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Sixth Chapter...7/24
相容れぬ思想
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夏だと言うのに、外はやや肌寒い。遠くの方からも、説明会へ向かう老人が寒そうに腕を摩っている。それを見て、体に堪えるだろうに、皆頑張って足を運んでいるのだなあと勝手に関心したりもした。
北側の道を通れば、それほど人とすれ違わずに集会場へ辿り着ける。そこは永射邸とほぼ隣接している建物だからだ。大きなイベントや会議をするときはここを使うことになるし、住民たちが主導で何かをするとしても、永射がそれを把握できる仕組みになっているわけだ。まあ、少人数の会合などならもちろんバレずにできるとして。
無事に会場まで到着した俺は、早速裏手に回り込む。玄人や龍美たちも家族で来ることになっているし、他のクラスメイトも同じくだ。姿を見られては後々面倒なので、隠れておくのが無難だろう。確かこの集会場は出入口が二つあるので、そこから入って倉庫の近くにでもいれば懸念は少ない。万が一天候が悪化しても、雨風も凌げる。
時刻は午後七時四十分。そろそろ人の気配も増えてきた。さっさと裏口から中へ入り、電灯の点いていない陰に身を潜める。ちょうど表の入口とは正反対に位置しており、トイレもここに来るまでにあるので、住民がこの辺りまでやってくる可能性は低かった。
後は、関係者だ。少なくとも永射なんかは確実に裏から入ってくる。そのときはバレないようにしておかなければ。
司会らしい女性が通り、設営を任されていそうな男性も過ぎていく。スマホを確認するのも憚られ、時間は分からないが、そろそろ定刻だろう。そう思っていると、ようやく永射がやって来た。
颯爽と現れた彼は、特に準備もなく会場へ入っていく。普通はある程度の緊張があると思うのだが、余程の自信ということか。
会場の扉がバタリと閉められ、一瞬空気が凍ったような静けさが下りた。それからしばらくして、マイクで増幅された永射の声が聞こえてくる。
「……えー、皆さん。定刻になりましたので、これより満生台電波塔設置計画の最終説明会を行いたいと思います……」
それからしばらく、説明会は淡々と続いた。というのも、説明の大半がこれまでに伝えられていることだからだ。住民がどれだけ理解しているかはさておき、これは単なるおさらいに過ぎなかった。
一応は今回が初めての人に配慮して読み上げた後、質疑応答に移る。この質疑の時間が本題なわけだ。
二十分かそこら、説明に時間を割いただろうか。そうして一区切りすると、永射は質疑応答に移ると宣言する。場は一度静まり返ったが、やがて永射が名前を呼ぶのが聞こえた。
それはやはり瓶井さんだった。
マイク越しではない地声だが、ある程度はこちらにまで聞こえてくる。高齢の女性にも関わらずしっかりとした声だ。この声だけでも、気弱な奴なら怖気付いて論戦には負けてしまうだろうなと思わされる。
しかし、てっきり最初から鬼がどうのこうの言うとばかり考えていたのだが、瓶井さんもある程度下調べした上で、現実的な質問を投げかけているようだった。曰く、電磁波は身体に悪影響を及ぼす可能性があるのだとか。対して永射も、それは検証の結果、思い込みである可能性が高いとされているという反論をして、両者一歩も譲らなかった。
電磁波問題については昔、何かで見聞きした記憶はあるがかなりボンヤリしている。そも、スマホやネットが普及した現代、最早そこに待ったをかけるのは時代遅れだろうし、実際に危険があるならまず俺たちに症状が出ているだろう。それがないのなら、やはり瓶井さんには悪いが彼女の心配は杞憂としか思えない。
そして現実的な論争の天秤が若干ながらも永射に傾き始めたとき、
「――鬼が祟りますよ」
という、瓶井さんの決まり文句がようやく飛び出したのだった。
それ以降は結局、互いが見当違いな方向に殴りかかるような虚しい闘いとなり、最後まで決着がつくことはなかった。永射が瓶井さんを打ち負かしたいという気持ちが分かってしまうほどに、それは空虚なもので。
三鬼はいる。永射が電磁波を安全と信じるように、自身も鬼の存在を、その危険さを信じている。それは何の拠り所もない主張であり、あえて言うならば並べ立てた永射の説もそうではないのかと訴えているようでもあるが、そこから議論が前に進まない千日手なのは明らかだった。
