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Fifth Chapter...7/23
永射邸で①
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夕方近くになり、俺は少し玄人に会ってくるとオヤジに告げて、家を抜け出す。ダシに使ってしまった感じだが、許してくれよと心の中で玄人には謝っておいた。
なるべくなら六時になるより前には帰りたい。暗くなるほど帰宅が困難になってしまうから、オヤジに心配をかけるしな。
ただ、幸いなことに永射邸は俺の家からだと向かいやすい。街の北側に位置しているゆえ、西へ真っ直ぐ進めばそれだけで辿り着けるのだ。俺の足で言えば、徒歩十五分くらいか。
やや茜色に変わり始めた西陽。その光を受けながら、俺はゆっくりと歩いていく。眩しい光は問題ないが、暑さだけは耐え難いな。
七月ももう終盤、既に暑いが八月にはもっと酷いに違いない。昔はあまり堪えていなかったような気がするし、やはり体力の衰えなのだろうか。
大人になったということにしておこう。
「……ふう」
額の汗を拭い、前方を見やる。ようやく永射邸が見えてきた。家の前には高級そうな車が止まっているし、こちらへ帰ってきているようだ。
近くを通ったことはあれど、玄関まで行くことも、ましてやチャイムを鳴らすことも初めてだ。流石に緊張しないわけではなかったが、意気込みが勝っていたので止まりはしなかった。
邸内でチャイムが鳴る音がして十数秒、ブツリとインターホンの繋がる音がして、
「いらっしゃいませ。どちら様でしょう」
意外にも、永射本人の声が聞こえてきた。
こんな広い屋敷だ、てっきりお手伝いの人や、もしかすれば奥さんでもいるのかと思っていたのだが、ご本人様が出てくれるとは。
「突然すいません。えと……佐曽利功のとこの者なんですが」
自己紹介に悩んだが、分かりやすい繋がりはオヤジだということで名前を使わせてもらう。これくらいなら迷惑にもならないだろう。
『ああ……義本虎牙くんですね。存じていますとも』
さらりと俺のフルネームを言ってのけたので、そこは驚きだった。単にトップを名乗っているだけの男というわけではないようだ。説明会でも涼しい顔は崩さなかったし、なかなか食えない人間らしいな。
『わざわざ家までどうして……いえ、まずは上がっていただきましょうか』
「……どうもっす」
インターホンが切れる。正直なところ、門前払いか上手くいっても玄関で立ち話、くらいに考えていたので、居心地が悪くなってきたし、中に入れば尚更悪くなるだろう。
いつでも自分の主導権を明け渡さない、そんな強かさを感じた。
ドアが開錠される音がして、ゆっくりと開かれる。中から笑顔を貼り付けた永射が現れた。
ワックスで神経質なまでに整えられた髪、切長の鋭い目、そして高級そうな黒のスーツ。流石は街のトップだという印象だが、家の中でもスーツというのはどういうわけだ。……帰ってきて着替えるところだったのだろうか。だとすれば、そこだけは申し訳ないが。
「こんにちは。どうぞ、中へ」
「お邪魔します」
招かれた邸宅の中は、玄関先からして既に絢爛だ。上がってすぐの所には大きな石膏像があり、人が二人すれ違える幅の廊下が奥へ伸びている。よく見ると右手側には中庭まであるようだ。
「はあー……」
「驚きましたか? お陰様で、不自由ない生活をさせていただいてましてね」
「ああ……まあ」
隙を見せているようで恥ずかしいばかりだったが、実際驚いてしまうのも仕方ないだろう。こんな家に住んでいたら、正直気が滅入りそうだ。気慣れた服のように、当然にこの家に住めるというのは、永射孝史郎の器の大きさを表しているのかもしれない。
応接室まで案内され、豪奢なソファに腰を下ろす。これだけ深く沈む革のソファも庶民には慣れないものだ。調度品も小さいながら精巧なものばかりだし、一つ一つが値打ち物であろうことは素人でも理解できた。
