この満ち足りた匣庭の中で 三章―Ghost of miniature garden―

至堂文斗

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Sixth Chapter...7/24

伝承の深層

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「……そろそろ出てきては?」

 一瞬、誰に対しての問い掛けかが分からなかった。しかし、すぐに理解する。
 真っ直ぐこちらに向けられた眼差しで。

「……ちっ……」

 そう甘くはなかったのだ。追跡は既にバレていて、永射はしばらく俺を泳がせていたのだろう。こうなるともう隠れている意味はなく、俺は奴の真正面にその身を晒け出した。
 冷たい視線。気味の悪い笑みを薄ら浮かべながら、永射はこちらを見つめ続ける。
 そして、くっくと笑ってから、

「中々滑稽な尾行でしたよ」
「……そうかよ」

 本性を隠そうともしなくなった人間に、こちらももう畏まる必要はない。吐き捨てるように言うと、俺は永射の方を睨み返した。

「そんなハンデがあるというのに、バレないと思っていたとはね」
「うるせえ。それより、お前は何のためにここまで来たんだ? 待ち合わせの理由は何なんだ」
「そうですね……理由としては、君を待っていたというところでしょうか?」
「ふざけ……」

 ……いや、違う。
 こいつは断じてふざけてなどいないのだ。
 俺を待っていたというのは言葉の通りで。
 つまり、こいつは……。

「そもそも、あの盗み聞きがバレていないと高を括る時点で愚かというもの。おかげさまで、あえて聞かせた言葉につられて君はここまで追いかけてきてくれました」
「……何が目的だ?」
「話の続きでもしようかと思いまして」

 続きというからには、昨日の話のことだろう。あのときは時間だと帰されてしまったが、それを今度は永射から吹っかけてくるとは。
 もちろん言葉の裏には何かがあるのだろうが、今のところ怪しい動きなどする様子はなかった。

「こんな所まで来て話かよ」
「こんな所だからこそですよ。この下流に何があるかは理解しているでしょう……鬼封じの池です」
「鬼の伝説か……ようやく紐解いてくれるってか?」
「簡単にネタばらししては、流石に面白くもないでしょうがね」

 永射は俺から視線を逸らし、鬼封じの池がある川下へと向ける。

「――君たちはあの廃墟でどこまでのものを目にしましたかね」
「なっ……」

 こいつには既に、俺たちが廃屋の中に立ち入ったことまで知られているというのか。一体どうやって、と一瞬疑問に思ったが、可能性は一つある。
 後から永射も廃屋を調査し、最近人が立ち入った形跡を発見、その後俺が鬼の伝承について訊ねたことからそこに繋がりを感じた……という可能性だ。

「ええ、私もあの中を興味深く調べさせてもらいましてね。いつかはと考えていたのですが、先を越されてしまうと現場が荒らされる危険性も含め、早く見ておかなければと思ったわけです」
「お前は……あの廃屋が何か分かってるのか?」
「もちろん。……あれは旧日本軍の科学研究所ですからねえ」

 やはりか、と腑に落ちる感覚と、この街にそんなものが、という恐ろしさが同時にやって来て、目眩がした。
 ここに眠るは、戦時下の遺産。
 日本軍による、戦争のための研究所……。

「実際、計画の初期段階から掴んでいた事実ではあるのですが、いざ自身の目で確認してみると当時の研究者の着想に驚かされます。まさに先見の明というやつですね」
「あの場所で……どんな研究が行われてたっていうんだ」
「戦時中ですから、如何にして敵に勝利するか……敵を葬り去るか、その一点でしょう」
「葬る……だと……」

 あっさりそう言われてゾクリとするものの、それが当然のことなのだ。少なくとも、当時の軍隊にとっては。
 敵国に勝利するため。日本が勝利者となるために、様々な手段を以て日本は戦った。ここは、その手段を生み出す場所の一つであった……。

「けど、当時の村人たちはそれで良かったのかよ? そんな施設が山中に作られて、どうせろくでもねえ研究がなされて……」
「当時の国民にそんな権利があったとでも? 馬鹿を言っちゃいけない。軍人が施設を作ると決めたならそこには施設が作られるのです。当たり前のようにね。それに、君はろくでもないと言いますが、軍事研究というのはいつだって人類の発展に寄与しているのですよ? そう……人類の正しき進化のために」

 GHOSTの理念。それもこんな場面で言われると、狂っているようにしか思えない。確かに技術面では幾らかの恩恵が現代にまでもたらされているのだろうが、払われた代償はあまりにも大きく、そして理不尽だ。
 発展に犠牲は付き物という考えもあるだろう。けれど、ガキのワガママなのかもしれないとしても、俺はそこに自制を持ち、至るべき道と至ってはならない道だけは明確に区別し、選んでいくべきだと思う。そうあってほしいと願う。

「携帯電話も、元は軍隊の連絡用に作られたトランシーバーであるように、軍事技術は人々の生活に浸透している。……そう、まさに当時の日本軍は着目していたのですよ。電磁波というものの可能性に」

 永射の言葉に、俺はそれこそ電気が走ったようだった。
 電磁波――だと?

「まさか、てめえ……」
「まあ、当時の具体的な研究については流石に資料も残っていないようですが。どうも戦争が終わった後、村長と研究所の所長との間で密約が交わされたそうですからね。この地で起きた全てについて一切口外しない――という」
「密約……?」
「そう。村長の名前から、津田密約と裏で呼ばれていたらしいですね。過去の文献はほとんど無くなっていますが、あれこれ探して何とかそれくらいは突き止められました。研究所側の所長は馬野という名前だったか……この二人が手を取り合い、三鬼村で行われた全てに蓋がされたのですねえ」

 当時の村長が、よりによって村を勝手に利用していた軍人と密約を交わした? それも、一切を口外しない? そんな馬鹿な話があるだろうか。まるで被害者側が一方的に黙っていますと誓うようなものだが、そんなこと見返りが無ければ――。

「……あ」
「おや、案外頭の回転が速そうだ。ええ、もちろん三鬼村側にも十分な見返りがありました。というより、そうでも無ければこんな村、とっくに滅び去っていますよ」

 つまり……つまり。
 津田某という村長は、決断させられたのだ。
 住民の命を守るために、全てを隠し通す決断を。
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