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Seventh Chapter...7/25
売られた喧嘩は
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「常識……か。確かにあいつ、ヤバいこと口走ってたしな」
「と言うと」
「いや……最後にあいつ、こう言ってたんだよ。魂魄の新たな在り方がどうとかさ……」
魂魄だなんて、日常生活では全く言う機械のない単語だし、正直口に出すのも小っ恥ずかしくなった。……しかし、俺のそんな気持ちとは裏腹に、オヤジは珍しく驚愕の表情を浮かべたのだ。長い間一緒にいる俺が何とか気付けるほどの変化ではあったが。
「魂魄……奴は間違いなくそう言ったんだな」
「あ、ああ……」
「……なるほど」
一人合点がいったように頷くオヤジに、俺はもどかしくなって、
「何か知ってるのかよ?」
「まさか、噂がこのようなところで繋がってくるとは、と驚いていたんだ」
首を傾げる俺を見つめたまま、実はな、とオヤジは続ける。
「久礼貴獅……彼は満生総合医療センターに来る前から医師として活躍していたそうだが、その傍でとある論文を書いていたという噂がある。偽名を使っていたものの、言い回しなどから同一人物だと断定する者もいたそうだ」
「分かるもんなんだな?」
「同業には恐らく。そしてこの論文の内容が、本職を医師とする者にはあるまじきものだったので、一部では嘲笑の的になっていたとか」
嘲笑されるほどの論文を、あの冷血そうな男が書いた? 到底信じられない話だが、オヤジが言うのだからある程度は信用に足る情報なのだろう。
「それは……?」
「……『脳内電気信号の解離後伝達について』。論文はそんなタイトルだったという」
開いた口が塞がらないとは、まさにこのことだった。
あまりにも突拍子が無さすぎて、別の言葉を聞き違えたかと思ったほどだ。
だが、大真面目に話すオヤジの口から出たのは、間違いなくその言葉で。
「何だよそれ……」
「さっきの言葉を借りれば、魂魄ということになるのではないか。或いはそう、残留思念とか……」
龍美だったら興味津々だっただろうな、とこんなときに考えてしまう。それくらい、真剣に受け止められない話というか、有り体に言えば馬鹿馬鹿しかった。
けれど……。
「オカルトの範疇である魂魄を、しかしその論文は極めて科学的に定義し、検証していたらしい。タイトルからしてもわかる通り、それはある種の電気信号に近しいのではないかと」
「まあ、それ自体はよく持ち出される仮説なんじゃないのか?」
「だからこそ、それがホンモノだという目線で研究をしていたのではと思う」
広く認知されている噂や仮説なら、多少の歪曲があるにせよ真実は潜んでいる。それを突き止めることは途方もなく難しいだろうが、着想自体はなるほど悪くはないかもしれない。
よりによってその対象が幽霊だったのかよというツッコミはいれたいが。
「なんで一介の医師がそんなものを研究するかねえ」
「あいつもまたGHOSTの一員だから……そう考えれば?」
「あ――」
そうか。その可能性についてまでは及んでいなかったが、あり得ないことではない。
GHOSTの人間が一人とは限らないのだ。
組織の規模までは知らないが、永射と連んでいる以上、貴獅もまたGHOSTの一員だと言われても違和感がないどころか、きっとそうだと思えるくらいには疑わしかった。
「魂魄は電気信号……ね」
「その研究が、永射の語った魂魄の新たな在り方とやらにどう繋がるのか、はたまた無関係なのか。現時点では何も分からん状態だ」
「あれこれ考えてみたところで、確定できることなんざ一つもないもんな」
「ああ。つまるところ、危険が付き纏うとしても、調べるしかないのだろう」
病院の闇。GHOSTの闇。
暴けるレベルの問題か、それすらも理解の範疇にないとしても。
渦中に引き摺り込まれた俺ができることはもう、それしかないはずだ。
「あの場所で永射を殺害できる人間となれば、GHOSTの研究と無縁である可能性は低いだろう。お前があの日に後を追ったのは待ち合わせの約束を聞いていたからでもある。無関係の人間に漏らすような話でもなし、あの場所にやって来ただけでも利害関係者という線が妥当のように思う」
「ああ……利より害って感じはするけどな」
「殺害という手段に訴えているところを見るとな。ただ、その辺りも憶測の域は出ない」
利があるからこそ、それを独占したいなんて理由もあるか。いずれにせよ、オヤジの言う通り勝手に推理を進めるのは厳禁か。行き過ぎるとただの妄想になってしまうのだから。
「……病院周りを探る。これからの方針はひとまずそれだ。状況からして、お前が率先して動く必要はないが……それでは気にいらんだろうな」
「当然。これはある意味売られた喧嘩みたいなもんだ。二度とやんねーと思ってたが……こんな状況なら買うしかないだろ」
手のひらに拳を打ち付ける。ああ、これは俺自身の戦いだ。傷付くのが俺一人であるならば、遠慮する必要はない。
もちろん、見えざる敵は大きい。上手く立ち回る必要はあるだろうが。
「お前の疑いが早々に晴れるよう、俺も協力させてもらおう」
「助かる。……酷え喧嘩だが、必ず勝ってやるさ」
そしてまた、今度は嘘偽りのない平穏を取り戻す。もう誰も悲しんだり、謝り続けなくてはならないことなど、起きてほしくはない。
