この満ち足りた匣庭の中で 三章―Ghost of miniature garden―

至堂文斗

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Fifth Chapter...7/23

永射邸で②

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「さて、改めて御用件を伺いましょうか。申し訳ないことに使用人は最近暇を出してしまったのでね、お茶は話が長引いたときに、ということで勘弁してもらえると」
「押し掛けてきたのはこちらっすから、そんな気を遣わないでも。……にしても、こんな広いのに使用人解雇しちゃったんすか?」
「まあ、自分で言うのも何ですが忙しい身でしてね。満生台にいつまでも腰を下ろしているというわけではないのですよ」
「はあ……」

 つまり、いずれは……いや、もう近いうちに満生台のリーダーという看板を下ろし、別の場所へ行ってしまうのか。あっさり話してくれたが、それは俺なんかに明かしていいことなんだろうか?

「名残惜しいですが、遠くからでも満生台の進化は見守らせてもらうつもりです」
「大変っすね。……そのバッジは所属の?」

 襟に付けられているバッジが気になったので、ついでに俺は訊ねてみる。実際、永射は公的な町長というより派遣されてきたコンサルという印象が強かったし、誰からもハッキリした情報を聞いたことはなかった。せめて身を置く組織だけでも把握しておこうと思ったのだ。
 ただ、この質問には永射の表情が少しばかり強張ったように見えた。

「ふふ、名も知られていない機関です。まあ、面白い仕事をさせてくれますし、給料もいい。そこが気に入っているわけです」

 永射がバッジに指で触れながらそう話す。金ぴかの、大きめのバッジ。……よく観察すると、それが記号のようになっていることに気付く。

「……あ……」

 それは、アルファベットのGだった。
 考えてみれば当たり前のことじゃないか。出資者がその意思を反映させるため、人員を派遣するのは十分に考えられること。
 つまり、この男が所属する名も知られていない機関とは――GHOSTのことに違いなかった。
 遺伝危機監査機構、通称GHOST。
 底の知れない、謎めいた組織の……。

「……さて、話を戻しても? こちらを訪ねてきた理由をお伺いしたいのですが」
「っと、すみません。実は永射さんが満生台の歴史関係に興味を持ってるって噂を聞きまして。俺が気になってることもひょっとしたら知ってるんじゃないかと」
「ほう……私がここの歴史を、ね」

 一瞬、虚を突かれたような顔になったものの、すぐに合点がいったようで、

「なるほど……そう言えば、牛牧さんあたりに愚痴を言ったかもしれませんね」
「愚痴を?」
「ええ、瓶井女史はご存知ですよね? 私はこれまで何度か、電波塔建設にあたっての説明会を実施してきましたが、あの方にはどうしても理解してもらえず。いつも最後になって切り札のように持ち出されるのが鬼の伝承なのですよ」

 それについては龍美から何度か聞いている。流石の永射も、オカルト方面の話で対抗されると論理も何もなく、話が進まなくなってしまうのだと。

「つまり、アレですか。敵を知れば云々みたいな……」
「敵を知り己を知れば百戦殆うからず……孔子の言葉ですね。うろ覚えなのはともかく、喩えとしては的確でしょう。あの方が電波塔を否定する拠り所として持ち出す鬼の伝承。それ自体が取るに足らない昔話であることを、筋道立てて説明できれば諦めてくださるのではないかと思っているわけです。実際、毎度変わらない論争をしなければならないのは疲れますから……おっと、今のはオフレコでお願いしますよ?」

 嫌らしい性格をしている。まあ、瓶井さんもきっと永射の本質を分かった上で反抗しているのだろう。その拠り所がオカルティックな伝承なのは危ういが、反抗すること自体は正しいと思う。
 GHOST……こいつらが街を改革していった先に何が待つのか。今は不安しか感じない。

「弁えてますよ。んで、何か収穫はあったんすか?」

 相手の方から色々語ってくれるので、こちらも突っ込んで聞いてやろうという気になってくる。とりあえずは、口を噤むまで質問してやろう。

「私は郷土史学者でもないですし、仮定の話も多くなりますが、そもそも鬼の伝承とは戦前から三鬼村で語られてきたものらしいのですね。村名の漢字自体が当て字に近かったというのも聞いたことがあるので、果たして鬼の伝承が先か、或いは村名からそういう伝承が出来上がったのか、そこも正直曖昧なようです。ただ、戦後には少なくとも現在語られているような水鬼、餓鬼、邪鬼という三匹の鬼のイメージが確立されていたらしいですね」

 永射の話で新たに知ったこともあるが、要約すると三鬼村には名前の通り三匹の鬼がいて、村にとって良くないことをしてしまったとき、或いは鬼への敬意を忘れたとき……恐らくはほぼ同義なのだろうが、そうした場合に鬼が祟りに来るのだとか。水鬼という鬼から順番にやってきて、最後の邪鬼がくる瞬間には月が真っ赤に染まり、村人たちは全員狂い果ててしまうそうだが、なるほど伝承というように、抽象的なお話だ。

「この伝承について独自に調べたところ、私は瓶井女史がおおよそ把握しているであろう『仮の起源』までは突き止められました。昔からここにいる地元住民の方はやはり口が固いのですがね、こちらとしても根気強く説得して、聞き出せた次第です」
「……はあ。それなら信憑性はありそうっすね」

 聞き出した方法が根気強い説得かは別として、三鬼村時代のことを知っている人間から聞いたのなら不純物は少なそうだ。
 ……仮とわざわざ付けるのが疑問だが。

「何でも、戦後に鬼のイメージが確立されたのは、幾つもの危機が村を襲ったからだというのです。その事象の一つ一つを、村人たちは鬼に当てはめていったのだとか」

 まず、戦後の貧困の中で大規模な水害が発生した。その発生源は何と鬼封じの池だそうで、氾濫し、雪崩れ落ちてくる泥水や土砂によって村の作物はほぼ全滅という有様だったらしい。これが水鬼に当てはめられた。
 そして、当然の如く村には飢餓が襲いくる。戦後間もなくのことであり、他所も自分の食い扶持だけで精一杯なころ、普段は閉鎖的な村に倒して援助してやろうなどという聖人君子は存在しなかった。これが餓鬼。
 最後に、村人たちは狂い果てる。食糧難で明日の命すら危うい窮地に立たされた者たちは、僅かな食糧を巡って争い、奪い合った。それはもうまともな精神状態ではなかったことだろう。まさに邪鬼だ。
 この三つの流れが鬼一匹ずつに当てはめられた……というのが現在の解釈らしい。それすらも、地元住民の一部しか知らなくなってしまったようだが。

「ちなみに、邪鬼の祟りには錯乱状態に陥るほか、飢餓によって障害を持った赤ん坊が産まれるというものも含まれていたようです。その辺りは、面白い偶然かもしれませんね」
「面白くはないでしょう。永射サンには分からないかもしれませんが」
「おっと、これは失敬」

 本当に、勘に触る物言いだ。少しずつ本性が曝け出されている気がする。
 こいつは心の中で常に人を見下している人間らしいな。
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