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Seventh Chapter...7/25
現実は牙を剥き
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目が覚めたのは、すっかり空も明るくなった頃のことだった。
気絶していたというのに、それでも俺の心身は活動限界だったらしく、強烈な眠気に耐え切れずに意識を失ったらしい。
下着以外は脱がされ、ある程度体の汚れも拭き取られた状態で、俺は布団に横たえられていた。自分の布団ではなく、和室に急拵えで敷いた客用のものだ。所々に擦り傷があってヒリヒリと痛んだが、そんな細かいことは気にしていられず、俺はむくりと上半身を起こした。
「……痛て」
「目が覚めたか」
少し離れたところにオヤジは座っていた。普段なら仕事をしていそうな時間だが、俺のことを気にかけていてくれたのだろうか。
「急に倒れたからな……話もまだ聞けていない。とにかく、体に異常はなさそうか?」
「ん……まあ、あちこち痛いくらいだな……」
肩を回しながら俺は答える。痣も数ヶ所出来ているようだ。
「……何があった?」
改めての質問。今度は意識もハッキリしていて、ちゃんと伝えられる。
ただ、その報告は決して良いものではないのだが。
「……実はよ」
俺はこれまでの経緯をできるだけ仔細に語った。友人らとともに鬼封じの池を探検したことがきっかけとなり、そこで謎の廃屋を発見したこと、オヤジとの話からそれが軍事施設である可能性に行き着いたこと、過去に村と軍との関わりがないか調べるため、永射孝史郎の家に押しかけて面談の機会を得たこと……説明をしながら自分でも、この数日で色々なことがあったと噛み締めることになった。これまでの平穏を思えば、本当に非日常が過ぎる。
「……信じられん、と言いたいところだが……」
最後に永射の水死体を発見したところまで話し終えると、それまで黙って聞いてくれていたオヤジが口を開き、
「お前がそんな話を作ることなどできんだろう」
「……ま、そりゃそうだな」
信じられた理由は癪だが、オヤジなりに俺のことを信頼してくれているのは間違いない。俺もだからこそ全部を明かしたのだし、その先も幾分か頼りにはしている。
「とにかく、永射が死んだ……これは確実なんだな?」
「ああ……池に浮かんでた。俺の目だから見辛いのは確かだけどよ、あそこに人が浮いてるってことは確実って言ってもいいはずだ」
「……分かった」
まずは永射の死体を確認すべきと考えたのか、オヤジはすっくと立ち上がった。
「事態の整理は後からしよう。まずは、事実確認を――」
そこで、玄関戸が力強く叩かれる音がした。
ほぼ同時に、叫ぶような声も聞こえてくる。
「佐曽利さん!」
今のは、玄人の声に違いない。
けれど、何故……。
「……どこかに隠れていろ」
俺はこくりと頷いて、自室へと逃げ込んだ。少なくとも俺は試験を欠席したことになっているわけだし、会えば余計な心配をかける。玄人の声は何やら尋常ではなかったし、ひとまず何があったのかを見極めてからにすべきだ。
オヤジが玄関戸を開け、玄人と応対してくれる。あいつにしては大きな声だったので、その内容は伝わってきた。あいつは、どういう理由かこの雨の中鬼封じの池まで行ってしまった……そこで、最も見てはいけないものを見てしまったのだ。
永射孝史郎の死体を。
つい今しがた俺が告げた話を玄人からも聞いたことで、オヤジは最早単独での確認も不要と判断したらしく、すぐさま電話の受話器を上げ、誰かに連絡をとった。
「牛牧か。……今、真智田くんが家に来たんだが。永射くんが、池に沈んでいると話している」
相手は牛牧さんのようだ。医者の中で一番信頼できる相手だし、当然のことだろう。オヤジはひとまずこちらに来てくれと頼んでから、ガチャリと受話器を下ろした。
