この満ち足りた匣庭の中で 三章―Ghost of miniature garden―

至堂文斗

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Eleventh Chapter...7/29

救いの手

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 鈍い頭痛が、ボンヤリとした意識を否応無しに覚醒させる。
 ここしばらくの間で、時折起きるようになった頭痛と幻覚。今回は比較的マシな方だが、そう言えば永射に襲われたときにもあったな、と思い出す。
 あのとき俺には、永射の殺意のようなものが聞こえた気がしたが……そんなことがあり得るだろうか。頭痛が幻覚だけでなく、幻聴までも生んだという方が納得はできそうだが。
 ……脳内電気信号の解離後伝達、か。もし頭の中で考えていることが電気信号として外部から読み取れるなら――それは残留思念と同じような意味といってもいいだろう。ただ、嘘発見器ですら精度の高い物が完成されていないのに、そんな事象を起こせるはずもないとは思う。
 あの言葉は、何だったのやら。全て頭痛による幻だった、とした方が気は楽かもしれない。
 ……人は五感を奪われると幻覚を見る、などという実験があったような気がする。感覚遮断か何かだ。この地下室も暗いし音もほとんどしないので、ずっといると気が変になってしまいそうな雰囲気だった。
 俺は元々こういう視界なので、大きな変化と思わないのが救いか。もう何時間ここに閉じ込められているのか、スマホも没収されたので分からない。
 ひょっとすると、日付も変わっているかもしれないな。だとしたら、殴られて気を失ってからは二日経った可能性すらある。こんな場所に長いこと閉じ込められるのは我慢ならなかった。
 どこかで音がすると、救いの音かと期待してしまう。しかし、それは遠くで駆動している機械や電気設備の音だったりして、意気消沈することになるのだ。もう何度か、そんな瞬間を経験した。
 諦めて寝ようとしても、床が硬いしひんやり冷たい。就寝環境としては中々に劣悪だ。牢屋ではないと蟹田さんは話していたが、用途としてそう使われているなら立派な牢屋だろう。
 ……腹が減った。

「……ん……」

 もう何度目かの音。もしかすれば眠りに落ちていけるかもという感覚だったので、気にしないことにする。
 けれど、その音は次第に大きくなっているようだった。
 やがて、ピンポンという電子音が聞こえる。これは間違いなく、エレベーターの到着音だ。驚いた俺は、すっかり眠気も吹き飛んでがばっと起き上がった。

「ごめん、遅くなった」

 声の主は、待ち望んでいた蟹田さんだった。手には小さな鍵を持っていて、それを扉の錠前に差し込むと、鍵は難なく開いてくれた。

「……助かりました、蟹田さん。こんな夜遅くに来てくれるなんて」
「時間感覚はちゃんとしてるね。うん、まあ今くらいしかチャンスが無かったからさ。出られそうかい」
「問題ないっす」

 体を起こし、開いた扉から部屋の外へ出る。蟹田さんが手を添えてくれたので、バランスを崩すこともなかった。

「さっさと脱出……というのもいいんだが、どうだい? この地下室を少し調査していくのは」
「せっかくだし、それはもちろん」

 敵の本拠地を調べられる絶好の機会なら、逃す手はない。俺は力強く頷いて、蟹田さんの後についていくことにした。
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