この満ち足りた匣庭の中で 三章―Ghost of miniature garden―

至堂文斗

文字の大きさ
上 下
42 / 88
Eighth Chapter...7/26

診察と対話①

しおりを挟む
 病院の隠し事を調べるにあたって、協力してくれそうな人に心当たりがあった。蟹田さんだ。
 彼は特に関係者というわけではないが、入院生活が非常に長い。その暮らしの中で、院内の怪しい事柄に気付くこともあったのではないだろうか。
 もちろん、永射の死亡や俺の失踪についても既に知り得るところだろうが、あの人も信頼できる人だと考えている。調査の一つとして、彼の病室にも顔を出すようにしたい。
 ……蟹田さん、か。交流する中で感じるのはただただ人の良さなのだが、改めて考えるとどんな不調で長期療養しているのか。見た目で分かるようなところはないし、目の隈が寝不足を物語っている以外の不健康さもない。本人は話さないし、連れてきたという牛牧さんに聞くのも筋が違うだろう。その辺りも聞ける雰囲気なら聞いてみるかな。
 昼食前に、玄人と龍美が俺の見舞いにやって来た。表向きはそう口にしているが、病欠そのものを疑っているだろうことは簡単に察せられる。オヤジが無難に対処してくれたけれど、さてそれで引き下がるかどうか。
 玄人が諦めても、龍美は引っ込まなさそうだな。
 なんだかんだで時間は過ぎ、午後一時になる。そろそろ出発する時間だ。

「気を付けてな」
「はいよ。ま、人気のないとこを通るさ」

 オヤジに見送られ、俺は家を出た。街の西端を通っていけば、人とすれ違うことはほとんどないだろう。
 雨は止むことなく街に降り続いている。なるべく小さな折り畳み傘を広げ、顔を隠すようにして歩いていく。ちょっとくらい濡れるのは気にならない。雨が嫌な子供時代は疾うに過ぎた。
 時間をかけて歩き、一時半ごろに医療センター前へ到着する。悪天候だからか、やはり人の姿は無く、良いタイミングだとほっとした。双太さんが時間指定をしたのだし、生徒の誰かと診察が被っている心配もないだろう。

「……お」

 院内へ入ろうとしたところで、中からこちらへ人がやってくるのに気付く。双太さんだ。
 俺が人に見られず診察室まで行けるよう気遣ってくれているらしい。そこまでしてくれるとは、親切が過ぎる。
 双太さんは、どこまで事情を知っているのか。どこまで足を突っ込んでいるのか。

「……出迎えすいませんね、センセイ」
「いやいや。……何だか、久しぶりな気がするよ」
「色々あったっすから」

 双太さんは顔を逸らし、そうだね、と小さく呟く。

「雨も降っているし、とにかく中へ入ろう。こっちにどうぞ」

 そう言うと双太さんは、入口の方に引き返すのではなく、裏手に回り始める。勝手口のようなものがあるようだ。何度もここへ足を運んでいるが、知らなかったな。
 扉は位置的に、居住区付近にあるようだった。確かに、病院の診察時間が終われば表の自動ドアはオフにするだろうし、そこから出入りするのは何となく変な感じはする。それに、診察時間中でも患者と同じ場所を通りづらいことだってあるだろう。便利な裏口があるのは考えてみれば至極もっともなことだった。

「プライベートなものだから、特別にね」
「分かってますって」

 念押しされつつ、俺たちは裏口から院内へ入る。廊下の電気も消えている場所なので、なるほど日中は目立たない。思えば満雀ちゃんの送迎で、この辺りまで付いてきたことがあったかもしれないが、扉があった記憶はやはりなかった。

「うん、今なら誰もいないね」

 受付に誰もいないことを確認してもらってから、俺は双太さんの後ろについて診察室へ入った。そこでようやく安堵したか、双太さんは溜め息を吐いて、

「はあ……何とかなるもんだなあ」

 と、頭を掻くのだった。

「……助かります。色々聞きたいことはあるだろうに、全部脇へ退けて迎えてくれて」
「僕は医者だからね。診察を希望する人がいれば受け入れるのが仕事というか、使命だよ。そう言う感謝は、早いとこみんなに言えるようになればいいんだけど」
「そうっすけどね。俺も状況をコントロールできてるわけじゃないんで」

 街の中にはいるものの、明らかに俺は逃亡者だ。追い込まれたこの状況で、行動はほとんど限られている。俺のような境遇には陥ってほしくないし、自分から進んで事情は話し難かった。それでも聞きたいと言う覚悟を見せられたら……まあ、話してしまうんだろうが。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『忌み地・元霧原村の怪』

潮ノ海月
ホラー
とある年の五月の中旬、都会から来た転校生、神代渉が霧野川高校の教室に現れる。彼の洗練された姿に女子たちは興味を示し、一部の男子は不満を抱く。その中、主人公の森月和也は、渉の涼やかな笑顔の裏に冷たさを感じ、彼に違和感を感じた。 渉の編入から一週間が過ぎ、男子達も次第に渉を受け入れ、和也の友人の野風雄二も渉の魅力に引き込まれ、彼の友人となった。転校生騒ぎが終息しかけたある日の学校の昼休み、女子二人が『こっくりさん』で遊び始め、突然の悲鳴が教室に響く。そしてその翌日、同じクラスの女子、清水莉子が体調不良で休み、『こっくりさん』の祟りという噂が学校中に広まっていく。その次の日の放課後、莉子を心配したと斉藤凪紗は、彼女の友人である和也、雄二、凪沙、葵、渉の五人と共に莉子の家を訪れる。すると莉子の家は重苦しい雰囲気に包まれ、莉子の母親は憔悴した姿に変わっていた。その異変に気づいた渉と和也が莉子の部屋へ入ると、彼女は霊障によって変わり果てた姿に。しかし、彼女の霊障は始まりでしかなく、その後に起こる霊障、怪異。そして元霧原村に古くから伝わる因習、忌み地にまつわる闇、恐怖の怪異へと続く序章に過ぎなかった。 《主人公は月森和也(語り部)となります。転校生の神代渉はバディ訳の男子です》 【投稿開始後に1話と2話を改稿し、1話にまとめています。(内容の筋は変わっていません)】