真剣に話を受け止めてくれたことを、玄人は感謝していたが、俺が先に話していなければ冗談と思われていただろう。それくらい非日常的なことなのだ。人が……それも街のトップたる人物が溺死しているだなんて。
「君は待っていなさい」
玄人にそう告げると、オヤジはさっさと家を飛び出していった。玄人を休ませるだけでなく、後からくる牛牧さんへの伝達役にする意味もあるのだろう。
ただ、出ていかれると家には俺と玄人しかいないことになる。部屋を覗かれたらおしまいなわけだが……。
幸い、足先までほとんど濡れ鼠という体だった玄人は奥まで来ることはなく、居間付近をぶらぶらしているようだった。足音がこちらへ近づいてくる気配はしない。
しばらくして、玄関戸が再び叩かれる。連絡を入れた牛牧さんが来たのだ。玄人が戸を開き、二、三話をしていた。……どうやら久礼貴獅もいるらしい。
こうして合流した三人も、オヤジを追いかけるように鬼封じの池へ向かった。玄人がやって来てからまだ二十分も経っていないが、皆行動が早いものだ。
これで、永射孝史郎の死は街中に知れ渡るのだろう。
「……まさか、だよなあ」
全く予想もしていなかった。永射が死に、自身がそこに深く関係してしまうとは。更に言えば前後の記憶も胡乱で、奴が川に落ちた直接の原因がさっぱり分からない。犯人は自分じゃないと、自信を持って否定することが難しいのだ。
ただ……。
「……痛え」
こうして落ち着くほどに、後頭部に感じる痛み。薄ら腫れ上がっているし、少なくとも何かがぶつかったのは間違いない。
そこに人意があったかどうかが問題だ。
もしも、あの瞬間に俺を殴り、意識を失わせた奴がいるなら……最重要容疑者はそいつだろう。身の潔白を証明するとすれば、その第三者を探すのが最善そうだ。
……なんて面倒なことになったのだろう。ここ数日で様々なことが起きたが、それは全て予兆であり、昨夜のあの瞬間、世界はガラリと変わってしまった。
嘆いたところで、一度変わった世界が遡ることはなく。俺はただ独り、自室で虚しい溜め息を吐くことしかできなかった。
気絶していたというのに、それでも俺の心身は活動限界だったらしく、強烈な眠気に耐え切れずに意識を失ったらしい。
下着以外は脱がされ、ある程度体の汚れも拭き取られた状態で、俺は布団に横たえられていた。自分の布団ではなく、和室に急拵えで敷いた客用のものだ。所々に擦り傷があってヒリヒリと痛んだが、そんな細かいことは気にしていられず、俺はむくりと上半身を起こした。
「……痛て」
「目が覚めたか」
少し離れたところにオヤジは座っていた。普段なら仕事をしていそうな時間だが、俺のことを気にかけていてくれたのだろうか。
「急に倒れたからな……話もまだ聞けていない。とにかく、体に異常はなさそうか?」
「ん……まあ、あちこち痛いくらいだな……」
肩を回しながら俺は答える。痣も数ヶ所出来ているようだ。
「……何があった?」
改めての質問。今度は意識もハッキリしていて、ちゃんと伝えられる。
ただ、その報告は決して良いものではないのだが。
「……実はよ」
俺はこれまでの経緯をできるだけ仔細に語った。友人らとともに鬼封じの池を探検したことがきっかけとなり、そこで謎の廃屋を発見したこと、オヤジとの話からそれが軍事施設である可能性に行き着いたこと、過去に村と軍との関わりがないか調べるため、永射孝史郎の家に押しかけて面談の機会を得たこと……説明をしながら自分でも、この数日で色々なことがあったと噛み締めることになった。これまでの平穏を思えば、本当に非日常が過ぎる。
「……信じられん、と言いたいところだが……」
最後に永射の水死体を発見したところまで話し終えると、それまで黙って聞いてくれていたオヤジが口を開き、
「お前がそんな話を作ることなどできんだろう」
「……ま、そりゃそうだな」
