この満ち足りた匣庭の中で 三章―Ghost of miniature garden―

至堂文斗

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Eighth Chapter...7/26

白い靄、深い闇

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 コツコツという不規則な音で目が覚めた。
 どうやらオヤジが朝から仕事に打ち込んでいるらしい。
 精が出るなと感心しつつ、俺はゆっくりとベッドから起き上がる。僅かにぐらりと世界が傾いだ。
 事件の夜に殴られてから、鈍痛は続いていたのだが、気分の悪さはそれだけが原因ではないらしい。どうも目の調子が怪しくなっている気がする。
 ……白い靄。夜、時たまにしか見えなかったそれは、出現の頻度を増してきているようだった。
 何か意味があるのかと考えもしたが、これは流石に不具合のようにも思える。診てもらいたいところだが、さて、内密に検査してもらえるかどうか。オヤジを通して信頼できる人に予約を取り付けられたらいいが。……診てもらうなら双太さんってとこか。
 着替えなどを済ませて、居間に向かう。その頃には作業の音も止み、オヤジは台所に立っていた。普段の家事は全部やってくれるらしく、とても助かる。

「おはよう」

 作業場から戻ってきたオヤジと挨拶を交わし、そのまま朝食ができるのを待つ。五分と経たずちゃぶ台に料理が置かれ、俺たちは箸をつけ始めた。

「なあ、オヤジ。俺の目のことってオヤジは分かるのか?」
「む……仕組みについてなら答えられるが、それだけは最先端なんでな。何もかもと言われると、俺や病院の人間にも答えるのは難しいかもしれん」
「へえ……」

 そんな代物なのか、この■■は。

 ――あれ?

 何だろう。
 俺は何を考えていたっけ……。

「問題でもあるのか?」
「ん……まあ、ちょっと視界が霞んだりな」
「ふむ。お前さえ良ければ、牛牧に相談くらいはできるが……」
「こういうのって診れるのか?」

 その問いに対しては首を振り、

「いや、牛牧の分野ではない。ただ、彼なら色々と取り計らってくれるだろう」
「なるほど。双太さんに声をかけてくれるなら安心って感じはするしな」

 一番いい落とし所をすぐ考えてくれるから、オヤジは頼りになる。しかし、この目の不調はすぐに治るだろうか。今後の捜査に支障をきたすと困る。
 朝食を済ませた後、オヤジはすぐに牛牧さんへ連絡を取ってくれた。また折り返すと言われてから十分ほどして電話のコールが響き、牛牧さんから得た回答は了解だった。
 双太さんには内密に伝達してくれたらしく、診察客の比較的少ない午後ニ時前後なら恐らく大丈夫とのことだ。生徒の診察も入っていないそうで、道中でなければ見つかることもないだろう。
 オヤジに感謝を述べつつ、病院に行けるようになったことから今日の方針を検討する。

「双太さんからそれとなく病院の裏を探りつつ、院内の調査もしたいところだな」
「大抵の場所には鍵でも掛かっているだろう。ただ、怪しいことだけでも分かればまずは収穫だ」
「ああ……探れる範囲で頑張るさ」

 これまでは気付きもしなかった深き闇。
 それはきっと、巧妙だったからではなく、誰もが知ろうとしなかったからでしかない。
 手掛かりは必ずどこかに転がっている。
 そう信じて、俺は探偵の真似事に尽力するしかないのだ。
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