【恋愛】×【ミステリー】失恋まであと五分~駅へ走れ!~

キルト
ミステリー
「走れっ、走れっ、走れ。」俺は自分をそう鼓舞しながら駅へ急いでいた。 失恋まであと五分。 どうしても今日だけは『あの電車』に乗らなければならなかった。 電車で居眠りする度に出会う不思議な女性『夜桜 結衣』。 俺は彼女の不思議な預言に次第に魅了されていく。 今日コクらなければ、二度と会えないっ。 電車に乗り遅れた俺は、まさかの失恋決定!? 失意の中で、偶然再会した大学の後輩『玲』へ彼女との出来事を語り出す。 ただの惨めな失恋話……の筈が事態は思わぬ展開に!? 居眠りから始まるステルスラブストーリーです。 YouTubeにて紹介動画も公開中です。 https://www.youtube.com/shorts/45ExzfPtl6Q

ダブルの謎

KT
ミステリー
舞台は、港町横浜。ある1人の男が水死した状態で見つかった。しかし、その水死したはずの男を捜査1課刑事の正行は、目撃してしまう。ついに事件は誰も予想がつかない状況に発展していく。真犯人は一体誰で、何のために、、 読み出したら止まらない、迫力満点短編ミステリー

【恋愛ミステリ】エンケージ! ーChildren in the bird cageー

至堂文斗
ライト文芸
【完結済】  野生の鳥が多く生息する山奥の村、鴇村(ときむら)には、鳥に関する言い伝えがいくつか存在していた。  ――つがいのトキを目にした恋人たちは、必ず結ばれる。  そんな恋愛を絡めた伝承は当たり前のように知られていて、村の少年少女たちは憧れを抱き。  ――人は、死んだら鳥になる。  そんな死後の世界についての伝承もあり、鳥になって大空へ飛び立てるのだと信じる者も少なくなかった。  六月三日から始まる、この一週間の物語は。  そんな伝承に思いを馳せ、そして運命を狂わされていく、二組の少年少女たちと。  彼らの仲間たちや家族が紡ぎだす、甘く、優しく……そしてときには苦い。そんなお話。  ※自作ADVの加筆修正版ノベライズとなります。   表紙は以下のフリー素材、フリーフォントをお借りしております。   http://sozai-natural.seesaa.net/category/10768587-1.html   http://www.fontna.com/blog/1706/

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

この満ち足りた匣庭の中で 二章―Moon of miniature garden―

至堂文斗
ミステリー
それこそが、赤い満月へと至るのだろうか―― 『満ち足りた暮らし』をコンセプトとして発展を遂げてきたニュータウン、満生台。 更なる発展を掲げ、電波塔計画が進められ……そして二〇一二年の八月、地図から消えた街。 鬼の伝承に浸食されていく混沌の街で、再び二週間の物語は幕を開ける。 古くより伝えられてきた、赤い満月が昇るその夜まで。 オートマティスム、鬼封じの池、『八〇二』の数字。 ムーンスパロー、周波数帯、デリンジャー現象。 ブラッドムーン、潮汐力、盈虧院……。 ほら、また頭の中に響いてくる鬼の声。 逃れられない惨劇へ向けて、私たちはただ日々を重ねていく――。 出題篇PV:https://www.youtube.com/watch?v=1mjjf9TY6Io

この欠け落ちた匣庭の中で 終章―Dream of miniature garden―

至堂文斗
ミステリー
ーーこれが、匣の中だったんだ。 二〇一八年の夏。廃墟となった満生台を訪れたのは二人の若者。 彼らもまた、かつてGHOSTの研究によって運命を弄ばれた者たちだった。 信号領域の研究が展開され、そして壊れたニュータウン。終焉を迎えた現実と、終焉を拒絶する仮想。 歪なる領域に足を踏み入れる二人は、果たして何か一つでも、その世界に救いを与えることが出来るだろうか。 幻想、幻影、エンケージ。 魂魄、領域、人類の進化。 802部隊、九命会、レッドアイ・オペレーション……。 さあ、あの光の先へと進んでいこう。たとえもう二度と時計の針が巻き戻らないとしても。 私たちの駆け抜けたあの日々は確かに満ち足りていたと、懐かしめるようになるはずだから。

【朗読の部屋】from 凛音

キルト
ミステリー
凛音の部屋へようこそ♪ 眠れない貴方の為に毎晩、ちょっとした話を朗読するよ。 クスッやドキッを貴方へ。 youtubeにてフルボイス版も公開中です♪ https://www.youtube.com/watch?v=mtY1fq0sPDY&list=PLcNss9P7EyCSKS4-UdS-um1mSk1IJRLQ3

処理中です...