信じられた理由は癪だが、オヤジなりに俺のことを信頼してくれているのは間違いない。俺もだからこそ全部を明かしたのだし、その先も幾分か頼りにはしている。
「とにかく、永射が死んだ……これは確実なんだな?」
「ああ……池に浮かんでた。俺の目だから見辛いのは確かだけどよ、あそこに人が浮いてるってことは確実って言ってもいいはずだ」
「……分かった」
まずは永射の死体を確認すべきと考えたのか、オヤジはすっくと立ち上がった。
「事態の整理は後からしよう。まずは、事実確認を――」
そこで、玄関戸が力強く叩かれる音がした。
ほぼ同時に、叫ぶような声も聞こえてくる。
「佐曽利さん!」
今のは、玄人の声に違いない。
けれど、何故……。
「……どこかに隠れていろ」
俺はこくりと頷いて、自室へと逃げ込んだ。少なくとも俺は試験を欠席したことになっているわけだし、会えば余計な心配をかける。玄人の声は何やら尋常ではなかったし、ひとまず何があったのかを見極めてからにすべきだ。
オヤジが玄関戸を開け、玄人と応対してくれる。あいつにしては大きな声だったので、その内容は伝わってきた。あいつは、どういう理由かこの雨の中鬼封じの池まで行ってしまった……そこで、最も見てはいけないものを見てしまったのだ。
永射孝史郎の死体を。
つい今しがた俺が告げた話を玄人からも聞いたことで、オヤジは最早単独での確認も不要と判断したらしく、すぐさま電話の受話器を上げ、誰かに連絡をとった。
「牛牧か。……今、真智田くんが家に来たんだが。永射くんが、池に沈んでいると話している」
相手は牛牧さんのようだ。医者の中で一番信頼できる相手だし、当然のことだろう。オヤジはひとまずこちらに来てくれと頼んでから、ガチャリと受話器を下ろした。
真剣に話を受け止めてくれたことを、玄人は感謝していたが、俺が先に話していなければ冗談と思われていただろう。それくらい非日常的なことなのだ。人が……それも街のトップたる人物が溺死しているだなんて。
「君は待っていなさい」
玄人にそう告げると、オヤジはさっさと家を飛び出していった。玄人を休ませるだけでなく、後からくる牛牧さんへの伝達役にする意味もあるのだろう。
ただ、出ていかれると家には俺と玄人しかいないことになる。部屋を覗かれたらおしまいなわけだが……。
幸い、足先までほとんど濡れ鼠という体だった玄人は奥まで来ることはなく、居間付近をぶらぶらしているようだった。足音がこちらへ近づいてくる気配はしない。
しばらくして、玄関戸が再び叩かれる。連絡を入れた牛牧さんが来たのだ。玄人が戸を開き、二、三話をしていた。……どうやら久礼貴獅もいるらしい。
こうして合流した三人も、オヤジを追いかけるように鬼封じの池へ向かった。玄人がやって来てからまだ二十分も経っていないが、皆行動が早いものだ。
これで、永射孝史郎の死は街中に知れ渡るのだろう。
「……まさか、だよなあ」
全く予想もしていなかった。永射が死に、自身がそこに深く関係してしまうとは。更に言えば前後の記憶も胡乱で、奴が川に落ちた直接の原因がさっぱり分からない。犯人は自分じゃないと、自信を持って否定することが難しいのだ。
ただ……。
「……痛え」
こうして落ち着くほどに、後頭部に感じる痛み。薄ら腫れ上がっているし、少なくとも何かがぶつかったのは間違いない。
そこに人意があったかどうかが問題だ。
もしも、あの瞬間に俺を殴り、意識を失わせた奴がいるなら……最重要容疑者はそいつだろう。身の潔白を証明するとすれば、その第三者を探すのが最善そうだ。
……なんて面倒なことになったのだろう。ここ数日で様々なことが起きたが、それは全て予兆であり、昨夜のあの瞬間、世界はガラリと変わってしまった。
嘆いたところで、一度変わった世界が遡ることはなく。俺はただ独り、自室で虚しい溜め息を吐くことしかできなかった。
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