この満ち足りた匣庭の中で 三章―Ghost of miniature garden―

至堂文斗

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Ninth Chapter...7/27

再会と傍受

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 今日は早めに昼食を作ってもらい、俺はさっさと行動を開始する。蟹田さんから得た情報を最大限活用するためには、とりあえず二つの場所に出向くべきだと考えていた。
 一つはもちろん永射邸跡。奴らの計画を示す何らかの手掛かりが残っていないか、それを探す必要がある。
 もう一つは、俺たちの秘密基地だ。どこまでできるかは未知数だが、一応パソコンが使えるかは確かめておきたい。ムーンスパローがあれば、病院から発せられているであろう通信を傍受できる可能性もゼロじゃないと考えていた。
 まあ、基地についてはあくまでオマケだ。少しだけ、懐かしさに浸りたいと馬鹿みたいな気持ちになったことも大きかった。あいつらとの繋がりを、せめて少しだけでもと。
 調査に出向くとだけオヤジに伝え、家を出てそのまま北へ。まだ湿り気のある、枝葉の散らばる山道を歩いていく。ここへ来るまでにも時間は要したが、自分の歩速は大体把握しているし、想定の範囲内だ。
 午後一時前。玄人や龍美は、流石に試験を終えて昼食でもとっている頃だと思うのだが……。

「ん……?」

 物音が聞こえた気がした。……風が何かを動かしたのだろうか。けれど、今は微風でそんな気配もない。
 音は秘密基地の方向から聞こえたようだ。何によって発せられた音なのか……動物か?
 そっと、木の影から基地の中を覗き見る。
 すると、そこには。

「……あ……」

 ぎこちない動きで、けれども頑張って片付けをする彼女。
 一人きり、誰にも見せられないのであろう寂しげな表情を露わにする、彼女の姿があった。
 俺は……。

「……痛て」

 彼女は、軽い頭痛に苛まれたか、側頭部を押さえながら呟く。そのまま一雫の汗を拭うと、小さく溜め息を吐いた。
 片付けは終わったようだ。どうせ彼女のことだから、今日は自分がやるからと玄人を帰らせたのだろう。そして一人になって、この静かな場所で自分の思いを整理していたに違いない。
 それが、あの表情なのだ。
 少しだけまぶたを閉じてから、彼女は決心したように歩き出す。今日はもう帰るつもりのようだった。
 やり過ごせばいい。一瞬はそう考えたけれど、本当にそれで良いのかという気持ちが頭をもたげた。
 やりきれない感情。
 せめて僅かばかりの安心くらいは。
 彼女こそ、きっと一番心配してくれている存在に相違なく。
 だからこそ、こんなにもメッセージを送り続けているわけで。
 既に何人かの人物に会い、協力を取り付けている中で、顔も見せないのはやはり……もどかしかった。
 もう、心の中で詫び続けるのは辛かった。
 そして――あの表情。

「……よう」

 突き動かされるようにして、俺は声を発していた。
 最早懐かしくすら感じる彼女に向かって。

「……疲れた顔してんな、龍美」





 そこからの気持ちの切り替えは案外早かった。龍美から率直な思いをぶつけられたことももちろん大きい。とにかく、彼女は本気でこの事件の解決に寄与したいと考えてくれているようで、ならば口を閉ざすという、裏切りのような選択肢は選べなかった。
 俺はこれまでに得てきた情報をほぼ包み隠さずに明かした。満生台で秘密裏に行われているらしい実験のこと、それを行う病院の思惑や出資者の存在……。GHOSTの詳細など、一部曖昧にしたことはあったが、事件に限って言えば大体は把握できるくらいのことを語ったはずだ。まあ、それだけでも龍美は目を丸くして驚いていたけれど。
 無理もない。これが単純に電波塔計画に反対する人間の凶行だというなら、受け入れられるレベルではある。なのに付随する要素があまりにも多すぎるのだ。むしろ永射が殺されたことの方が本筋に対する枝葉のようにしか思えない。
 解くべき謎はうず高い。殺人の犯人を暴くということが即ち事件の解決になるという保証もない。だから、犯人だけでなくこの事件全体を見つめる必要がどうしてもあった。
 協力を申し出てくれた龍美に、俺は早速仕事を頼む。蟹田さんから聞いていた通信の件だ。病院……恐らくは久礼貴獅がいつ外部と連絡をとっているかは不明だが、やり方を決めていれば定期的に確認できる。龍美も操作が覚束ないとはいえ、俺より断然マシだしプログラムへの理解もある。通信傍受の準備は物の数分で完了させることができた。
 ムーンスパロー。満雀ちゃんの希望を乗せたこの装置が、今は父親の秘密を暴くために使われているとは。口が裂けても本人には言えないな。

「そもそも、文字データを拾うだけで精一杯な装置でもあるしねえ……発信源が近いから拾えるかもって希望に賭けるしかないかしら」
「駄目なら駄目で、別の策を考える。なに、もう一回盗み聞きすりゃいいだけだからな」

