39 / 88
Seventh Chapter...7/25
売られた喧嘩は
しおりを挟む
「常識……か。確かにあいつ、ヤバいこと口走ってたしな」
「と言うと」
「いや……最後にあいつ、こう言ってたんだよ。魂魄の新たな在り方がどうとかさ……」
魂魄だなんて、日常生活では全く言う機械のない単語だし、正直口に出すのも小っ恥ずかしくなった。……しかし、俺のそんな気持ちとは裏腹に、オヤジは珍しく驚愕の表情を浮かべたのだ。長い間一緒にいる俺が何とか気付けるほどの変化ではあったが。
「魂魄……奴は間違いなくそう言ったんだな」
「あ、ああ……」
「……なるほど」
一人合点がいったように頷くオヤジに、俺はもどかしくなって、
「何か知ってるのかよ?」
「まさか、噂がこのようなところで繋がってくるとは、と驚いていたんだ」
首を傾げる俺を見つめたまま、実はな、とオヤジは続ける。
「久礼貴獅……彼は満生総合医療センターに来る前から医師として活躍していたそうだが、その傍でとある論文を書いていたという噂がある。偽名を使っていたものの、言い回しなどから同一人物だと断定する者もいたそうだ」
「分かるもんなんだな?」
「同業には恐らく。そしてこの論文の内容が、本職を医師とする者にはあるまじきものだったので、一部では嘲笑の的になっていたとか」
嘲笑されるほどの論文を、あの冷血そうな男が書いた? 到底信じられない話だが、オヤジが言うのだからある程度は信用に足る情報なのだろう。
「それは……?」
「……『脳内電気信号の解離後伝達について』。論文はそんなタイトルだったという」
開いた口が塞がらないとは、まさにこのことだった。
あまりにも突拍子が無さすぎて、別の言葉を聞き違えたかと思ったほどだ。
だが、大真面目に話すオヤジの口から出たのは、間違いなくその言葉で。
「何だよそれ……」
「さっきの言葉を借りれば、魂魄ということになるのではないか。或いはそう、残留思念とか……」
龍美だったら興味津々だっただろうな、とこんなときに考えてしまう。それくらい、真剣に受け止められない話というか、有り体に言えば馬鹿馬鹿しかった。
けれど……。
「オカルトの範疇である魂魄を、しかしその論文は極めて科学的に定義し、検証していたらしい。タイトルからしてもわかる通り、それはある種の電気信号に近しいのではないかと」
「まあ、それ自体はよく持ち出される仮説なんじゃないのか?」
「だからこそ、それがホンモノだという目線で研究をしていたのではと思う」
広く認知されている噂や仮説なら、多少の歪曲があるにせよ真実は潜んでいる。それを突き止めることは途方もなく難しいだろうが、着想自体はなるほど悪くはないかもしれない。
よりによってその対象が幽霊だったのかよというツッコミはいれたいが。
「なんで一介の医師がそんなものを研究するかねえ」
「あいつもまたGHOSTの一員だから……そう考えれば?」
「あ――」
そうか。その可能性についてまでは及んでいなかったが、あり得ないことではない。
GHOSTの人間が一人とは限らないのだ。
組織の規模までは知らないが、永射と連んでいる以上、貴獅もまたGHOSTの一員だと言われても違和感がないどころか、きっとそうだと思えるくらいには疑わしかった。
「魂魄は電気信号……ね」
「その研究が、永射の語った魂魄の新たな在り方とやらにどう繋がるのか、はたまた無関係なのか。現時点では何も分からん状態だ」
「あれこれ考えてみたところで、確定できることなんざ一つもないもんな」
「ああ。つまるところ、危険が付き纏うとしても、調べるしかないのだろう」
病院の闇。GHOSTの闇。
暴けるレベルの問題か、それすらも理解の範疇にないとしても。
渦中に引き摺り込まれた俺ができることはもう、それしかないはずだ。
「あの場所で永射を殺害できる人間となれば、GHOSTの研究と無縁である可能性は低いだろう。お前があの日に後を追ったのは待ち合わせの約束を聞いていたからでもある。無関係の人間に漏らすような話でもなし、あの場所にやって来ただけでも利害関係者という線が妥当のように思う」
「ああ……利より害って感じはするけどな」
