この満ち足りた匣庭の中で 三章―Ghost of miniature garden―

至堂文斗

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Tenth Chapter...7/28

外鯨美波③

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 一週間以上外鯨が会いに来なくなり、俺は自分があいつを心配していることに気付いた。誰かのことを気にかけるなんて、らしくも無いと思ったのだが。
 教室に行くだけで一部の生徒からは怯えられる俺だが、様子見くらいはしておこうと、外鯨のクラスへ向かう。休み時間の廊下は騒がしく、やって来たものの早々に退散したくなる雰囲気だった。
 三年二組の教室。半数以上の生徒は廊下や他クラスに出ていて、むしろ室内の方が多少落ち着いている。これなら探しやすそうだと、遠目に室内を確認すると、後方の窓際に彼の姿はあった。

 ――なんだ、いるじゃねえか。

 そう思ったのも束の間、俺は彼に生じた変化にすぐ気付く。
 突っ伏している彼の頬や腕には、明らかに青痣があったのだ。
 外鯨はどうやら、その痣を隠そうとして寝たふりをしているらしいが、範囲が広すぎて隠しきれていなかった。
 それを見た瞬間、まさに沸騰するという言葉がぴったりなくらい、俺の怒りは爆発していた。
 どうしてあいつが虐げられなくちゃいけないんだ? いい加減に、あいつを解放してやっちゃくれないのか?
 最早それはいじめの加害者というよりも、そうした子ども社会の構造、人間そのものへの怒りに近く、だからこそやり場のない熱量は、ただ虚しく空を切るのみだった。
 ……落ち着かなければならない。
 このまま俺が復讐に出るのは簡単だ。あれほどの怪我をして、誰も加害者を知らないなんてことはないだろう。吊し上げてでも吐かせれば、情報くらいは出てくるはず。
 ただ、俺と外鯨の関係性について、ひょっとすると不良どもは知らない可能性もある。二人で一緒にいるところは、俺が思うに一度も見られていないからだ。
 外鯨が周囲に話すか、俺の気付かない遠くから目撃されていたならバレているだろうが、前者は有り得なさそうだし、後者が唯一可能性としてあるくらいか。
 もしも繋がりが見えない中で復讐などに打って出たら……抗争はまず間違いなくそこで終わることはない。外鯨は余計にまずい立場に追い込まれ、余計に傷つくことになるだろう。そんなことは許せない。
 正直なところ、これで最後だと信じて静観するのが一番マシな選択肢かもしれない。ただ、それは選択するというよりも、選択を放棄したのに近いとも思う。
 何かを……あいつが俺とは違う世界を生きられるような何かを、俺は為したかった。
 そんな気持ちになったことは、きっと生まれて初めてだった。
 怒りは、冷たく研ぎ澄ませてこそ本当の力になる。
 俺は無い知恵をそれでも絞って、解決への方策を考え続けた。
 そして、辿り着いた答えは。
 確かに、全てを終わらせるものには違いなかったのだが。





 それから一週間後。
 俺は一つの手掛かりを頼りに、街の裏通りで待ち伏せをしていた。
 もちろん、足がつくような情報収集はしていない。俺は外鯨を尾行し、バレないよう勝手に情報を集めたのだ。
 犯人の尻尾はすぐに掴めた。外鯨に暴力を振るった奴らは、そこから味をしめたのか彼に金銭を要求していたからだ。殴られなかったのがマシなのかどうかは何とも言えないが、外鯨は静かに紙幣を差し出すと、その日はすぐに解放されていた。
 奴らの顔をしっかりと覚え、俺は再会の機会を待った。流石に同じ学校の不良どもなので、三日としないうちにその姿は発見できた。後は、行動パターンをそれなりに把握すればいい。それ以上のことは、流れに身を任せるしかないと考えていた。
 そして、決行の日を迎える。
 俺は奴らがぎゃあぎゃあ喚きながら裏通りを歩いているところにふらふらと出て行き、ちょうど曲がり角のところでぶつかった。
 どちらにも過失があるようなぶつかり方になるよう注意し、顔もすぐに見られることがないようになるべく逸らす。
 これだけで、不良どもは鬼の首でも取ったかのように喜び勇んで因縁をつけてくるのだ。
 だから――俺はそれを買ってやった。

「おい、どこに目つけて歩いてやがんだ?」
「……あ?」

 俺が一睨みすると、三人いた不良どものうち二人が途端に顔色を変える。だが、最初に啖呵を切った金髪の男だけは何も気付かず、

「どこに目つけて歩いてんだって聞いてんだよッ!」

 問答無用で振りかぶられる拳。普通の人間なら理不尽だと許しを乞う展開でも、俺には馬鹿馬鹿しくて欠伸が出るものだ。
 軟弱なパンチを紙一重で躱すと、相手が突っ込んでくる力を利用して鳩尾に拳を深く突き刺してやる。金髪頭は何が起きたのかも理解できないまま、痛みに悶えてうずくまった。

「ひっ……」
「こ、こいつ……義本ですよ! 暴れ虎とか言われてる!」

 俺、そんなダサい二つ名が付いてたのかよ。この状況でそれを知って、少しテンションが下がった。……ついでにその呼び名も止めさせようか。

「おい……喧嘩なら相手見て選びな?」
「ひぃ……」

 既に一人は逃げ腰になっているし、一人は蛇に睨まれた蛙のように固まっている。そんな中、反抗的な態度を崩さなかったのは最初に殴りかかってきた奴だった。仕掛けた手前、引っ込みがつかなくなっているというところか。後ろの奴らは子分だろうし、格好悪いままで引き下がれないのだろう。

「てめえ……不意打ちで良い気になってんじゃねえぞ!」

 どっちが不意打ちだよ、と鼻で笑いながら、再び突進してくるそいつを軽くあしらう。
 背中を小突くと突進の勢いのままバランスを崩し、転びかけて情けないステップを踊っていた。

「馬鹿にしてんじゃ……!」

 金髪頭の振り向きざま、俺は容赦無い平手打ちを頬にお見舞いした。派手な音が一帯に鳴り響く。
 単純に殴るよりも、平手打ちの方が俺の負担も少なく、音や衝撃で相手の戦意を削ぐことも出来るので、ビビらせたいだけであれば俺は多用していた。まあ、当たりどころが悪ければ鼓膜が破れる危険性もあるし、気をつけてはいるが。

「……あ、あぁ……」

 最後の一人も戦意を喪失し、その場にへたり込んだまま顔を蒼白にしている。張られた頬だけが赤く腫れ、奇妙なコントラストを描いていた。

「誰彼構わず当たり散らして強がってんじゃねえよ、不良ども」

 俺がそう告げて一睨みすると、もう不良どもは耐えきれなかったようで、弾かれるように逃げていった。最後に一度だけ、憎らしげにこちらを一瞥していったのを確認すると、俺はようやく計画の成功を確信し、口元に笑みを浮かべるのだった。

 ――さて、どう決着するかね。

 どうせ、ここにいるのはこれが最後だ。
 だから、何もかもに終止符を打って、新天地へ向かおう。
 それは中学生が考えるにはあまりにも破滅的な思いで、けれど心からの願いだった。
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