 既に永射のところでやっているからと、やや自嘲気味に呟いた言葉だったが、龍美は顔を歪める。危険なことと分かっている行動を肯定できないのだろう。まあ、本当に盗み聞きするのは最終手段だ。蟹田さんの協力もあることだし、そちらは任せることになるかもしれない。
 しばらくムーンスパローを付けっぱなしにしていたが、反応は現れない。アマチュアレベルの製作物なので、そもそも通信がうまく拾えるかはまだ不安が残る。一度の成功は偶然の産物かもしれないし。この上いつされるか分からない通信を傍受するのは更に困難だろうな。
 時刻は午後一時過ぎ。ちょうど昼休みの時間帯なら、可能性は高そうなのだが。

「なあ、龍美。これってデフォルトの周波数だっけか?」
「ん、まあそうね。幅広く拾えるようにはなってるはずだけど」
「絞ったりできるもんか?」
「絞るって……つまり周波数を限定するってことよね?」

 俺はこくりと頷く。思い付きだが、やらないよりはマシだと思ったアイデアだ。
 GHOSTという組織と、その構成員であった永射孝史郎。あいつが鬼封じの池にあった廃墟について知識を有し、先人とまで語っていたなら……。

「――802Mhz」
「……マジ?」

 龍美はその数値に驚く。彼女にとってそれは、廃墟で見つけただけの数字の羅列に過ぎないから当然といえば当然だ。
 しかし、俺はそれ以上の繋がりを一応知っている。可能性は低くとも、試してみることくらいは悪くないだろう。
 龍美は半信半疑ながら、ゆっくりと周波数をずらしていく。802Mhzに向けて、少しずつ。
 そうしてメモリが802の場所へ行き着くと、彼女は小さく息を漏らした。
 あとは我慢比べのような時間だった。数分間、特に何も発することなく波形を見つめ続ける。もしかしたら、という思いが息をすることさえ忘れさせかけたが、結局三分ほど待っても波形に変化は生じなかった。

「……やっぱ駄目かねえ」
「そもそも関係ない数字でしょうし……」
「ま、もしかしたら貴獅もあの数字を見て……とか考えたが、あり得ねえよな」
「そりゃあね――」

 龍美が気怠げに頷いた、ちょうどそのときだった。
 レッドアイのシステムに、微小な変化が現れたのは。
 明らかに、何か電波を拾っている。
 802Mhzという周波数帯で、何かを……。

「嘘……」
「聞こえるか……!?」

 俺も龍美も、ほとんどくっつくくらいの距離まで耳を近づける。ノイズ混じりの音だが、確かに何かが聞こえていた。
 これは――声だ。

『……警戒…………の……』
「き、聞こえる……!」

 驚いて声を上げてしまった龍美だが、続きが聞こえなくなるので俺は身振りで黙らせた。悪いなとは思ったが、大事な情報を聞き逃すことだけは避けたい。

『……は……WAWプログ…………』

 男の声。この低さからすれば、該当するのはほぼ間違いなく貴獅だ。途切れ途切れな言葉で、かつそこから先はノイズばかりになってしまったが、聞き慣れない不可思議なワードは耳に飛び込んできた。
 WAWプログラム……。
 拾えただけでも奇跡だ、と龍美は呟く。だが、その奇跡も龍美なくしては起こらないものだった。だから素直に感謝を示したのだが、周波数帯を口にしたのは俺の手柄だと逆に褒められてしまう。あまり慣れていないので上手く反応は返せなかった。
 WAWが何の略かは不明としても、プログラムは計画という意味だ。それは永射たちの話していた実験と繋がる。つまりこの街でなされている実験が、WAWプログラムという名称である可能性は高かった。

「WAWね……。とりあえず、そっちの中身も追ってみることにするか。永射の事件に繋がってる線も濃いしな。……サンキュ、助かった」
「これくらい全然。……とんでもないことになってきたわね」

 全くだ。これが今起き始めたことではなく、昔から水面下で蠢いていたものだというのが尚更気持ち悪い。
 表面化した事実を拾い上げ、怖がっているようでは、全ての真実が明らかになったとき、俺たちはどう感じるのだろうか。……果たして、どんな真相が待っているのか。

「んじゃ、俺はそろそろ帰るとするぜ。時間が惜しいってのもあるしな。お前とは連絡をとりあうが、最低限にしておくつもりだ。こっち側の通信を傍受されてるって危険性だってある」
「それは考えすぎ……だといいけど。了解したわ、今日はアンタの無事が分かっただけでも良しとします」

 その代わり、今後はもっと頼ってほしい。そんな気持ちが容易に透けて見える表情をしながら龍美は言う。だから、真剣な場面なのに笑ってしまいそうになった。
 本当に、お前というやつは。

「すまねえが、玄人や満雀には俺のこと言わないでくれ。半端なのはかえって心配させるからよ。……じゃあ、またな」
「ええ、また」

 また、という部分を殊更力強く。
 必ずそれが来ますようにと、彼女は俺を送り出す。
 ああ、心配なんてするな。俺は必ずこの事件を終わらせる。
 そして、また賑やかな日常をお前らと過ごしてやるとするさ。
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