「殺害という手段に訴えているところを見るとな。ただ、その辺りも憶測の域は出ない」
利があるからこそ、それを独占したいなんて理由もあるか。いずれにせよ、オヤジの言う通り勝手に推理を進めるのは厳禁か。行き過ぎるとただの妄想になってしまうのだから。
「……病院周りを探る。これからの方針はひとまずそれだ。状況からして、お前が率先して動く必要はないが……それでは気にいらんだろうな」
「当然。これはある意味売られた喧嘩みたいなもんだ。二度とやんねーと思ってたが……こんな状況なら買うしかないだろ」
手のひらに拳を打ち付ける。ああ、これは俺自身の戦いだ。傷付くのが俺一人であるならば、遠慮する必要はない。
もちろん、見えざる敵は大きい。上手く立ち回る必要はあるだろうが。
「お前の疑いが早々に晴れるよう、俺も協力させてもらおう」
「助かる。……酷え喧嘩だが、必ず勝ってやるさ」
そしてまた、今度は嘘偽りのない平穏を取り戻す。もう誰も悲しんだり、謝り続けなくてはならないことなど、起きてほしくはない。
僅かに重なる過去を思い起こしながら、俺はそんな決意を固めるのだった。
「と言うと」
「いや……最後にあいつ、こう言ってたんだよ。魂魄の新たな在り方がどうとかさ……」
魂魄だなんて、日常生活では全く言う機械のない単語だし、正直口に出すのも小っ恥ずかしくなった。……しかし、俺のそんな気持ちとは裏腹に、オヤジは珍しく驚愕の表情を浮かべたのだ。長い間一緒にいる俺が何とか気付けるほどの変化ではあったが。
「魂魄……奴は間違いなくそう言ったんだな」
「あ、ああ……」
「……なるほど」
一人合点がいったように頷くオヤジに、俺はもどかしくなって、
「何か知ってるのかよ?」
「まさか、噂がこのようなところで繋がってくるとは、と驚いていたんだ」
首を傾げる俺を見つめたまま、実はな、とオヤジは続ける。
「久礼貴獅……彼は満生総合医療センターに来る前から医師として活躍していたそうだが、その傍でとある論文を書いていたという噂がある。偽名を使っていたものの、言い回しなどから同一人物だと断定する者もいたそうだ」
「分かるもんなんだな?」
「同業には恐らく。そしてこの論文の内容が、本職を医師とする者にはあるまじきものだったので、一部では嘲笑の的になっていたとか」
嘲笑されるほどの論文を、あの冷血そうな男が書いた? 到底信じられない話だが、オヤジが言うのだからある程度は信用に足る情報なのだろう。
「それは……?」
「……『脳内電気信号の解離後伝達について』。論文はそんなタイトルだったという」
開いた口が塞がらないとは、まさにこのことだった。
あまりにも突拍子が無さすぎて、別の言葉を聞き違えたかと思ったほどだ。
だが、大真面目に話すオヤジの口から出たのは、間違いなくその言葉で。
「何だよそれ……」
「さっきの言葉を借りれば、魂魄ということになるのではないか。或いはそう、残留思念とか……」
龍美だったら興味津々だっただろうな、とこんなときに考えてしまう。それくらい、真剣に受け止められない話というか、有り体に言えば馬鹿馬鹿しかった。
けれど……。
「オカルトの範疇である魂魄を、しかしその論文は極めて科学的に定義し、検証していたらしい。タイトルからしてもわかる通り、それはある種の電気信号に近しいのではないかと」
「まあ、それ自体はよく持ち出される仮説なんじゃないのか?」
「だからこそ、それがホンモノだという目線で研究をしていたのではと思う」
広く認知されている噂や仮説なら、多少の歪曲があるにせよ真実は潜んでいる。それを突き止めることは途方もなく難しいだろうが、着想自体はなるほど悪くはないかもしれない。
よりによってその対象が幽霊だったのかよというツッコミはいれたいが。
「なんで一介の医師がそんなものを研究するかねえ」
「あいつもまたGHOSTの一員だから……そう考えれば?」
「あ――」
そうか。その可能性についてまでは及んでいなかったが、あり得ないことではない。
GHOSTの人間が一人とは限らないのだ。
組織の規模までは知らないが、永射と連んでいる以上、貴獅もまたGHOSTの一員だと言われても違和感がないどころか、きっとそうだと思えるくらいには疑わしかった。
