この満ち足りた匣庭の中で 三章―Ghost of miniature garden―

至堂文斗

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Eleventh Chapter...7/29

セキュリティ

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 地下室は、研究区画というだけあって整然としていた。廊下が伸び、左右に部屋があり、というのが続いている。左右に廊下があるということは、地下はぐるりと一周するような構造になっていそうだ。
 一つ一つの部屋は結構小さい。各研究ごと、あるいは担当者ごとに細分化する想定で作られているようだが、倉庫のように物が積まれていたり、あるいは空っぽだったりと、規模を持て余している印象もあった。

「よく分かんない場所っすよね。軍事研究って感じは前々からしてるんすけど、本当にここでどういう研究してるのやら……」

 電波、電磁波に関する研究なのは既に伝えられたが、具体的なことはさっぱりだ。ただ、永射が口にしていた魂魄の新たな在り方という言葉、貴獅が論文にまとめていた残留思念の仮説、それについて考えるとまともな研究だとは思えない。
 電磁波が、人の魂に何らかの作用をもたらすことができるか。そんな研究だったりするのだろうか……? 人体実験ならぬ、魂魄実験。想像するだけで恐ろしいものだった。

「……実験の詳細について、完璧に語れるほどの情報を得てはいない。だから、仮説を話すのは遠慮しておくけれど……この研究は悪だと、俺は思っている。少なくとも、この街を自分たちのものだと勘違いしている点は最悪だ」
「貴獅や永射は、この街を実験場と見ているってことっすよね。酷え話だ」
「八月二日。何が起きるか全容は掴めないが、それまでには必ず事件を暴いて、計画を止めないとね」

 暴くことができなくとも、何とか止めるくらいは。
 言葉にはせずとも、蟹田さんの決意は伝わってきた。

「虎牙くんが持ってきてくれた情報も、ちゃんと活用させてもらった。うまく運べば、龍美ちゃんが何かを発見してくれるだろう」
「龍美が?」

 俺が話した情報は永射邸跡の地下室についてだ。蟹田さんは鍵を持って俺を助けにきてくれたのだし、同時に地下室の鍵も掠め取ることに成功したようだった。
 しかし、それが龍美の手に渡るとは……どういう経緯なのか。

「なに、君の心配をしていたようでね。佐曽利さんから病院を探っていることを聞き、窓口までやって来ていたから、俺の病室まで招いてある程度の事情を伝えたんだ。協力したいと申し出てくれたから、作業を分担したわけさ」
「蟹田さんは俺を、龍美は永射邸を……と」
「そういうこと」

 しかし、よく早乙女さんから鍵を盗み出せたものだ。そういうやり方ができるのには感心する。

「探偵というよりは、長年入院しているからこそかな。彼女がいつキーケースを手放すか、なんとなく把握していたからね」

 蟹田さんは得意気だ。ただ、今回は致し方ないとして、通常の探偵稼業でそういうことはしていないことを祈る。

「……おや」

 比較的広いスペースまで辿り着くと、そこにはこれまでとは違った重厚な扉があった。分厚い鉄扉、というわけではないが、付近の壁面に複雑そうな装置が取り付けられていて、カードを読み取るリーダーのようなものもある。最新のセキュリティといった佇まいだ。
 どうやらこの先には、よほど部外者を立ち入らせたくないものがあるようだが……あまりにも強固なセキュリティで、ほとんど手ぶらな俺たちに突破できる代物ではなさそうだった。

「ここにカードか何かをかざして、認証されれば開く仕組みだな。現物がないと開けられないシステムが、やっぱり一番面倒だ」

 番号入力なら、その場で突破できる偶然もあり得るが、キーが必要なものはどうすることもできない。さっき俺が閉じ込められていたのと同じだ。こういうとき、確かに物が必要なセキュリティは厄介だった。

「……なるほど」
「何か分かったんすか?」
「いや、磁気を読み取る方式かな、とね。カードもあり得るけど、マイクロチップのような物でいいから内蔵していれば何でもあり得そうだな」
「ここを開けるキーがどんな形のものかはさっぱり分からん、と」
「まあ、平たく言えばそうだ」

 永射邸跡と同じく、ここにも何か重要なものがある。それが分かったことは一つ収穫だが、結局入口の段階で堅牢な扉で塞がれてしまっているからどうにもならない。
 目の前に答えがあるのに、それを見るのが叶わないのは非常にもどかしい思いだ。

「駄目もとではあるけれど、ここの認証を解除する物や方法も探しておくことにしよう。予想でしかないけど、ここには彼らの計画の根幹となる何かがありそうだし」
「まあ、そうっすね。本拠地である病院の地下なわけだし……訳の分からない機械でも沢山置いてそうっすけど」
「もしそうなら、どういう目的の機械かを特定する作業も増えちゃうよなあ」

 リミットは八月二日。一週間もないというのは、考えてみると短い。一度は貴獅に捕まってしまったことだし、もう形振り構わずとも良さそうだが、全力で行動してもこの闇を暴き切れるのかどうか。
 少なくとも、殺人事件の貴獅犯人説が揺らぎ、真犯人の可能性が色濃くなってきた以上、俺はどちらからも狙われていると思うべきだろう。動きにハンデがある以上、命だけは優先させないと……。

「……ま、今回はこの辺りで引き上げるとするか。固いガードがある以上、今はどうしようもないしね。付き合わせてすまない」
「いや、もう一連托生だと思ってるんで。どうもここで起きてることの全部を白黒ハッキリさせねえと、安心して過ごせなさそうだ」
「……だろうね」

 俺たちは再び廊下をぐるりと進んで、エレベーターのある区画まで戻ってきた。軽快な電子音とともに扉が開き、その箱に乗り込む。やがてエレベーターは、非常に静かな音と揺れとともに、俺たちを地上まで運んでいった。
 地上階側のエレベーターホールは、普段は誰も通らないような目立たない場所にあった。窓口から右、階段を越えた先の物置みたいなところに隠されていたようだ。段ボール箱が置かれてあるし、ふと見れば関係者以外立ち入り禁止の札もある。よっぽど捻くれた奴以外、近づくことはないだろうな。
 外もやっぱり真っ暗闇だ。今更ながら蟹田さんに日時を聞くと、もう七月二十九日になったところだという。永射邸跡で殴られてから、ほぼ丸一日気絶した上に、地下室でも半日以上身動きをとれなくなっていたわけだ。全く以って情けない。

「さてと、それじゃ救出劇はここまでだ。後は自力で帰れるかい」
「何とか。……助かったっすよ、蟹田さん。もう世話にならないよう気をつけます」
「こちらも、向こうの動きには注意しておくよ。……とりあえず、佐曽利さんに無事を知らせてくれ」
「オヤジ、か。……そうっすね」

 オヤジには悪いことをした。調査に出るとしか言わずに出てきたし、それでほとんど二日も帰らないのだから心配しているはずだ。ひょっとしたら、自分で探しに行きたい気持ちを堪えて龍美に事情を明かしたのかもしれない。大人が動くと余計に怪しまれるから……。
 無事の報告と、平謝りもしないといけないな。これは完全に俺の油断だ。

「じゃあ、これで」
「また何かあったら、お互い報告しよう。じゃあね」

 再び雨が降り始めた、底無しの夜に身を躍らせる。
 こうして、やけに長く感じられた監禁生活を抜け出し、俺はようやく我が家への帰路につくことができたのだった。
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