この満ち足りた匣庭の中で 三章―Ghost of miniature garden―

至堂文斗

文字の大きさ
上 下
32 / 88
Sixth Chapter...7/24

相容れぬ思想

しおりを挟む
 夏だと言うのに、外はやや肌寒い。遠くの方からも、説明会へ向かう老人が寒そうに腕を摩っている。それを見て、体に堪えるだろうに、皆頑張って足を運んでいるのだなあと勝手に関心したりもした。
 北側の道を通れば、それほど人とすれ違わずに集会場へ辿り着ける。そこは永射邸とほぼ隣接している建物だからだ。大きなイベントや会議をするときはここを使うことになるし、住民たちが主導で何かをするとしても、永射がそれを把握できる仕組みになっているわけだ。まあ、少人数の会合などならもちろんバレずにできるとして。
 無事に会場まで到着した俺は、早速裏手に回り込む。玄人や龍美たちも家族で来ることになっているし、他のクラスメイトも同じくだ。姿を見られては後々面倒なので、隠れておくのが無難だろう。確かこの集会場は出入口が二つあるので、そこから入って倉庫の近くにでもいれば懸念は少ない。万が一天候が悪化しても、雨風も凌げる。
 時刻は午後七時四十分。そろそろ人の気配も増えてきた。さっさと裏口から中へ入り、電灯の点いていない陰に身を潜める。ちょうど表の入口とは正反対に位置しており、トイレもここに来るまでにあるので、住民がこの辺りまでやってくる可能性は低かった。
 後は、関係者だ。少なくとも永射なんかは確実に裏から入ってくる。そのときはバレないようにしておかなければ。
 司会らしい女性が通り、設営を任されていそうな男性も過ぎていく。スマホを確認するのも憚られ、時間は分からないが、そろそろ定刻だろう。そう思っていると、ようやく永射がやって来た。
 颯爽と現れた彼は、特に準備もなく会場へ入っていく。普通はある程度の緊張があると思うのだが、余程の自信ということか。
 会場の扉がバタリと閉められ、一瞬空気が凍ったような静けさが下りた。それからしばらくして、マイクで増幅された永射の声が聞こえてくる。

「……えー、皆さん。定刻になりましたので、これより満生台電波塔設置計画の最終説明会を行いたいと思います……」

 それからしばらく、説明会は淡々と続いた。というのも、説明の大半がこれまでに伝えられていることだからだ。住民がどれだけ理解しているかはさておき、これは単なるおさらいに過ぎなかった。
 一応は今回が初めての人に配慮して読み上げた後、質疑応答に移る。この質疑の時間が本題なわけだ。
 二十分かそこら、説明に時間を割いただろうか。そうして一区切りすると、永射は質疑応答に移ると宣言する。場は一度静まり返ったが、やがて永射が名前を呼ぶのが聞こえた。
 それはやはり瓶井さんだった。
 マイク越しではない地声だが、ある程度はこちらにまで聞こえてくる。高齢の女性にも関わらずしっかりとした声だ。この声だけでも、気弱な奴なら怖気付いて論戦には負けてしまうだろうなと思わされる。
 しかし、てっきり最初から鬼がどうのこうの言うとばかり考えていたのだが、瓶井さんもある程度下調べした上で、現実的な質問を投げかけているようだった。曰く、電磁波は身体に悪影響を及ぼす可能性があるのだとか。対して永射も、それは検証の結果、思い込みである可能性が高いとされているという反論をして、両者一歩も譲らなかった。
 電磁波問題については昔、何かで見聞きした記憶はあるがかなりボンヤリしている。そも、スマホやネットが普及した現代、最早そこに待ったをかけるのは時代遅れだろうし、実際に危険があるならまず俺たちに症状が出ているだろう。それがないのなら、やはり瓶井さんには悪いが彼女の心配は杞憂としか思えない。
 そして現実的な論争の天秤が若干ながらも永射に傾き始めたとき、

