この満ち足りた匣庭の中で 三章―Ghost of miniature garden―

至堂文斗

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Sixth Chapter...7/24

波長――明滅する世界

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「食糧……」
「繋がってきたでしょう? 謎を繋ぐ手掛かりというのはね、ほんの一欠片だけで劇的な光明をもたらすものなんですよ。要するに、こういうことです。三鬼の伝承は、戦時中に村で行われていた軍事研究を隠すために塗り固められたオハナシなのだと……」

 戦時中、あらゆる物が没収され、倹約を余儀なくされ。あまつさえ自分たちの住む土地を実験場にすら使われて。
 それを耐え忍び、戦争が終わってからも続いた災厄の果て。明日を生きるための食糧すらも危うくなった三鬼村の住民たちは……最も憎いであろう者たちからの施しを受けるしか、選択肢が無かった……。

「何だよそれ。そんな胸糞悪い話があってたまるかよ……!」
「あの当時のことですからね、現代の人間にしてみれば信じられないことでしょうが、私の推測は概ね正しいはずですよ。遺された手掛かりから導出される解はこれくらいしかありませんのでね」
「お前、よくそんな冷静に……」
「過去は過去。今更変えられるものではありませんし……私の目的は別に、軍事研究を告発することじゃありません」
「……ぐっ……」

 私はね、と粘つくような気味の悪い声で永射は言う。

「かつて先人たちが行っていた研究、その昇華とも呼べる一大プロジェクトをこの地で成功させるために! 尽力しているのですよ。過去の亡霊に称賛こそされても、足を引っ張られるのは許し難いというもの」
「お前……GHOSTは一体、何を……」
「組織名もバレていましたか。まあ、今更な話ですが」

 そこで乾き切った笑いを発し、

「せっかくですし……最期にちょっとだけ教えてあげましょう」

 そう言いながら、Gの英字を象ったバッジを指で弄んだ。
 ……今の意味深な言い回しは何だ?

「我々が目指すのは人類の正しき進化……そのために、幾つかの分野から独自の切り口で実験を行なっている。満生台も当然ながらその実験場の一つと言えましてね……ヒトの、魂魄の新たな在り方を模索しているのですよ」
「ヒト……いや、魂魄だと……?」

 何だ、それは。
 まるで龍美あたりが口にしそうなオカルト話じゃないか。
 大の大人が、それも電波塔計画などを推し進めるような、ファンタジーよりサイエンスを信じていそうな奴が……大真面目に魂魄だと?
 それはクライマックスで、悪の親玉が突然哀れな狂人に変わってしまったような、虚脱感に襲われる話だった。

「ハハ……何をこいつは、とお考えでしょうね? 魂なんてありはしない、幽霊なんて存在しない……結構、極めて現実的な考えだと私も思います。しかし、世界は不条理でしてね。魂魄というものは確かに存在し、それを巡る幾つもの事件も引き起こされている……」
「馬鹿馬鹿しいだろ、そんな話……まだお前が狂ってるって説明された方が納得できるぜ」
「ええ、それがごく普通の思考でしょう。ただ……」

 事実なのですよ、と永射は囁くようにもう一度告げる。

「我々は真実を知悉している。なれば進み続けるほかないのです。人類が到達すべき場所へと」

 違う。
 そんなことは間違っている。
 進み続けても良い道なのかどうか、それを計る天秤をこそ、人は持つべきであって。
 進化のために処理を続けるだけであれば、それはAIと変わらない。やがてシンギュラリティを迎え、その先には滅びが待つに違いないのだ……。

 ――せ。

 何かが聞こえた。

「……さて、長々とお聞きいただきありがとうございました。冥土の土産には十分でしょうね?」
「な……に……」
「静かで良い場所だと――そう思うでしょう?」

 ――せ。

 ラジオのノイズみたいな音が、頭の中に拡がる。ただの雑音だと思いたくても、それは勝手に判別できる言葉になっていく。

 ――ろせ。

「なぜ私がここへ誘ったか……勘付かない君ではないでしょうに」

 ゆっくりと、永射が近づいてきて。
 頭が、割れるように痛くなって。
 千切れそうになる意識を何とか繋ぎ止める中、奴の手が俺の胸倉を掴む。
 そのまま、俺は崖の近くまで引き摺られていった。

「あ……ああ……」
「この街の現実は終わる。……ああ、私は一足先に離れて、遠方から見守らせてもらいますがね?」

 それほど怪力なわけでもないのに、襲ってくる激痛のせいでまともに抵抗ができない。
 奴の腕を掴む手にも、力が入らない。
 頭が痛い。

 ――殺せ。

 それはまるで、鬼の唸り声のようだった。

「何……っ?」

 世界が明滅する。
 白い靄。黒い虚。
 意識がだんだんと遠のいていく。
 痛みからも救われていく。
 ああ……そして最後に見た色は。

 血の滲むような赤色だった――。
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