この満ち足りた匣庭の中で 三章―Ghost of miniature garden―

至堂文斗

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Eighth Chapter...7/26

探偵

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「気を付けてね」

 双太さんの言葉を背に、俺は診察室を出ていく。ちょうど受付の女性に用事を与えて別の場所に移動させてくれたところだったので、廊下には誰もいなかった。
 そこまでして見送ってくれた双太さんには悪いが、俺は病院にまだ用がある。頼りたいのは双太さんだけではないのだ。
 気配を探りながら、階段を登っていく。三階の病室。蟹田さんがいる個室だった。

「……お邪魔しますよっと」
「……おや?」

 軽くノックをしてから入ると、感嘆詞にはそぐわず嬉しそうな表情の蟹田さんが俺を迎え入れた。

「珍しい客人だ」
「その反応じゃ、蟹田さんも状況は知ってるみたいっすね」
「こういう身だからこそ情報が早いのかもしれないよ。患者さんとの交流も深いわけだし」
「はあ、なるほど」

 爺さん婆さんの井戸端会議に参加する蟹田さん、というイメージは何だか笑えてきてしまうが。

「けど、ビビらないんすか? 俺が永射を殺したかもしれないって噂でも流れてると思うんすけど」
「はは、君という人間は自分が思ってる以上に評価されているようだよ。心配の声ばっかり聞いてる。……嘘は下手そうだしね」
「ちぇっ、食えない人だな」

 嘘が上手いという自信は確かに無いが、人から指摘されるとムカつくものだ。ただ、そういう蟹田さんの方はきっと嘘が上手いのに違いない。ただの入院患者がこんな振る舞いをするのにはやっぱり違和感があった。
 そんな俺の疑念が顔に出てしまっていたのだろうか、蟹田さんはおかしそうに笑うと、

「とは言え、俺も嘘が得意な方じゃないからねえ」
「……猫被りなのは何となく気付いてますよ」
「酷い言い方だな」

 蟹田さんはベッドから足を出し、縁に腰掛けるようにして俺と向き合う。目に濃く浮かぶ隈と細い体つき、そして入院患者用の服装という特徴は病人なのだが、特徴的だからこそそれは見せかけとして利用されているわけか。

「君に信頼されているということで、こちらも明かしておくことにしよう。実のところ俺は探偵みたいな真似事をやっていてね。この街で起きているであろう問題の調査に来ている」
「探偵……」
「ふ、余計に胡散臭くなっただろう。でも、そうとしか言いようがないんでねえ。もちろん、事件を解決する名探偵なんかじゃなく、仕事を頼まれて秘密を暴くような、現実的な探偵の方だよ」

 フィクションに出てくる探偵は、確かに現実の職業とはズレはあるよなと思う。ある意味、蟹田さんはちゃんとした探偵ということだな。
 つまりは胡散臭い、のだが。

「この街に、調査すべきことが?」
「ああ。そして恐らくはこの病院が糸口だと睨んでいる。元々病弱なのは本当で、牛牧さんとは治療の際に知り合ったのだけど、僥倖だったよ。そのときの伝手でここみ入院させてもらって、コソコソ調べ回っているという経緯さ」
「じゃあ、牛牧さんもその辺の事情は知ってるんすね」
「色々と助けてもらっているよ。あの人にしても、自分が建てた病院なのだから悪事に利用されていないかは心配なんだろう」

 ――経営が軌道に乗るまでは、彼らに任せるしかない。

 牛牧さんの言葉が蘇る。あの人も、永射や貴獅に対して全面的に信頼を寄せていたわけでは決してなく、不信感のようなものはやはり、明確な根拠がなくとも抱いているのだ。

「具体的には、どんな調査内容なんすか?」
「今起きてる事件に関係するかもしれないと、虎牙くんは睨んでいるのかい」
「少なくとも、情報として得ておくに越したことはないと思うんでね」
「ま、賢明だろうね」

 蟹田さんはふう、と一つ息を吐いて、

「調べているのは通信技術に関するものだ。ここで研究されているであろう内容に問題がないかどうかを、俺は見極めようとしてる」
「通信技術……」

 それはつまり、電波塔に関するものなのか。

「一番特徴的なのは電波塔計画だけど、そこだけには留まらない。街全体で使われている、或いは使おうとしている技術全般が調査対象だ」
「そんな悪用される可能性とかがあるんすね?」
「うん……まあね」

 少し歯切れが悪かったが、難しいことを話しても理解できないと察せられたのかもしれない。専門用語を並べ立てられても正直さっぱり分からないし、深くは突っ込まないが。

「もう長いこといますけど、成果は」
「ある程度。誰なのか、が今の問題……というところか」
「病院っていうと、久礼貴獅さんじゃないんすか?」

 そうだったらいいのにという気持ちもありつつ名前を出したのだが、蟹田さんは緩々と首を振り、

「難しいのは、元凶を掴むことなんだ。例えば、それと知らずに違法なソフトを使うのは、いけないことだけれど避けるのは難しい。悪いものだという認識がないのだから。最も悪なのは、違法ソフトを広めた大元だ。つまりはそういう感じさ」
「……なるほど」

 仮に貴獅が技術を利用していたとして、その技術を流した大元がいる……と蟹田さんはみているようだ。その関係性からすると、怪しい人物には心当たりがあるのだが。

「永射がやたらと病院のことに関わってきてたと思うんですけど、その辺蟹田さんは怪しんでなかったんすかね?」
「無論、あの人も調査対象ではある。死後もね。いずれにせよ、これだと言える証拠は全然掴めていないから確定させようもないんだ」

 犯人が中々尻尾を出さないゆえ、蟹田さんの入院生活も長期化している、と。最初から目的が調査なら、もう三年以上もここにいることになりそうだな。

「……しかし。ここしばらく、そして永射さんの死後から急速に、事態が動き出している気配があってね。できることならこの機に乗じて、目的を達成したいと考えているわけだが……」

 そこで蟹田さんは、ちらと俺の目を見た。

「もしかして……」
「そう……ぶっちゃけてしまえば、俺は君を待ってたんだ。協力関係を結べそうな相手をね。どうだろう、君は潔白のために、俺は告発のために手を組んで調査する。そういう協定は」

 ……この事件は、蟹田さんにとっては好機だったのだ。長いこう着状態が崩れ、水面下であった何かが動き出した……彼からしてみれば、この機を逃す手はないに決まっている。おまけに協力者まで調達できるなら万々歳だと。
 まさか、という疑惑も過ぎる。そのためにこそ、彼が事件を起こした可能性はないかと。しかし、病人ではないにせよこんな弱々しい体つきの蟹田さんが一人で犯罪を遂げそうには思えないし、協力者を仮定しても浮かんでくるのは牛牧さんくらいだ。そっちの方が信じられない。
 ここは一つ、蟹田さんと手を取るべきかもしれない。そもそも、俺だって何か手掛かりをくれないかとここへ来たのだし。

「お互いのためになるんなら」
「ああ、きっとなるさ」

 協定の証にと、差し出される手。握手というのはあまり好きではなかったが、俺はとりあえず、ぎこちなく彼の手を握った。
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