「魂魄は電気信号……ね」
「その研究が、永射の語った魂魄の新たな在り方とやらにどう繋がるのか、はたまた無関係なのか。現時点では何も分からん状態だ」
「あれこれ考えてみたところで、確定できることなんざ一つもないもんな」
「ああ。つまるところ、危険が付き纏うとしても、調べるしかないのだろう」
病院の闇。GHOSTの闇。
暴けるレベルの問題か、それすらも理解の範疇にないとしても。
渦中に引き摺り込まれた俺ができることはもう、それしかないはずだ。
「あの場所で永射を殺害できる人間となれば、GHOSTの研究と無縁である可能性は低いだろう。お前があの日に後を追ったのは待ち合わせの約束を聞いていたからでもある。無関係の人間に漏らすような話でもなし、あの場所にやって来ただけでも利害関係者という線が妥当のように思う」
「ああ……利より害って感じはするけどな」
「殺害という手段に訴えているところを見るとな。ただ、その辺りも憶測の域は出ない」
利があるからこそ、それを独占したいなんて理由もあるか。いずれにせよ、オヤジの言う通り勝手に推理を進めるのは厳禁か。行き過ぎるとただの妄想になってしまうのだから。
「……病院周りを探る。これからの方針はひとまずそれだ。状況からして、お前が率先して動く必要はないが……それでは気にいらんだろうな」
「当然。これはある意味売られた喧嘩みたいなもんだ。二度とやんねーと思ってたが……こんな状況なら買うしかないだろ」
手のひらに拳を打ち付ける。ああ、これは俺自身の戦いだ。傷付くのが俺一人であるならば、遠慮する必要はない。
もちろん、見えざる敵は大きい。上手く立ち回る必要はあるだろうが。
「お前の疑いが早々に晴れるよう、俺も協力させてもらおう」
「助かる。……酷え喧嘩だが、必ず勝ってやるさ」
そしてまた、今度は嘘偽りのない平穏を取り戻す。もう誰も悲しんだり、謝り続けなくてはならないことなど、起きてほしくはない。
僅かに重なる過去を思い起こしながら、俺はそんな決意を固めるのだった。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
『忌み地・元霧原村の怪』
潮ノ海月
ホラー
とある年の五月の中旬、都会から来た転校生、神代渉が霧野川高校の教室に現れる。彼の洗練された姿に女子たちは興味を示し、一部の男子は不満を抱く。その中、主人公の森月和也は、渉の涼やかな笑顔の裏に冷たさを感じ、彼に違和感を感じた。
渉の編入から一週間が過ぎ、男子達も次第に渉を受け入れ、和也の友人の野風雄二も渉の魅力に引き込まれ、彼の友人となった。転校生騒ぎが終息しかけたある日の学校の昼休み、女子二人が『こっくりさん』で遊び始め、突然の悲鳴が教室に響く。そしてその翌日、同じクラスの女子、清水莉子が体調不良で休み、『こっくりさん』の祟りという噂が学校中に広まっていく。その次の日の放課後、莉子を心配したと斉藤凪紗は、彼女の友人である和也、雄二、凪沙、葵、渉の五人と共に莉子の家を訪れる。すると莉子の家は重苦しい雰囲気に包まれ、莉子の母親は憔悴した姿に変わっていた。その異変に気づいた渉と和也が莉子の部屋へ入ると、彼女は霊障によって変わり果てた姿に。しかし、彼女の霊障は始まりでしかなく、その後に起こる霊障、怪異。そして元霧原村に古くから伝わる因習、忌み地にまつわる闇、恐怖の怪異へと続く序章に過ぎなかった。
《主人公は月森和也(語り部)となります。転校生の神代渉はバディ訳の男子です》
【投稿開始後に1話と2話を改稿し、1話にまとめています。(内容の筋は変わっていません)】
【恋愛】×【ミステリー】失恋まであと五分~駅へ走れ!~
キルト
ミステリー
「走れっ、走れっ、走れ。」俺は自分をそう鼓舞しながら駅へ急いでいた。
失恋まであと五分。
どうしても今日だけは『あの電車』に乗らなければならなかった。
電車で居眠りする度に出会う不思議な女性『夜桜 結衣』。
俺は彼女の不思議な預言に次第に魅了されていく。
今日コクらなければ、二度と会えないっ。
電車に乗り遅れた俺は、まさかの失恋決定!?
