この満ち足りた匣庭の中で 三章―Ghost of miniature garden―

至堂文斗

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Fifth Chapter...7/23

永射邸で③

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「けど……それだけでも鬼伝承は戦後のいざこざから生まれたんだって反論できそうじゃ?」
「それ自体が祟りの顕現なのだと、瓶井女史の主張はそういうことです。なので結局は堂々巡りになってしまうわけですよ」
「なるほど……」

 では、どれだけ遡ってもそれこそが祟りなのだと言われてしまいそうだが。
 打開策があるとすれば……。

「鬼の正体を暴くこと。それが唯一の出口でしょうね」
「……俺もそう思いました」

 だからこそ、さっき永射は仮の起源と口にしたわけだ。しかし、原点を突き止めることなど果たして出来るのか? 初期の伝承が生まれたのは戦前だと言うし、百年も前のことまで遡るのは不可能に思われる。

「まあ、百年以上前のことは流石に無理でしょう。風土記然り、作り話でも相応の真実味を加えられて現代に残っているものですし。
私が目指すものは、村の誰もが信じている言い伝えを打ち壊す、新たな事実を発見できればいいと考えているのですよ」
「新たな……」

 これまでを覆すような事実。
 鬼の伝承の新たな一ピース。
 封じられたもの。
 鬼が……。

「……鬼封じの池」
「……何?」

 そこで、一瞬空気が強張ったようだった。
 顔を上げると、永射が怪訝そうな表情でこちらを見つめていた。
 口調もそのときばかりは、偽りの仮面が全て剥がれ落ちたような冷たいもので。
 俺はその冷ややかな声に、思わずびくりと身を震わせてしまうほどだった。

「……ふ。勘がいいのか偶然か」
「どういうことです? 永射さんは何か掴んでるんすか?」

 もしかしたら、答えがすぐそこにあるのかもしれない。
 そう思って飛びついてみたものの、獲物は狡賢く身をくねらせ、俺の手からするりと逃げていくようだった。

「……いえ。私も鬼の名を冠している場所ということでね、あの池が怪しいとは睨んでいるのですよ。ただ、電波塔計画の進捗もありますので、実地調査などはできていませんが」
「仮に、そこに何かがあれば……鬼の正体が暴けると思っていいんですかね」
「さあ……確かなことは言えませんが、しかし」

 永射はそこで、ニヤリと笑う。

「――隠された歴史の裏側であることは間違いないでしょうね」

 ……ああ、それこそ間違いない。
 この男は、実際に自身の目で確認したかまでは定かでないが、あの池に何があるかの検討くらいはつけているのだ。
 その上で、あれが鬼伝承に関わっているという仮説を立てている。
 鬼封じの池の廃墟は、やはり大きな秘密を内包した場所なのだ……。

「……ふふ、中々面白い話ができて、私としては良かったですよ。そろそろ時間なので、対談は終わりとさせていただこうと思いますが」
「もうこんな時間なんすね……色々話していただいて感謝します」

 送りましょうか、と口にしたところで、スマホの着信音が鳴る。永射のものらしいが、見送りを優先しそうだったので、

「構わないんで、どうぞ。今日は突然だったのにありがとうございました」
「ええ。ではまた」

 永射が通話ボタンを押すのを横目に、俺は応接室を抜け、永射邸を出た。最後は慌ただしかったが、一応街の行政を担う人間なのだから忙しいのは仕方がない。
 ただ……。
 そもそも不穏な組織に属する男だ。注意するに越したことはない。今の電話が誰からなのか確かめられるならと、俺は淡い期待を胸に邸宅の裏手へ回る。
 応接室には窓があった。庭のどこかが応接室に隣接しているはずだ。足音を立てないよう歩いていくと、さっき見たカーテンの柄が目に飛び込んできた。

 ――ここだな。

 盗み聞きが卑怯なことは認識しているが、ああも露骨に隠されては出し抜きたくなるというものだ。
 俺は窓の近くまで寄り、ほとんど壁に張り付くようにして聞き耳を立てた。

「……ええ……ですね。計画は滞りなく……」

 電話の相手に、現場の報告を入れているようで、ずっと永射の方が話していた。その中で、

「……はい。怪しい動きをしている住民も……」

 きっと俺のことだろう。それか、瓶井さんのことを言っている可能性もある。いずれにせよ、話し方からしてそういう奴は鬱陶しいと思われているらしい。

「では……はい。明日、終わってから例の場所で」

 明日? どうやら話し相手と面談の打ち合わせらしい。ただ、朧げな記憶を辿っていくと、明日は住民への最終説明会だったような気がする。
 終わった後、か。遅い時間になるだろうが、せっかく耳にした情報だ。これを活かさない手はないだろう。
 永射孝史郎……GHOSTに属する男。
 鬼の正体よりも前に、あいつの正体をこそまずは見極めなければ。





 帰宅は午後六時を少し回ったころになった。夕食は大体このくらいなので、ギリギリセーフと言えなくもない時間だ。
 しかし、オヤジはやはりいい顔をしておらず、次は気を付けてくれと注意された。これで明日も遅くなったら、流石に怒られるだろうか。
 言い訳は考えてあるが、どこまで通用するやら。

「……はあ」

 今日も今日とて、神経を擦り減らす羽目になってしまった。風呂に入り、早々に布団の中へ潜り込む。明日も試験は続くわけだが、どうにもそれどころじゃないという気分だ。
 説明会の夜。永射の裏についてどこまで知ることができるか、それが肝要なところだった。
 この街に何があるのか。過去についても現在についても、暴かなければならないことは沢山あるだろう。気になってしまった以上、首を突っ込んでしまった以上、今更目を閉じ耳を塞ぐわけにもいかない。

「目……か」

 永射の言葉が蘇る。
 障害を持つ者が産まれること。そして満生台の現状。
 満ち足りた暮らしをスローガンとしながら、あのような台詞を吐くというのは今思い返しても気に入らなかった。やはりスローガンというのは単なる建前に違いない。

 ――と。

「……またかよ」

 ゆっくりと、しかし確実に襲いくる感覚。頭にじわじわと鈍痛が生じて、それと同時に見え始めるもの。
 エクトプラズム……。
 廃墟地下の情景。
 この白い靄は何を示しているのだろう。
 白骨死体にも纏わりついていたもの……それはまるで残留思念のよう。
 まさかこの目に霊が視えるようになったなんて、馬鹿馬鹿しい想像はしたくないが。
 光は、確かに視えている。
 もう驚くこともなくなったし、静かに見つめていれば数分で光は消えてなくなった。廃墟ほどではないものの頭を蝕んでいたノイズも、綺麗に消え去る。後は何もなかったような静寂だけだ。
 ……これも、鬼の正体を暴けば理由が分かるのだろうか。或いは、ただの疲れや不調なだけで無関係なのか。それも今は掴めない。
 何にせよ、ここからが頑張りどきだ。不穏の影はすぐそこまでやって来ているのだから、可能な限り迎え撃ってやろう。そんな気持ちを燻らせながら、俺はゆっくりと眠りの中へ落ちていくのだった。
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