この満ち足りた匣庭の中で 三章―Ghost of miniature garden―

至堂文斗

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Seventh Chapter...7/25

なすべきこと

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 オヤジが帰ってきたのは、それから一時間以上が経ってからのことだった。その間、特に何が起きたわけでもなかったが、何かが起こるかもしれないと言う恐怖が頭をもたげて、柄にもなくオヤジの帰りを待ち望んでしまっていたのが少し恥ずかしい。
 オヤジは永射の死体を確認後、貴獅とともに死体を病院まで運んで行ったという。他に人手がいなかったので仕方がないことだが、損な役回りだ。
 おまけに大した情報も聞けず、シャットアウトに近い形で貴獅に帰されたというから、やはりきな臭い。今回の事件、実のところ貴獅は兆候でも掴んでいたのではないだろうか?

「確証は何もないのだから、現時点で勝手なことは言えん」

 オヤジはそう口にしたが、納得していなさそうなのは見てとれた。……さっきの説明ありきだが、この状況をおかしいと思う気持ちは一緒で安堵する。
 とりあえず落ち着くことが必要だと、オヤジに風呂へ入るよう促された。確かに、着替えなどはしてくれたが、まだあちこちに汚れが残っている。昨日から風呂に入っていないことになるし、さっぱりしておくのは案外重要かもしれない。
 というわけで、湯を張ってくれたオヤジに感謝しつつ、俺は汚れと疲れを洗い流した。これでようやく目が覚めたような気もする。

「さて、永射くんの死が判明し、ひとまず状況は進展したわけだが……これからのことを考えねばならんな」

 居間に戻り、腰を落ち着けたところでオヤジはそう切り出した。これからのこと……状況が状況だ、俺は何も知らない一般住民で居続けることなどできないのだし、どう動いていけばいいかは考え所だろう。
 事件発生時に俺が永射と会っていたことが公にでもなれば、黒と思われても仕方がないのだから。

「まず、お前はどうしたい」
「……俺は」

 疑いが晴れるまで、人目につく場所に出ることすら問題になりそうだ。善良な住民であれば警察に事情を伝えるなどすべきかもしれないが、俺自身があの瞬間の記憶を失っている以上、自分にとって不利にしかならない。
 さらに、オヤジは驚くべき新情報も伝えてきた。

「ちなみに、この雨のせいか土砂崩れが発生したそうでな。外部へ繋がる唯一の道が土砂で埋まってしまったらしい」

 つまり、全てを諦めて警察の元へ赴くということ事態も、物理的にかなりハードルの高い行動になってしまったわけだ。そうして考えると、馬鹿正直なのはデメリットでしかない。
 結局、答えは決まっているのだ。

「……んじゃ、自力で解決するしかないだろうよ」
「……そうか」

 オヤジは一つ頷き、

「まあ、お前の答えは分かっていたが」

 分かりやす過ぎるくらい、単純な思考回路だ。
 きっと、誰にだって察せられるだろうさ。

「でもよ、解決ったって、この事件はヤバそうな臭いがプンプンしやがるんだよな。怪しい組織が出てくるわ、軍の施設跡が出てくるわ」
「一人で何とかしろと言っているわけではないさ。当然協力する……それでも、どうなるかは分からんがな」
「……サンキュ、オヤジ」

 この闇深き事件の根底にどこまで迫れるかは分からないにしても。
 せめて自身の疑いを晴らすような事実くらいは掴みたい。でなければ、あいつらに合わせる顔すらないのだから。
 心配はやがて疑念に変わるだろう。面と向かって真実を告げれば、あいつらなら信じてくれるだろうが……それは新たな不安を生む。今度はあいつらに危険が及ぶかもしれないのだ。危ない橋を渡るのに、人数はいらない。

「事件の調査。ひいてはこの街で起きている……起きようとしていることの調査ということになるが、最も探るべきは病院だろう」
「やっぱり、オヤジもあそこは怪しいって睨んでるんだな」
「むしろ、疑わん方がおかしい。これまでは何事もなかったから無難な付き合いは続けていたが……事ここに至っては、知らぬふりもできまい」

 仕事上の付き合いとは言え、オヤジも色々な疑問を呑み下してきたはずだ。その疑問が、事件の謎に絡んでいる可能性は十分ある。
 オヤジは、これまでの関係で浮かんできたその謎について説明を始めた。

「満生総合医療センター、いやこの街そのものに出資を行なっているGHOSTという組織については既に話したが、永射くん……いや、永射としよう。奴がそこに属しているという可能性も薄々は考えていた。外部から来た民間人がここまで街の行政に首を突っ込めるというのは、通常有り得ないことだからな。電波塔計画への力の入れようも考慮すると、納得できる」
「電波塔計画自体がGHOSTの計画だと……?」
「それは間違いない。永射の登場とともに計画が打ち出されたわけだからな」

 俺や玄人たちが来た頃には既に進んでいた電波塔計画だが、そこまで昔から話し合われていたものではないらしい。確かに、説明会もここ最近でまとまって開催されていたし、案外急ピッチで進められているもののようだ。

「電波塔計画は、病院医療を含めた街全体の発展と銘打たれているが、それ一つで目覚ましい発展が期待できるかと言われれば疑問だ。何か別の目的があるのだろうとは推測している」
「俺もそこまでは賛成だ。誰にも話してはなかったけど、永射と貴獅が妙なやり取りをしてる場面に出くわしちまったからな」
「妙なやり取り?」
「ああ。実験だとか第二フェイズだとか……明らかに電波塔が何らかの実験に関係している感じだった」
「……なるほど」

 オヤジは普段から強面の顔を更にしかめて、

「人類の正しき進化を目的にGHOSTは活動しているそうだが、その活動は世間一般の常識では考えられないようなものばかりだとか。研究、実験が日々行われていることから、当時の日本国軍科学研究所との繋がりまで噂されているようだな」
「科学研究所だって……?」

 鬼封じの池に眠る廃墟は、旧日本軍の科学研究所だと永射は口にしていた。更に言えば、その情報随分前から知っていたようだ。外からやってきたはずの奴が、街の過去を詳しく知っていた理由……軍と関わりのある組織だと言うなら筋は通るか。

「けど、永射は科学研究所に対して思うところ複雑って感じだったな。先見の明があるとか言いつつも、過去の亡霊ってウザがってたり……」
「完全に同じ血脈というわけではないのだろう。自分達は昔の過てる組織とは違うのだ……と」
「まあ、今の研究の邪魔になってたら当然のことか」

 科学研究所の流れは汲みつつも、体制はまるで様変わりしている。そんな組織が旧体制の亡霊ゆえに疎ましがられては、厄介なのには違いない。
 自分たちは違うんだと言えるほど、常識的なことをしているわけでもないだろうし。
 ……それは昔の組織とどこまで違うのか、俺にも分からないが。
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