反対側のソファに座ると、永射は表面的な笑顔をそのままに、話を促してくる。
なるべくなら六時になるより前には帰りたい。暗くなるほど帰宅が困難になってしまうから、オヤジに心配をかけるしな。
ただ、幸いなことに永射邸は俺の家からだと向かいやすい。街の北側に位置しているゆえ、西へ真っ直ぐ進めばそれだけで辿り着けるのだ。俺の足で言えば、徒歩十五分くらいか。
やや茜色に変わり始めた西陽。その光を受けながら、俺はゆっくりと歩いていく。眩しい光は問題ないが、暑さだけは耐え難いな。
七月ももう終盤、既に暑いが八月にはもっと酷いに違いない。昔はあまり堪えていなかったような気がするし、やはり体力の衰えなのだろうか。
大人になったということにしておこう。
「……ふう」
額の汗を拭い、前方を見やる。ようやく永射邸が見えてきた。家の前には高級そうな車が止まっているし、こちらへ帰ってきているようだ。
近くを通ったことはあれど、玄関まで行くことも、ましてやチャイムを鳴らすことも初めてだ。流石に緊張しないわけではなかったが、意気込みが勝っていたので止まりはしなかった。
邸内でチャイムが鳴る音がして十数秒、ブツリとインターホンの繋がる音がして、
「いらっしゃいませ。どちら様でしょう」
意外にも、永射本人の声が聞こえてきた。
こんな広い屋敷だ、てっきりお手伝いの人や、もしかすれば奥さんでもいるのかと思っていたのだが、ご本人様が出てくれるとは。
「突然すいません。えと……佐曽利功のとこの者なんですが」
自己紹介に悩んだが、分かりやすい繋がりはオヤジだということで名前を使わせてもらう。これくらいなら迷惑にもならないだろう。
『ああ……義本虎牙くんですね。存じていますとも』
さらりと俺のフルネームを言ってのけたので、そこは驚きだった。単にトップを名乗っているだけの男というわけではないようだ。説明会でも涼しい顔は崩さなかったし、なかなか食えない人間らしいな。
『わざわざ家までどうして……いえ、まずは上がっていただきましょうか』
「……どうもっす」
インターホンが切れる。正直なところ、門前払いか上手くいっても玄関で立ち話、くらいに考えていたので、居心地が悪くなってきたし、中に入れば尚更悪くなるだろう。
いつでも自分の主導権を明け渡さない、そんな強かさを感じた。
ドアが開錠される音がして、ゆっくりと開かれる。中から笑顔を貼り付けた永射が現れた。
ワックスで神経質なまでに整えられた髪、切長の鋭い目、そして高級そうな黒のスーツ。流石は街のトップだという印象だが、家の中でもスーツというのはどういうわけだ。……帰ってきて着替えるところだったのだろうか。だとすれば、そこだけは申し訳ないが。
「こんにちは。どうぞ、中へ」
「お邪魔します」
招かれた邸宅の中は、玄関先からして既に絢爛だ。上がってすぐの所には大きな石膏像があり、人が二人すれ違える幅の廊下が奥へ伸びている。よく見ると右手側には中庭まであるようだ。
「はあー……」
「驚きましたか? お陰様で、不自由ない生活をさせていただいてましてね」
「ああ……まあ」
隙を見せているようで恥ずかしいばかりだったが、実際驚いてしまうのも仕方ないだろう。こんな家に住んでいたら、正直気が滅入りそうだ。気慣れた服のように、当然にこの家に住めるというのは、永射孝史郎の器の大きさを表しているのかもしれない。
応接室まで案内され、豪奢なソファに腰を下ろす。これだけ深く沈む革のソファも庶民には慣れないものだ。調度品も小さいながら精巧なものばかりだし、一つ一つが値打ち物であろうことは素人でも理解できた。
反対側のソファに座ると、永射は表面的な笑顔をそのままに、話を促してくる。
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