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Ninth Chapter...7/27

盈虧院

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 自身の目論見がご破算になってから。
 俺はとぼとぼと家に帰り、そのまま何をするでもなく時間を浪費して、眠りこけた。
 喪失感からくる眠気は何をも上回り、俺を物言わぬ骸のように鎖すのだった。
 オヤジには簡潔に診察の内容を話したが、やはり良い顔はしなかった。状況が好転したわけでなく、時間があるときにじっくりメンテナンスをしなければいけないという回答なのだから当然のことだ。
 オヤジも結構この手のことには精通しているし、現状が芳しくないことを理解したのだろう。
 雨は夜のうちに止んだ。しかし、長く降り続いた雨も永射邸の火事を鎮める力は無かったようで、住民たちの話で邸宅が全焼したという情報は入ってきた。今やあの豪奢な邸宅は、黒焦げで骨組だけが残っているような状態だという。
 組織の計画を隠したい者がやったんだとしたら、ムカつくくらいに上手くいったわけだ。
 ただ、希望はまだ失っていない。例えば何かケースに入れて保管していたものなど、燃え切らなかった残骸でもあればとは考えていた。なるべく人気にないときに忍びこめればな、と画策している。
 ……それにしても。

「早乙女さん、ねえ……」

 雨の止んだ、鈍色の空を見つめながら呟く。昨日、火事騒ぎの中逃げるように走って行ったのは、間違いなく早乙女さんだった。
 双太さんと同じ、病院で働く人間。どちらかと言えば何も知らない側なのではないかとすら考えていたが、やはり分からないものだ。
 蟹田さんの言葉、外見も内面も偽れないものではないというのは真実だなと、思い知らされる。
 彼女は少なくとも、何らかの事情を知っているのだ。
 状況から見て、永射邸に火を放ったのは早乙女さんである可能性が高い。証拠の隠滅……自発的か指示されてかは不明だが、彼女の目的はそれで間違いないだろう。
 医療センターがGHOSTの息のかかった施設であるなら、そこで働く人間の誰がGHOSTの構成員でも不思議ではないのだ。双太さんも、下働きと自称したがそれでも組織に属しているかもしれないし、確かなことは何も言えない。
 信じることは結局、難しい。
 朝食の席で、俺はオヤジに病院関係者の経歴なんかについて知らないか訊ねてみた。もちろん、仕事柄交流があるだけなので、オヤジも大して過去のことは把握していない様子だったが、どうも双太さんと早乙女さんが同じ施設で育ったらしいということは話してくれた。互いに幼い頃から身寄りがなかったそうで、中学までを共に過ごし、その後しばらくは別離となったが、偶然にも医学という共通の道を進み、再会したのだとか。久礼貴獅と出会い、ここへ来ることになったのも医科大学での出会いゆえのようだ。
 あまり関係性を周囲に明かしたことがないし、そこまで親密そうな場面にも出くわしたことがないが、本当は相応に親しくしているのかもしれない。
 二人は孤児、か。まさか盈虧院にいたわけではあるまいなと勘繰ってしまう。児童福祉施設なんて他にもあるわけだが、盈虧という言葉は何らかの繋がりを感じさせてしまうのだ。

「オヤジは、盈虧院のことをどれだけ知ってたんだ?」
「……お前がいた施設か。全国に複数箇所あったらしく、それなりの人数、児童がいたようだ」
「この街に学校は盈虧園って名称がついてるけどさ。実際、何か関係してると思うか?」

 オヤジはその問いに口をつぐむ。それは驚きというよりは、何かを言うか言うまいか迷っているかのような沈黙に思えた。

「……盈虧という単語は」

 探るように、オヤジは言葉を紡ぐ。

「月の満ち欠けという意味を持つ。ただ、それが使われている例など、俺は他に知らない」
「普通の人は一生使わねえ単語かもな」
「ああ。……盈虧院もまた、GHOSTの出資による施設だというのは疑いようがないだろう」
「……はっ、やっぱりか」

 別段驚きはしない。確率の低さを偶然とするよりは、そこに何らかの必然性があるとみた方がいいのは当然だ。
 盈虧園と盈虧院。似ているならルーツが同じ可能性は大いにあった。
 だが……。

「……そっか。オヤジが少し言い淀んだのは……そういう理由もあるのか」

 オヤジは、ゆっくりと頷いた。

「病院の経営のため、牛牧はGHOSTと関わりを持っている。そして俺は、その牛牧と旧知の仲だった。こちらへ移住してきたのも奴の仕事に協力するためだし、仕事の内容についても把握はしていた。背景までは別だが」
「オヤジ自身がGHOSTの誰かと話したことは?」
「久礼くんを除くとすると、会ったことも話したこともない。基本的に、そういう所と繋がりを深くすることは避けたかったからな」

 それで正解だろう。とは言え、こちらが近づきたくなくとも、相手から近づいてくるものだったりするが。

「この街のシステムは分かっているな。満ち足りた暮らしをスローガンに、何らかのハンディキャップを持つ者たちを移住させ、最新の技術によりそれを補うような生活を実現する。もちろん広告媒体などを見てやって来る者が多いのだが、一部は別のルートがある。……それが盈虧院など、そもそもGHOSTが関係している所からの推薦なんだ」
「……そういうわけかよ」

 ああ、つまり。
 俺は身寄りを失って盈虧院に流れ着き。
 更にそこで大事なものが欠け落ちてしまったが故に。
 GHOSTのリストからピックアップされ、ここへの移住を提案されたのだと。
 オヤジは移住予定者から俺の名前を見つけ、ならばと保護者として立候補したわけだ……。

「出資っつーのはこの街だけじゃなかったわけだ。街の構造を作る根っこの部分まで奴らは考えていた、と」
「盈虧院がなくとも、この街の機能を鑑みるに、人は集まったと思うのだが。不安要素をなるべく排除したかったのか、他の思惑があるのかは流石に分からん」
「疑っちまうけどな」

 慈善事業で一連の流れを作っただけ、というのは最早信じられない。何らかの意味があるからこそ、奴らはそこに資金を投じているはずなのだ。

「……双太さんや早乙女さんも盈虧院にいたかもしれないんだろ? だったら、移住してきた他の住民も盈虧院にいたかもしれなってことだよな」
「人数についても俺は知らんが、それなりに勧誘があり、移住が決まっているという話は牛牧から聞いたことがある」

 盈虧院が設立されたのは二十年ほど前だったはずだし、そこにいた孤児となればまだ若いはず。一番人数が多そうなのは、俺の通う学校やその卒業生あたりなのではないだろうか。
 玄人は出自について聞いたことがないが、龍美は薄らと家族の事情を仄めかしてくれたことがある。血の繋がりについて言及していたこと、本物の姉がいるということから、積極的に触れないではいたが、何となくあいつも該当者なのではないかと思えた。

「分かってたことではあるけど、より明確に……理解しなくちゃいけないんだな」

 この街を丸ごと利用した、GHOSTによる研究の対象。

「俺たちは、わざわざ集められたモルモットってわけだ」

 オヤジはしかめっ面になりながらも、その言葉を否定しようとはしなかった。
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