最後は永射の方が打ち切る形で、説明会は終了となった。あまりにも素早く帰っていったので、司会役の女性も困惑しながら終了の告知をしていたほどだ。一瞬だけ、帰っていく永射の顔が見えたが、その表情はやはり苦虫を噛み潰したようなものだった。
北側の道を通れば、それほど人とすれ違わずに集会場へ辿り着ける。そこは永射邸とほぼ隣接している建物だからだ。大きなイベントや会議をするときはここを使うことになるし、住民たちが主導で何かをするとしても、永射がそれを把握できる仕組みになっているわけだ。まあ、少人数の会合などならもちろんバレずにできるとして。
無事に会場まで到着した俺は、早速裏手に回り込む。玄人や龍美たちも家族で来ることになっているし、他のクラスメイトも同じくだ。姿を見られては後々面倒なので、隠れておくのが無難だろう。確かこの集会場は出入口が二つあるので、そこから入って倉庫の近くにでもいれば懸念は少ない。万が一天候が悪化しても、雨風も凌げる。
時刻は午後七時四十分。そろそろ人の気配も増えてきた。さっさと裏口から中へ入り、電灯の点いていない陰に身を潜める。ちょうど表の入口とは正反対に位置しており、トイレもここに来るまでにあるので、住民がこの辺りまでやってくる可能性は低かった。
後は、関係者だ。少なくとも永射なんかは確実に裏から入ってくる。そのときはバレないようにしておかなければ。
司会らしい女性が通り、設営を任されていそうな男性も過ぎていく。スマホを確認するのも憚られ、時間は分からないが、そろそろ定刻だろう。そう思っていると、ようやく永射がやって来た。
颯爽と現れた彼は、特に準備もなく会場へ入っていく。普通はある程度の緊張があると思うのだが、余程の自信ということか。
会場の扉がバタリと閉められ、一瞬空気が凍ったような静けさが下りた。それからしばらくして、マイクで増幅された永射の声が聞こえてくる。
「……えー、皆さん。定刻になりましたので、これより満生台電波塔設置計画の最終説明会を行いたいと思います……」
それからしばらく、説明会は淡々と続いた。というのも、説明の大半がこれまでに伝えられていることだからだ。住民がどれだけ理解しているかはさておき、これは単なるおさらいに過ぎなかった。
一応は今回が初めての人に配慮して読み上げた後、質疑応答に移る。この質疑の時間が本題なわけだ。
二十分かそこら、説明に時間を割いただろうか。そうして一区切りすると、永射は質疑応答に移ると宣言する。場は一度静まり返ったが、やがて永射が名前を呼ぶのが聞こえた。
それはやはり瓶井さんだった。
マイク越しではない地声だが、ある程度はこちらにまで聞こえてくる。高齢の女性にも関わらずしっかりとした声だ。この声だけでも、気弱な奴なら怖気付いて論戦には負けてしまうだろうなと思わされる。
しかし、てっきり最初から鬼がどうのこうの言うとばかり考えていたのだが、瓶井さんもある程度下調べした上で、現実的な質問を投げかけているようだった。曰く、電磁波は身体に悪影響を及ぼす可能性があるのだとか。対して永射も、それは検証の結果、思い込みである可能性が高いとされているという反論をして、両者一歩も譲らなかった。
電磁波問題については昔、何かで見聞きした記憶はあるがかなりボンヤリしている。そも、スマホやネットが普及した現代、最早そこに待ったをかけるのは時代遅れだろうし、実際に危険があるならまず俺たちに症状が出ているだろう。それがないのなら、やはり瓶井さんには悪いが彼女の心配は杞憂としか思えない。
そして現実的な論争の天秤が若干ながらも永射に傾き始めたとき、
「――鬼が祟りますよ」
という、瓶井さんの決まり文句がようやく飛び出したのだった。
それ以降は結局、互いが見当違いな方向に殴りかかるような虚しい闘いとなり、最後まで決着がつくことはなかった。永射が瓶井さんを打ち負かしたいという気持ちが分かってしまうほどに、それは空虚なもので。
三鬼はいる。永射が電磁波を安全と信じるように、自身も鬼の存在を、その危険さを信じている。それは何の拠り所もない主張であり、あえて言うならば並べ立てた永射の説もそうではないのかと訴えているようでもあるが、そこから議論が前に進まない千日手なのは明らかだった。
最後は永射の方が打ち切る形で、説明会は終了となった。あまりにも素早く帰っていったので、司会役の女性も困惑しながら終了の告知をしていたほどだ。一瞬だけ、帰っていく永射の顔が見えたが、その表情はやはり苦虫を噛み潰したようなものだった。
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