この満ち足りた匣庭の中で 三章―Ghost of miniature garden―

至堂文斗

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Eighth Chapter...7/26

診察と対話③

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「はは、少し疑念を持たせてしまったね。でも、通信技術の全てが医療と縁遠いわけじゃない。この街の人たちと密接に関わっているものといえばそう、ブレイン・マシン・インターフェースという言葉を聞いたことはあるかな」
「ブレイン……? いや、ないっすけど」

 そもそも、横文字を覚えることが基本難しい。どこかで聞いたことがあっても記憶には残らないだろう。
 今ですらもう復唱ができないレベルだし。

「ブレインはもちろん脳という意味だけど、そこにマシンという言葉が引っ付いている。だからなんとなくAIを想像してしまうかもしれないね。でも、BMIはそうじゃなく、脳と機械を接続する仕組みのことなんだ」
「脳と機械をって、聞くからにヤバげじゃないっすか?」
「はは、マッドサイエンスという感じはするね。実際、開頭手術を伴うようなものもあるみたいだけれど、現在は非侵襲型の研究も進んでる。外から脳の信号を拾うタイプだね。とにかく、さまざまなやり方で脳の信号を拾い、その信号を元に機械を動かす……それがBMIというものなんだよ」
「へえ……」

 自分が動かずとも、こうしたいと思ったことを機械が代わりにやってくれる。イメージ的にはそういうものか。

「機械の遠隔操作というのは長らく研究されているところで、医師が遠いところにいても、装置さえあればそれを動かして手術ができる仕組みも考えられつつある。BMIならそれを脳波で動かせるようにもなるわけさ」
「その例を聞くと、通信技術と医療の上手いマッチングって感じはしますね」
「うん。そして、実現すれば最も有用と考えられているのがやはりBMIを用いた■■だろう」
「■■……」
「オッセオインテグレーションといって、骨とチタンが結合する現象があるのだけど、インプラント技術なんかがその応用の一つだ。人工物と骨が結合し、人体の一部とできる。更に言えば、感覚の伝導率も申し分ない。ならこの現象を■■の分野でも応用できるのではないか……という研究が今まさに盛り上がりを見せているんだよ」

 なるほど、満生台がこの医療分野に特化し、GHOSTがそれに多額の出資をしている理由も見えてきた。この分野で真っ先に技術確立を成し得れば、相応の富と名声を得られるというわけだ。人類の進化という意味でも、ハンディキャップを覆せる技術なのだし合致はしている。
 ここに住む者はなるほど、患者であり被験者でもあるということか。
 それにしても、■■……この街と深く結び付いているはずのそれをどうして今まで……。
 ……何だろう、気分が悪い。
 全てが底なし沼の中に沈み込んで見えなくなってしまうような、奇妙で不愉快な感覚がして……消えていく。
 俺たちが、失って、得たもの――。

「……さてと。話している間に簡単な検査は終わったよ。虎牙くん自身の不調、というのとは少し違うかもしれない」
「じゃあ、やっぱり目の方っすか」
「そうだね……もちろん虎牙くんの体調次第で目を使い過ぎるのが脳への負担になっている部分はある。でも、その目自体に不具合が生じている可能性の方が高そうだ」

 それって、結構深刻な事態という気がするのだが。簡単な処置をして終わり、という風にできるのだろうか?

「ううん、率直に言えば生活に困るレベルの異常は見受けられないんだ。ただ、ごく稀に小さな誤動作がみられるというか……。メンテナンスをすれば直るくらいだとは思うよ」
「はあ……」
「さっきの話の続きにもなるけれど、この街の患者さんには、全て共通したあるものを使ってもらっている。それは機械に使用する通信プログラムなんだ。レッドアイという有名なプログラムがあるんだけど、医療センターで提供するものは全てそのプログラムで動いてる」

 ――レッドアイ。まさか、ここでもその名を耳にするとは。有名なソフトというのは既に聞いていたが、医療に関わる器具にも利用されるほどだったのか。

「無償で公開されているソフトというのもあるんだけど、にも関わらずセキュリティがしっかりしているのが重要なところかな。出来ることも多いし、これさえあれば色々なことに応用できるというような代物なんだ」
「アマチュア無線家も愛用してるとか」
「そうそう、よく知ってるね。とにかく汎用性が高いから組み込ませてもらっているというわけさ。脳からの信号を変換して■■を動かす、そんな動作も問題なくやってくれるからね。……とは言え、例外がないわけでもないというのが今回露呈した感じかなあ」
「信号の誤検知とか、そういうのは常に付き纏うってことっすかね」
「半永久的に完全な挙動、というのは難しい……んだねえ」

 プログラムだから常に完璧な動作をするとは限らないわけだ。もちろんそれは製作する上でのヒューマンエラーという場合もあるだろうが、作りにミスがなくとも外部環境や劣化など、どうしようもない要因はいくらでも考えられるし。

「まあ、不調の原因に目星が付いたならいいんすけど。すぐ直せるようなもんじゃないんすかね?」
「メンテナンスには時間がかかると思う。替えが利くものでもないしね。そうだなあ、この問題が落ち着いて、まとまった時間がとれるようになればいいけど」
「直すにはまず、事件解決っつーわけか。そういう意味でも結局、踏み込んでかなきゃいけないってことだな……」

 既に決心は固めていることだが、やらざるを得ない理由が増えると強制されているような気になって溜め息が出てしまう。どんどんと深い沼に引き摺り込まれているようだ。

「それでも、危ないことは控えてほしいかな。たしかに現状では警察も来れていないし、進展は期待し辛いかもしれないけれど……大人たちだって何もしないわけではないだろうからさ」
「ちょっとは何とかしてくれと思ってますけどね。こんな状況に追い込まれてる以上、自分でも動かないと気に食わないんすよ」
「……はは、流石は虎牙くんだ」

 双太さんは笑む。ただ、その笑顔はどこか悲しげに見えた。教師として、俺という生徒を心配してくれているのだろうな。なんだかんだ、それなりに付き合いは長くなってきたのだし。

「頼りにしてるよ、センセイ。無事に全部片付いたら、目もしっかり直して、また呑気な日々に戻りたいもんだ」
「そうだね。平穏な日常に……」

 ……その言葉が妙に薄っぺらく聞こえたのは、何故だったのか。
 相変わらず悲しげな双太さんの表情のせいか、或いは朧げな視界のせいか。
 穴の空いたバケツから水が零れていくように。
 少しずつ、けれど確かに零れ落ちていくものがある。
 この瞬間に交わしたはずの言葉は。
 双太さんが語ってくれた技術とは、どのようなものだったんだっけ――?





 否応無く、言葉は忘却される。
 残酷な真実から目を背けるように。
 この世界の理は、ある意味では理不尽だ。
 満ち足りたものを映し続ける匣庭……。
 それが畢竟、まやかしに過ぎないからこそ、事象は繰り返される。
 坂道を転がり落ちていくように、幸福はどんどんと絶望へ裏返っていくのだ。
 変わらない始まりと終わり。
 まるで私たちは――手遅れの中にいるようで。
 しかし、それでもなお。
 繰り返されることに意味があるのだと信じて。
 晦冥の中を、私は進んでいく。
 いつかその先に、光あれと信じて。
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