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Tenth Chapter...7/28
外鯨美波①
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痛みは記憶を呼び覚ます。
痛みを刻んで、俺は後悔を忘れないようにと誓った。
何もかもが遅すぎた、手遅れの果てに。
俺はあの日の別れを迎えたのだ。
*
「あの……義本さん。ありがとう、ございます」
「あ?」
あまりにも突然のことだったので、俺は反射的に喧嘩を買うような口調になってしまった。悪い癖だ、相手もびくりと怯えてしまっている。
「ん、ああ……すまん。でもお前、見たことねえ顔だけど……俺が何か感謝されるようなことしたっけか?」
「見たことなくても仕方ないと思います、お話するのははじめましてなので。同じ学年ではあるんですけど……外鯨っていいます。外鯨美波」
「はあ……」
正直、聞いたことのない名前だった。当然と言えば当然だ、俺は学業に興味を持てていなかったし、教室にいないことが多かった。それで外をふらふらしていたら不良に絡まれるのだから、どちらでも面倒臭い。
かと言って、帰る場所は温かみのない施設ときては、居場所などどこにもないに等しかった。ふらふらしているのが一番マシ、というわけだ。
外鯨はじっと俺を見つめている。純粋な瞳は、これまで俺に向けられたどんな視線とも違って感じられた。怒りや憎しみ、或いは蔑み。そんな目に耐えてばかりいた俺にとっては、むしろ悪意なき目は気恥ずかしくなるものだった。
「……で、俺はお前に何を?」
「えと、僕はこんな感じなので、クラスの悪い人たちによくからかわれているんですけど……ちょっと前、皆大人しくなったんです。それでどうしてだろうと思ったら、義本さんが全員倒しちゃったって話を聞いて……」
「あ~……」
具体的にどれがとは分からないが、不良グループを全滅させた記憶はある。無論、こちらから喧嘩を売ったわけではなく、気に入らねえという理由であちらから襲いかかってきたのだが。
どういうわけか不良というものは、敵と認定した奴の素性を探りたがるらしい。おかげさまで、俺が児童養護施設にぶち込まれているという事情は色んなところに広まっていた。初対面の不良どもにまで親なき子なんだろと吐かれる始末だ。
「こんな学生生活を送ってるもんでね。喧嘩は絶えないんだよ。まさかそんなことで感謝されるなんてビックリだが……お前も首を突っ込みたくはないだろ、あんまり近づかねえ方がいいさ」
「それでも、僕はありがとうって言いたかったんです。誰かに助けられることなんて、初めてでしたから」
俺が直接、助けようと思ってしたことじゃない。そう否定しようとしたが……彼には関係ないのだ。
こいつの目を、そして体のところどころにある痕跡を見て、思う。そんなことでも、こいつ……外鯨にとっては助けと感じられたのだ。
今までに手を差し伸べられたことがないから。
「はっ……」
乾いた笑い声が思わず溢れた。
少しだけ、こいつに同情してしまったからだ。
まさか。こんな平凡な少年が、俺と一緒であっていいわけがない。
地獄のような苦しみは、こいつが背負うべきものじゃあないはずだ。
「……外鯨とか言ったな」
「は、はい!」
名前を覚えられたのが嬉しかったからか、僅かに声を上擦らせて彼は返事する。
何だよ、それ。俺は憧れの先輩でも何でもないぞ、と突っ込みたくなった。
「虐められてんなら親にでも頼れ。それができなきゃ、ちゃんとしたところを頼るか自分が強くなるんだな。偶然の助けがあったのかもしれねえが、そんなのはいつまでも続かねえぞ」
「……はい。分かってます」
彼は組んだ両手をぎゅっと握り込む。
……きっと、分かってはいるのだ。その上での、これは感謝で。
「……ま、不良を気取るってんならそれもアリだとは思うけどな。俺も実際、ただ気取ってるだけだ」
「ですよね。義本さん、優しそうですから」
「俺が? 馬鹿言え」
優しいなんて言葉、使われたこともなければ俺に似合うとも思わない。俺はいつまでも薄汚れたまま、日の当たらない場所を歩き続けるだけの人間だ。
けれど。
「僕、義本さんみたいになりたいです。強い心を持って、自分で生きていけるようになりたい」
「……そうかい」
そんな風に純真な眼差しで告げるこの少年に、全否定をする気にもなれず。
――面倒な奴と出会っちまったな。
俺は憎らしいほど青い空を仰ぎ、ただそんなことを思うばかりなのだった。
痛みを刻んで、俺は後悔を忘れないようにと誓った。
何もかもが遅すぎた、手遅れの果てに。
俺はあの日の別れを迎えたのだ。
*
「あの……義本さん。ありがとう、ございます」
「あ?」
あまりにも突然のことだったので、俺は反射的に喧嘩を買うような口調になってしまった。悪い癖だ、相手もびくりと怯えてしまっている。
「ん、ああ……すまん。でもお前、見たことねえ顔だけど……俺が何か感謝されるようなことしたっけか?」
「見たことなくても仕方ないと思います、お話するのははじめましてなので。同じ学年ではあるんですけど……外鯨っていいます。外鯨美波」
「はあ……」
正直、聞いたことのない名前だった。当然と言えば当然だ、俺は学業に興味を持てていなかったし、教室にいないことが多かった。それで外をふらふらしていたら不良に絡まれるのだから、どちらでも面倒臭い。
かと言って、帰る場所は温かみのない施設ときては、居場所などどこにもないに等しかった。ふらふらしているのが一番マシ、というわけだ。
外鯨はじっと俺を見つめている。純粋な瞳は、これまで俺に向けられたどんな視線とも違って感じられた。怒りや憎しみ、或いは蔑み。そんな目に耐えてばかりいた俺にとっては、むしろ悪意なき目は気恥ずかしくなるものだった。
「……で、俺はお前に何を?」
「えと、僕はこんな感じなので、クラスの悪い人たちによくからかわれているんですけど……ちょっと前、皆大人しくなったんです。それでどうしてだろうと思ったら、義本さんが全員倒しちゃったって話を聞いて……」
「あ~……」
具体的にどれがとは分からないが、不良グループを全滅させた記憶はある。無論、こちらから喧嘩を売ったわけではなく、気に入らねえという理由であちらから襲いかかってきたのだが。
どういうわけか不良というものは、敵と認定した奴の素性を探りたがるらしい。おかげさまで、俺が児童養護施設にぶち込まれているという事情は色んなところに広まっていた。初対面の不良どもにまで親なき子なんだろと吐かれる始末だ。
「こんな学生生活を送ってるもんでね。喧嘩は絶えないんだよ。まさかそんなことで感謝されるなんてビックリだが……お前も首を突っ込みたくはないだろ、あんまり近づかねえ方がいいさ」
「それでも、僕はありがとうって言いたかったんです。誰かに助けられることなんて、初めてでしたから」
俺が直接、助けようと思ってしたことじゃない。そう否定しようとしたが……彼には関係ないのだ。
こいつの目を、そして体のところどころにある痕跡を見て、思う。そんなことでも、こいつ……外鯨にとっては助けと感じられたのだ。
今までに手を差し伸べられたことがないから。
「はっ……」
乾いた笑い声が思わず溢れた。
少しだけ、こいつに同情してしまったからだ。
まさか。こんな平凡な少年が、俺と一緒であっていいわけがない。
地獄のような苦しみは、こいつが背負うべきものじゃあないはずだ。
「……外鯨とか言ったな」
「は、はい!」
名前を覚えられたのが嬉しかったからか、僅かに声を上擦らせて彼は返事する。
何だよ、それ。俺は憧れの先輩でも何でもないぞ、と突っ込みたくなった。
「虐められてんなら親にでも頼れ。それができなきゃ、ちゃんとしたところを頼るか自分が強くなるんだな。偶然の助けがあったのかもしれねえが、そんなのはいつまでも続かねえぞ」
「……はい。分かってます」
彼は組んだ両手をぎゅっと握り込む。
……きっと、分かってはいるのだ。その上での、これは感謝で。
「……ま、不良を気取るってんならそれもアリだとは思うけどな。俺も実際、ただ気取ってるだけだ」
「ですよね。義本さん、優しそうですから」
「俺が? 馬鹿言え」
優しいなんて言葉、使われたこともなければ俺に似合うとも思わない。俺はいつまでも薄汚れたまま、日の当たらない場所を歩き続けるだけの人間だ。
けれど。
「僕、義本さんみたいになりたいです。強い心を持って、自分で生きていけるようになりたい」
「……そうかい」
そんな風に純真な眼差しで告げるこの少年に、全否定をする気にもなれず。
――面倒な奴と出会っちまったな。
俺は憎らしいほど青い空を仰ぎ、ただそんなことを思うばかりなのだった。
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