この満ち足りた匣庭の中で 三章―Ghost of miniature garden―

至堂文斗

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Ninth Chapter...7/27

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 WAWとは一体何の略称なのか。
 英語が苦手な俺には単語が浮かばないし、そもそも英語でないことだってあり得る。ヒント無しの虫食いパズルをやらされているようで、解けるという現実味がなかった。
 頭の中でぐるぐると考えを巡らせている間に、永射邸跡が見え始めた。火事になってから近づいていなかったが、実際に見てみるとここまでかと思わされる。昨日までの面影はまるでなく、ほぼほぼ真っ黒焦げの基礎部分しか残されてはいなかった。
 目的の一つ、通信の傍受は成功に終わったので、あとはこちらの調査だけだ。火事が起きるより前に来たかったが、最早過ぎたこと。やりやがったな早乙女優亜、と怒りに変えておくとしよう。
 近くに寄ると、瓦礫を踏み鳴らす音。かなり散乱しているので、注意しないとつまづきかねない。床面は大部分が埋まっているのではと思うほどに残骸は積み上がっていた。

「こりゃ、想像以上だな……」

 雨も大して消火には寄与しなかったのか、よほど周到に火種を用意してから燃やしたのか。難を逃れていそうなものは見当たらない。金庫の一つでもあるのではと考えていたが、どこにもそれらしいものはなさそうだ。
 チクリとした痛みを腕に感じる。突き出た残骸に引っ掛かったらしい。本当に、怪我の危険と隣り合わせだな。
 山のように瓦礫が積み上がっている部分は、動きそうなら少し持ち上げたりしてみる。大抵は何もないが、時折焦げていない小物が発見できた。目に見えるところに望みがないなら、こうして隠れた部分を覗いていくしかないかもしれない。
 数分間、足場の悪さや瓦礫の重さに苦戦しつつ、探索を継続すると、ある場所に奇妙なものを発見する。物の多さから考えて倉庫か収集室だったであろう場所。その床、カーペットが敷かれている場所に、膨らみのようなものがあったのだ。

「こいつは……」

 ピンときて、カーペットを引っぺがす。すると想像通り、下には隠し扉が存在していた。鉄製の重厚な扉で、船のハッチのようになっている。これだけ分厚い扉の下なら、火事が起きても中には影響しないはずだ。
 これは大発見かもしれない、と興奮しながら掴み口を握って引っ張ったのだが、扉はびくともしない。どうやら故障などではなく、鍵が掛かっているようだった。
 ここまで来て、鍵に阻まれるとは。火事か崩落で脆くなっていないかと淡い希望を持ったが、乱暴に引っ張っても扉が動くことはない。
 これ以上やっても手や肩を痛めるだけだ。俺は早々に無理な開扉を諦めた。……鍵。どこかに鍵が転がっていないだろうか。

「はあ……俺の目じゃ分かんねえぞ……」

 黒焦げの床面は、何かが落ちていても判別がつき難い。加えて天候は、雨が止んだと言っても分厚い雲のせいで薄暗く、マイナスでしかなかった。手を伸ばせば、瓦礫の突起に触れてしまったし、これでは指を怪我するだけだ。
 文句を垂れながら、それでも十分近く慎重に周囲を探ったが、やはり鍵らしきものは見つからない。今日は諦めて、せめてオヤジとか龍美とか、援軍を呼んだ方がよさそうだな。
 進展としては、地下室の扉が見つかったことくらい。まあ、それだけでも今は満足しておこう。扉に手をかけることはできたから、後はそれが開ければ何かが出てくるはずだ。
 こんな思わせぶりなものがあるなら、奥にだって相応のものがあっていい。

「はあ、帰るか……」

 手には煤がついているし、きっと服も同じような状態だろう。さっさと帰ってオヤジに謝らないといけないな。
 転ばないように、一歩ずつ足場を確かめながら外へと向かう。ガシャリという音がやけに怖いし、足には知らず力が入った。
 格闘すること五分ほどで、玄関口まで戻ってこられた。細かい切り傷は何箇所かできてしまっているようで、腕が少しヒリヒリしている。まあ、これくらいは仕方がない。
 ――と。

「……ん……?」

 遠くの方で誰かが歩いてくるのが見えた。こちらは陰になっているおかげか、上手い具合にまだ見つかっていないようで、俺だけがその存在に気付いたのだった。
 向こうの人物は、真っ直ぐこちらへ歩いてくる。俺は慌てて中に引っ込んで、瓦礫が積み重なっている物陰に身を隠した。狭い一室の跡のようで、まだ残っている骨組など遮蔽物は多い。
 どうやらあの人物は、この邸宅跡を目指しているようだが……。

 ――もしかして。

 直前に浮かんだ顔と同じ人物が、こちらに向かってくる正体だった。……早乙女優亜。この邸宅を焼失させた、恐らくは実行犯だ。
 無論、彼女一人が全てを計画し、犯行に及んだとまでは考えていない。大方、貴獅の指示なんだろうが……彼女はそれに素直に従ったのか、というところが疑問だった。
 放火など、普通に犯罪行為だというのに……。
 早乙女さんは普段とはまるで違う、感情を失ったかのような顔のまま玄関部分をまたぐ。靴はスニーカーに履き替えているようで、瓦礫も全く意に介していない。
 ガシャリ、ガシャリ。派手に音を立てながら敷地内を進んでいき……そして、壁の跡に隠れて見えなくなった。
 あの先は、さっき地下室への入口扉があった場所だ。となれば、彼女が合鍵を持っていて、今まさに扉を開こうとしているところなのではないか。中に入られたら、重要な手掛かりが処分されてしまうかもしれない。
 焦燥感の中、俺はできるだけ足音を立てないよう、地下室の方へ近付いていった。人影は見えない。もしかしたら、もう入ってしまったのだろうか。扉の音は聞こえなかったが……。

「……あれ?」

 顔を覗かせたとき、早乙女さんの姿がなくなっていた。冷たい鉄扉にも、特に変化はない。あんな大きなものが動けば軋む音は絶対にするだろうし、入ったようには思えないのだが、事実彼女はいない。
 一体、彼女はどこに。
 そう困惑して振り返ろうとした瞬間。
 脳天に、凄まじい衝撃を食らって。

 ――嘘だろ。

 そんな言葉は、頭の中を一瞬だけ掠めたが、すぐに何もかもが闇の中へと沈んでいった。
 まるで、この世界の終わりのように。
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