「――鬼が祟りますよ」

 という、瓶井さんの決まり文句がようやく飛び出したのだった。
 それ以降は結局、互いが見当違いな方向に殴りかかるような虚しい闘いとなり、最後まで決着がつくことはなかった。永射が瓶井さんを打ち負かしたいという気持ちが分かってしまうほどに、それは空虚なもので。
 三鬼はいる。永射が電磁波を安全と信じるように、自身も鬼の存在を、その危険さを信じている。それは何の拠り所もない主張であり、あえて言うならば並べ立てた永射の説もそうではないのかと訴えているようでもあるが、そこから議論が前に進まない千日手なのは明らかだった。
 最後は永射の方が打ち切る形で、説明会は終了となった。あまりにも素早く帰っていったので、司会役の女性も困惑しながら終了の告知をしていたほどだ。一瞬だけ、帰っていく永射の顔が見えたが、その表情はやはり苦虫を噛み潰したようなものだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夜の動物園の異変 ~見えない来園者~

メイナ
ミステリー
夜の動物園で起こる不可解な事件。 飼育員・えまは「動物の声を聞く力」を持っていた。 ある夜、動物たちが一斉に怯え、こう囁いた—— 「そこに、"何か"がいる……。」 科学者・水原透子と共に、"見えざる来園者"の正体を探る。 これは幽霊なのか、それとも——?

この欠け落ちた匣庭の中で 終章―Dream of miniature garden―

至堂文斗
ミステリー
ーーこれが、匣の中だったんだ。 二〇一八年の夏。廃墟となった満生台を訪れたのは二人の若者。 彼らもまた、かつてGHOSTの研究によって運命を弄ばれた者たちだった。 信号領域の研究が展開され、そして壊れたニュータウン。終焉を迎えた現実と、終焉を拒絶する仮想。 歪なる領域に足を踏み入れる二人は、果たして何か一つでも、その世界に救いを与えることが出来るだろうか。 幻想、幻影、エンケージ。 魂魄、領域、人類の進化。 802部隊、九命会、レッドアイ・オペレーション……。 さあ、あの光の先へと進んでいこう。たとえもう二度と時計の針が巻き戻らないとしても。 私たちの駆け抜けたあの日々は確かに満ち足りていたと、懐かしめるようになるはずだから。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】Amnesia(アムネシア)~カフェ「時遊館」に現れた美しい青年は記憶を失っていた~

紫紺
ミステリー
郊外の人気カフェ、『時游館』のマスター航留は、ある日美しい青年と出会う。彼は自分が誰かも全て忘れてしまう記憶喪失を患っていた。 行きがかり上、面倒を見ることになったのが……。 ※「Amnesia」は医学用語で、一般的には「記憶喪失」のことを指します。

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

【恋愛ミステリ】エンケージ! ーChildren in the bird cageー

至堂文斗
ライト文芸
【完結済】  野生の鳥が多く生息する山奥の村、鴇村(ときむら)には、鳥に関する言い伝えがいくつか存在していた。  ――つがいのトキを目にした恋人たちは、必ず結ばれる。  そんな恋愛を絡めた伝承は当たり前のように知られていて、村の少年少女たちは憧れを抱き。  ――人は、死んだら鳥になる。  そんな死後の世界についての伝承もあり、鳥になって大空へ飛び立てるのだと信じる者も少なくなかった。  六月三日から始まる、この一週間の物語は。  そんな伝承に思いを馳せ、そして運命を狂わされていく、二組の少年少女たちと。  彼らの仲間たちや家族が紡ぎだす、甘く、優しく……そしてときには苦い。そんなお話。  ※自作ADVの加筆修正版ノベライズとなります。   表紙は以下のフリー素材、フリーフォントをお借りしております。   http://sozai-natural.seesaa.net/category/10768587-1.html   http://www.fontna.com/blog/1706/

赤い部屋

山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。 真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。 東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。 そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。 が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。 だが、「呪い」は実在した。 「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。 凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。 そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。 「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか? 誰がこの「呪い」を生み出したのか? そして彼らはなぜ、呪われたのか? 徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。 その先にふたりが見たものは——。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...