失意の中で、偶然再会した大学の後輩『玲』へ彼女との出来事を語り出す。
ただの惨めな失恋話……の筈が事態は思わぬ展開に!?
居眠りから始まるステルスラブストーリーです。
YouTubeにて紹介動画も公開中です。
https://www.youtube.com/shorts/45ExzfPtl6Q
ダブルの謎
KT
ミステリー
舞台は、港町横浜。ある1人の男が水死した状態で見つかった。しかし、その水死したはずの男を捜査1課刑事の正行は、目撃してしまう。ついに事件は誰も予想がつかない状況に発展していく。真犯人は一体誰で、何のために、、 読み出したら止まらない、迫力満点短編ミステリー
【恋愛ミステリ】エンケージ! ーChildren in the bird cageー
至堂文斗
ライト文芸
【完結済】
野生の鳥が多く生息する山奥の村、鴇村(ときむら)には、鳥に関する言い伝えがいくつか存在していた。
――つがいのトキを目にした恋人たちは、必ず結ばれる。
そんな恋愛を絡めた伝承は当たり前のように知られていて、村の少年少女たちは憧れを抱き。
――人は、死んだら鳥になる。
そんな死後の世界についての伝承もあり、鳥になって大空へ飛び立てるのだと信じる者も少なくなかった。
六月三日から始まる、この一週間の物語は。
そんな伝承に思いを馳せ、そして運命を狂わされていく、二組の少年少女たちと。
彼らの仲間たちや家族が紡ぎだす、甘く、優しく……そしてときには苦い。そんなお話。
※自作ADVの加筆修正版ノベライズとなります。
表紙は以下のフリー素材、フリーフォントをお借りしております。
http://sozai-natural.seesaa.net/category/10768587-1.html
http://www.fontna.com/blog/1706/
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
この満ち足りた匣庭の中で 二章―Moon of miniature garden―
至堂文斗
ミステリー
それこそが、赤い満月へと至るのだろうか――
『満ち足りた暮らし』をコンセプトとして発展を遂げてきたニュータウン、満生台。
更なる発展を掲げ、電波塔計画が進められ……そして二〇一二年の八月、地図から消えた街。
鬼の伝承に浸食されていく混沌の街で、再び二週間の物語は幕を開ける。
古くより伝えられてきた、赤い満月が昇るその夜まで。
オートマティスム、鬼封じの池、『八〇二』の数字。
ムーンスパロー、周波数帯、デリンジャー現象。
ブラッドムーン、潮汐力、盈虧院……。
ほら、また頭の中に響いてくる鬼の声。
逃れられない惨劇へ向けて、私たちはただ日々を重ねていく――。
出題篇PV:https://www.youtube.com/watch?v=1mjjf9TY6Io
この欠け落ちた匣庭の中で 終章―Dream of miniature garden―
至堂文斗
ミステリー
ーーこれが、匣の中だったんだ。
二〇一八年の夏。廃墟となった満生台を訪れたのは二人の若者。
彼らもまた、かつてGHOSTの研究によって運命を弄ばれた者たちだった。
信号領域の研究が展開され、そして壊れたニュータウン。終焉を迎えた現実と、終焉を拒絶する仮想。
歪なる領域に足を踏み入れる二人は、果たして何か一つでも、その世界に救いを与えることが出来るだろうか。
幻想、幻影、エンケージ。
魂魄、領域、人類の進化。
802部隊、九命会、レッドアイ・オペレーション……。
さあ、あの光の先へと進んでいこう。たとえもう二度と時計の針が巻き戻らないとしても。
私たちの駆け抜けたあの日々は確かに満ち足りていたと、懐かしめるようになるはずだから。
【朗読の部屋】from 凛音
キルト
ミステリー
凛音の部屋へようこそ♪
眠れない貴方の為に毎晩、ちょっとした話を朗読するよ。
クスッやドキッを貴方へ。
youtubeにてフルボイス版も公開中です♪
https://www.youtube.com/watch?v=mtY1fq0sPDY&list=PLcNss9P7EyCSKS4-UdS-um1mSk1IJRLQ3
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる