって考えられる。忙しくなりそうな予感がした。
「……しかし、今日はテレビの調子がおかしいな」
「ん? 本当だ」
オヤジがテレビを点けたとき、現れた映像は砂嵐だった。比較的新しめのモデルだし、壊れてしまったはずもない。となれば、予想されるのは一つ……。
「電波障害……か」
「オヤジはどう思うよ? 偶然か意図的か」
「タイミングからすれば、意図的なものに感じるが……」
貴獅が語った計画達成の日は八月二日。そこまではもう日数がない。加えて、オヤジの話によれば未だに警察が来る兆候がないという。試しにオヤジのスマホから外部へ発信してみたが繋がらないし、いよいよこれは俺たちを閉じ込めにかかったとみるべきではないだろうか。
満生台は徐々に、完璧なクローズド・サークルに近づいている。
「俺はスマホ取られちまったから気付かなかったけど……あいつらならすぐに気付いてそうだな」
「テレビも映らないし、街中の人間が気付き始めるだろう。……永射は住民を懐柔しようとしていたが、久礼くんに代わってからは形振り構わなくなっているようだ」
「ま、あと数日だからってのもありそうだけどよ」
あとは実行まで突っ走るだけ。そう思っているのだとしたら、計画の実行後に満生台はどうなるというのだろう? 批判が無くなることを確信している? 奴の目論む満ち足りた暮らしとは、そんなに幸せなもの足り得るのだろうか?
……分からない。
ふいに、蟹田さんの言葉が蘇ってきた。
――満ち足りているって何だろうね?
ああ、本当に。
この満生台は、どこへ到達しようとしているのだろう。
目が覚め、身支度を整えてから、俺は朝食の席でオヤジに状況報告をした。永射邸跡の調査に出向き、そこで不意打ちに遭って捕まってしまったこと、協力者によって助けられ、家まで帰りつけたこと……蟹田さんの名前を出すかは迷ったが、今のところは伝えないでおくことにした。あの人も密かに立ち回っているのだし、信用できる人にでも言わない方がいいだろう。
対して、貴獅の言葉や地下施設のことについては詳細に語った。オヤジはいつも通り鈍い反応だったが、頭の中では結構驚いているはずだと思っておく。
全て説明し終わると、ゆっくり頷いてオヤジは口を開いた。
「満ち足りた暮らしの意味を知る……か。医療技術にことを指しているわけでないなら、一体その真意は何なのか……だな」
「思わせぶりなことだけ言って、説明は結局なかったからよ」
「まあ、これまで秘密裡にされてきた研究を、僅かなリスクとは言え口外したりはしないだろう」
貴獅が慎重な性格だというのは嫌というほど分かっているが、こういうときくらい気を緩ませてくれてもよかったのに。
「解き放たれることの自由を知る……まさかな……」
「何だよ、オヤジも思いついたことがあるのか?」
「いや、ただの妄想に近い。……他に何か仮説を挙げた人がいるのか?」
問い返されてしまった。今の言葉は少し失言だったかもしれない。俺は適当に、龍美が分かったふりをして揶揄ってくるのだと誤魔化しておいた。
「少なくとも、彼らの計画に電波塔……というより電波が必要なのはほぼ確実だろう。それを用いて『満ち足りた暮らし』をどのように実現させるのか、が根幹だ」
「もう、通信技術の改善で便利に、なんて言い訳は信じるのも馬鹿馬鹿しいからな」
電波が人に与える影響。
満ち足りた暮らしを実現する実験。
……何かが引っ掛かる感覚はあるのに、その明確な答は掴めない。
まるで、お前にはここまでだと画面を消されてしまったような。
何かを忘れている。
何かを失っている。
幾度繰り返そうとも、匣庭は――。
「……痛つつ」
「大丈夫か」
「ああ……ちょっと頭痛がしただけだ。寝過ぎたかな」
また適当な誤魔化しで躱しつつ、俺はごちそうさんと手を合わせる。報告はこれでひとまず終了だ。今日もまた、一層慎重にしながらも調査を進めねば。
「龍美に会って話さないとな」
「あの子か。真剣な表情をしていたんでな……信頼に足るとお前のことは伝えたが」
「俺のことを探してくれてたし、事件の捜査も協力してくれてる。ま、暴走気味かもしれねえいけど頼もしいのは本当だ。さっさと顔見せに行ってやらねえと」
「ああ、そうしてやるといい」
今日は休日なので、学校へ行くこともない。こちらから出向いて、部屋の窓でも叩いてやれば顔を出してくれるだろうか。食事やら何やらあるし、辛抱強く待たないといけないかもしれないが。
とりあえず、第一の指針は龍美との情報共有ということで定める。地下室の鍵のことも気になるし、そこから発展があった可能性だって考えられる。忙しくなりそうな予感がした。
「……しかし、今日はテレビの調子がおかしいな」
「ん? 本当だ」
オヤジがテレビを点けたとき、現れた映像は砂嵐だった。比較的新しめのモデルだし、壊れてしまったはずもない。となれば、予想されるのは一つ……。
「電波障害……か」
「オヤジはどう思うよ? 偶然か意図的か」
「タイミングからすれば、意図的なものに感じるが……」
貴獅が語った計画達成の日は八月二日。そこまではもう日数がない。加えて、オヤジの話によれば未だに警察が来る兆候がないという。試しにオヤジのスマホから外部へ発信してみたが繋がらないし、いよいよこれは俺たちを閉じ込めにかかったとみるべきではないだろうか。
満生台は徐々に、完璧なクローズド・サークルに近づいている。
「俺はスマホ取られちまったから気付かなかったけど……あいつらならすぐに気付いてそうだな」
「テレビも映らないし、街中の人間が気付き始めるだろう。……永射は住民を懐柔しようとしていたが、久礼くんに代わってからは形振り構わなくなっているようだ」
「ま、あと数日だからってのもありそうだけどよ」
あとは実行まで突っ走るだけ。そう思っているのだとしたら、計画の実行後に満生台はどうなるというのだろう? 批判が無くなることを確信している? 奴の目論む満ち足りた暮らしとは、そんなに幸せなもの足り得るのだろうか?
……分からない。
ふいに、蟹田さんの言葉が蘇ってきた。
――満ち足りているって何だろうね?
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