この満ち足りた匣庭の中で 三章―Ghost of miniature garden―

至堂文斗

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Eighth Chapter...7/26

診察と対話①

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 病院の隠し事を調べるにあたって、協力してくれそうな人に心当たりがあった。蟹田さんだ。
 彼は特に関係者というわけではないが、入院生活が非常に長い。その暮らしの中で、院内の怪しい事柄に気付くこともあったのではないだろうか。
 もちろん、永射の死亡や俺の失踪についても既に知り得るところだろうが、あの人も信頼できる人だと考えている。調査の一つとして、彼の病室にも顔を出すようにしたい。
 ……蟹田さん、か。交流する中で感じるのはただただ人の良さなのだが、改めて考えるとどんな不調で長期療養しているのか。見た目で分かるようなところはないし、目の隈が寝不足を物語っている以外の不健康さもない。本人は話さないし、連れてきたという牛牧さんに聞くのも筋が違うだろう。その辺りも聞ける雰囲気なら聞いてみるかな。
 昼食前に、玄人と龍美が俺の見舞いにやって来た。表向きはそう口にしているが、病欠そのものを疑っているだろうことは簡単に察せられる。オヤジが無難に対処してくれたけれど、さてそれで引き下がるかどうか。
 玄人が諦めても、龍美は引っ込まなさそうだな。
 なんだかんだで時間は過ぎ、午後一時になる。そろそろ出発する時間だ。

「気を付けてな」
「はいよ。ま、人気のないとこを通るさ」

 オヤジに見送られ、俺は家を出た。街の西端を通っていけば、人とすれ違うことはほとんどないだろう。
 雨は止むことなく街に降り続いている。なるべく小さな折り畳み傘を広げ、顔を隠すようにして歩いていく。ちょっとくらい濡れるのは気にならない。雨が嫌な子供時代は疾うに過ぎた。
 時間をかけて歩き、一時半ごろに医療センター前へ到着する。悪天候だからか、やはり人の姿は無く、良いタイミングだとほっとした。双太さんが時間指定をしたのだし、生徒の誰かと診察が被っている心配もないだろう。

「……お」

 院内へ入ろうとしたところで、中からこちらへ人がやってくるのに気付く。双太さんだ。
 俺が人に見られず診察室まで行けるよう気遣ってくれているらしい。そこまでしてくれるとは、親切が過ぎる。
 双太さんは、どこまで事情を知っているのか。どこまで足を突っ込んでいるのか。

「……出迎えすいませんね、センセイ」
「いやいや。……何だか、久しぶりな気がするよ」
「色々あったっすから」

 双太さんは顔を逸らし、そうだね、と小さく呟く。

「雨も降っているし、とにかく中へ入ろう。こっちにどうぞ」

 そう言うと双太さんは、入口の方に引き返すのではなく、裏手に回り始める。勝手口のようなものがあるようだ。何度もここへ足を運んでいるが、知らなかったな。
 扉は位置的に、居住区付近にあるようだった。確かに、病院の診察時間が終われば表の自動ドアはオフにするだろうし、そこから出入りするのは何となく変な感じはする。それに、診察時間中でも患者と同じ場所を通りづらいことだってあるだろう。便利な裏口があるのは考えてみれば至極もっともなことだった。

「プライベートなものだから、特別にね」
「分かってますって」

 念押しされつつ、俺たちは裏口から院内へ入る。廊下の電気も消えている場所なので、なるほど日中は目立たない。思えば満雀ちゃんの送迎で、この辺りまで付いてきたことがあったかもしれないが、扉があった記憶はやはりなかった。

「うん、今なら誰もいないね」

 受付に誰もいないことを確認してもらってから、俺は双太さんの後ろについて診察室へ入った。そこでようやく安堵したか、双太さんは溜め息を吐いて、

「はあ……何とかなるもんだなあ」

 と、頭を掻くのだった。

「……助かります。色々聞きたいことはあるだろうに、全部脇へ退けて迎えてくれて」
「僕は医者だからね。診察を希望する人がいれば受け入れるのが仕事というか、使命だよ。そう言う感謝は、早いとこみんなに言えるようになればいいんだけど」
「そうっすけどね。俺も状況をコントロールできてるわけじゃないんで」

 街の中にはいるものの、明らかに俺は逃亡者だ。追い込まれたこの状況で、行動はほとんど限られている。俺のような境遇には陥ってほしくないし、自分から進んで事情は話し難かった。それでも聞きたいと言う覚悟を見せられたら……まあ、話してしまうんだろうが。
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