僅かに重なる過去を思い起こしながら、俺はそんな決意を固めるのだった。
「と言うと」
「いや……最後にあいつ、こう言ってたんだよ。魂魄の新たな在り方がどうとかさ……」
魂魄だなんて、日常生活では全く言う機械のない単語だし、正直口に出すのも小っ恥ずかしくなった。……しかし、俺のそんな気持ちとは裏腹に、オヤジは珍しく驚愕の表情を浮かべたのだ。長い間一緒にいる俺が何とか気付けるほどの変化ではあったが。
「魂魄……奴は間違いなくそう言ったんだな」
「あ、ああ……」
「……なるほど」
一人合点がいったように頷くオヤジに、俺はもどかしくなって、
「何か知ってるのかよ?」
「まさか、噂がこのようなところで繋がってくるとは、と驚いていたんだ」
首を傾げる俺を見つめたまま、実はな、とオヤジは続ける。
「久礼貴獅……彼は満生総合医療センターに来る前から医師として活躍していたそうだが、その傍でとある論文を書いていたという噂がある。偽名を使っていたものの、言い回しなどから同一人物だと断定する者もいたそうだ」
「分かるもんなんだな?」
「同業には恐らく。そしてこの論文の内容が、本職を医師とする者にはあるまじきものだったので、一部では嘲笑の的になっていたとか」
嘲笑されるほどの論文を、あの冷血そうな男が書いた? 到底信じられない話だが、オヤジが言うのだからある程度は信用に足る情報なのだろう。
「それは……?」
「……『脳内電気信号の解離後伝達について』。論文はそんなタイトルだったという」
開いた口が塞がらないとは、まさにこのことだった。
あまりにも突拍子が無さすぎて、別の言葉を聞き違えたかと思ったほどだ。
だが、大真面目に話すオヤジの口から出たのは、間違いなくその言葉で。
「何だよそれ……」
「さっきの言葉を借りれば、魂魄ということになるのではないか。或いはそう、残留思念とか……」
龍美だったら興味津々だっただろうな、とこんなときに考えてしまう。それくらい、真剣に受け止められない話というか、有り体に言えば馬鹿馬鹿しかった。
けれど……。
「オカルトの範疇である魂魄を、しかしその論文は極めて科学的に定義し、検証していたらしい。タイトルからしてもわかる通り、それはある種の電気信号に近しいのではないかと」
「まあ、それ自体はよく持ち出される仮説なんじゃないのか?」
「だからこそ、それがホンモノだという目線で研究をしていたのではと思う」
広く認知されている噂や仮説なら、多少の歪曲があるにせよ真実は潜んでいる。それを突き止めることは途方もなく難しいだろうが、着想自体はなるほど悪くはないかもしれない。
よりによってその対象が幽霊だったのかよというツッコミはいれたいが。
「なんで一介の医師がそんなものを研究するかねえ」
「あいつもまたGHOSTの一員だから……そう考えれば?」
「あ――」
そうか。その可能性についてまでは及んでいなかったが、あり得ないことではない。
GHOSTの人間が一人とは限らないのだ。
組織の規模までは知らないが、永射と連んでいる以上、貴獅もまたGHOSTの一員だと言われても違和感がないどころか、きっとそうだと思えるくらいには疑わしかった。
「魂魄は電気信号……ね」
「その研究が、永射の語った魂魄の新たな在り方とやらにどう繋がるのか、はたまた無関係なのか。現時点では何も分からん状態だ」
「あれこれ考えてみたところで、確定できることなんざ一つもないもんな」
「ああ。つまるところ、危険が付き纏うとしても、調べるしかないのだろう」
病院の闇。GHOSTの闇。
暴けるレベルの問題か、それすらも理解の範疇にないとしても。
渦中に引き摺り込まれた俺ができることはもう、それしかないはずだ。
「あの場所で永射を殺害できる人間となれば、GHOSTの研究と無縁である可能性は低いだろう。お前があの日に後を追ったのは待ち合わせの約束を聞いていたからでもある。無関係の人間に漏らすような話でもなし、あの場所にやって来ただけでも利害関係者という線が妥当のように思う」
「ああ……利より害って感じはするけどな」
「殺害という手段に訴えているところを見るとな。ただ、その辺りも憶測の域は出ない」
利があるからこそ、それを独占したいなんて理由もあるか。いずれにせよ、オヤジの言う通り勝手に推理を進めるのは厳禁か。行き過ぎるとただの妄想になってしまうのだから。
「……病院周りを探る。これからの方針はひとまずそれだ。状況からして、お前が率先して動く必要はないが……それでは気にいらんだろうな」
「当然。これはある意味売られた喧嘩みたいなもんだ。二度とやんねーと思ってたが……こんな状況なら買うしかないだろ」
手のひらに拳を打ち付ける。ああ、これは俺自身の戦いだ。傷付くのが俺一人であるならば、遠慮する必要はない。
もちろん、見えざる敵は大きい。上手く立ち回る必要はあるだろうが。
「お前の疑いが早々に晴れるよう、俺も協力させてもらおう」
「助かる。……酷え喧嘩だが、必ず勝ってやるさ」
そしてまた、今度は嘘偽りのない平穏を取り戻す。もう誰も悲しんだり、謝り続けなくてはならないことなど、起きてほしくはない。
僅かに重なる過去を思い起こしながら、俺はそんな決意を固めるのだった。
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